溝臭い地下を俺は世話係と生きて出た。もちろん世話係をただの使用人に戻す気など更々無かった。
俺は残りの治療を、秘書の馬鹿男の看病で続けた。治療の間は世話係に会わない、そう決めていた。世話係は衰弱している俺をもう、見すぎている。見れば俺の世話をしたがるだろう。しかし、俺は世話係を使用人に戻したいのではない。
俺の身の回りを世話していた三人の使用人の中から、俺は一人のメイドを選び、世話係に与えた。俺はメイドに申し付け、世話係を着飾らせ、食事に豪華な物を与えた。世話係を心配させないようメイドに俺の話をしない様に言い付け、逆に世話係の話を毎日報告させた。

「厨房の人間が嫉妬して、冷めた料理を出されたのに微笑んで、美味しいと」

微笑む姿を想像して、俺は笑った。
誰も、敵わないだろう。

「何か…言っていなかったか」

俺の事を、と続ける事は出来なかった。メイドは理解していたのか違うのか、とにかく首を横に振った。
世話係は部屋でおとなしく過ごしているらしい。質問をするでも、要望をするでもなく。
メイドは世話係を気に入ったらしく、俺への報告をする時に、いつも微笑んでいた。世話係はいつものように誰にでも愛を振り撒いているんだろう。

「あの方は素敵な方です。しかし寂しそうなのです。ご主人様…最近は体調もよろしいようですし、会いに行かれはしないのですか?一緒にお食事など、セッティングいたしましょうか」
「あいつが俺に会いたいと?」

メイドは気まずそうに、また首を横に振った。
何故、俺の話をメイドに聞かないんだ?このメイドどころか、この屋敷内の人間は誰も世話係に俺の話をしないようにしている。知るよしもない俺の事が、気にならないのか?俺はとんでもない思い違いをしていたのか?世話係は…。

夜になって、メイドが世話係の就寝を報告に来るのを待ってから、俺は一人、誰にも言わずに部屋を出た。いつも避けていた世話係の部屋へは、通いつめたかのように自然に足が向いた。
扉を開けて、俺の部屋より遥かに狭い部屋の中央にある、天外付きのベッドに眠る世話係を見た。歩み寄ってベッドの横に立つと、安らかに目を閉じた姿が月光に光って見えた。長い髪が、顔にかかっている。長い睫毛が影を作っている。
俺はベッドの横のテーブルに、日記を見付けた。メイドが勧めた物だ。世話係が暇をしないようにと。
俺は日記を開いた。しかし、後悔をした。もしかしたら、俺の名前を見付けるのではと思っていた。しかし俺の名前どころか、何も書いていなかった。
その日何を感じたのか、何を思ったのか、その全てを誰にも言わずどこにも書かずに…世話係は一体何を思っているんだろうか。
ベッドを振り替えると、世話係は寝返りと一緒に小さな声を漏らした。俺はふつふつと沸き上がる感覚を圧し殺し、部屋を出た。
会うのは、確認をしてからだ。

俺はメイドを使い、世話係を試した。メイドには、世話係をレイプしていた男達に声をかけるように言っておいた。そして予定通り、メイドは世話係を美術庫に閉じ込めた。メイドが男達を美術庫に入れたあと、俺もこっそりと入った。
俺は確認したい事があった。
三人の声を聞き、俺は近くの影に立っていた。久しぶりに聞き、見る世話係は、俺の用意させた服に身を包んでいた。薄汚れた使用人の頃でさえ美しかった世話係は、輝きを増していた。

「…お久しぶりです」

世話係は、何が今までこの男達と起きたのかを覚えていないかのように優しく微笑んだ。男達は笑ったが、俺はまた、不安を重ねた。
そこで繰り広げられる事に、自分で差し向けておきながら、殺意を覚えた。
庭師が服の下に手を突っ込むと、世話係は声を漏らした。抵抗もせず、喘ぎ、門番の物を手で触った。世話係は時々、何かを見てるかのようにぼんやりしたが、それは瞬きのようにさりげなかった。
世話係の漏らす声に、俺まで欲情した。しかし自分の体に無視を決め込んだ。
俺は待っていた。期待というより、切望するように待っていた。世話係が嫌だと抵抗するのを。
使用人だった時とは違うだろ、俺が寵愛していて、同じ職場の人間だからと抵抗出来なかった時とは違う。今はそいつらを顎で使える。なのに…何で全部受け入れる。

「はは、痛いのか。そんなに泣いて」

門番の発言に、俺は血管が切れそうだった。ふざけんな、世話係を傷付けて何を笑って…。
いや、そういえば世話係は俺とやった時、泣かなかった。どう考えても庭師のよりも俺とやる方が辛かったはず。なのに、あの時は泣かなかった。庭師の行為には泣いている。まるで楽しませるように腕で隠しながら身を捩り。レイプするような男達が、楽しむように。
世話係は相手によって色を変えるのか。誰にだって、優しくしてみせ、相手が喜ぶタイミングで泣くふりをしたり、微笑むのか。
お前はやはり…俺を愛してはいなかったのか。
俺は、どうしようもない程に勘違いしてしまったのに。醜態を口外されないようにと、予定していた始末も出来ない程に。
俺はついに物陰から出た。

「何をしている」

俺は今までの殺意を込めて、門番の肩を掴んでそう言った。目で殺すように憎しみを込めて、先に世話係の中に出した庭師を睨むと、男達はあわてて自分の物を締まって服を整えた。
世話係は放心したように、濡れた目で俺を上から下まで見ていた。そして微笑みを浮かべた。それは、俺用のお前の色か?

「お前達、何をしているか答えろ」

俺が仕向けたのだ、もちろん知っているが。口に出せるなら正直に言えばいい。
しかし当たり前だか男達は言葉を詰まらせた。

「今すぐに出ていけ。この部屋をという意味ではない。この屋敷、俺の敷地、俺の視界から出ていけ。死体になりたくなければ、二度と入るな」

心の底からそう言うと、男達は怯えながら出ていった。世話係はハッとしたように自分の服を直して、自分の肌をしまいこんだ。俺が不愉快になると思ったのだろう、哀れな姿を何事も無かったかのように戻した。晒していれば、俺が哀れんで抱き抱えてやるとは思わないのか。再会を喜ばないのか。何か、何か無いのか、言わないのか。

「お前もだ」

本心ではない。もちろん。
疑問に思うだろう。寵愛して、贅沢を与えたのだ。突然の仕打ちを、疑問に思うだろう。
世話係はショックを受けた顔したが、何かを瞬順し、なんと納得したような顔をした。違う、お前は何も悪い事はしていないではないか。
俺と目を合わせず、震える足で立ち上がった世話係は深く頭を下げて、俺の横を通り抜けた。
待て、待ってくれ。そんなにお前にとっては簡単な物だったのか。

「待て、何処へ行く」

お前は話していた。行く宛が無いのからここにたどり着いたのだと。

「行く宛は…ございません」

久しぶりに聞いた声は、掠れていた。

「何で出て行こうとしてるんだ」
「あなたが、そう仰いましたので…」

抵抗もしないで。行く宛がないのならのたれ死んでしまう。俺の為でなくせめてお前の為に、ここにいたいと、望まないのか?俺が言ったら…もう諦めてしまう程度だったのか?もう少し、与えたら良かったのだろうか。
俺が今、どんな思いでお前がただ一言「ここにいたい」と言うのを待っているか…伝わりもしないだろう。悩み顔で俺の顔を見ないで。

「不当だとは思わないのか、お前は何で何も感じないんだ。そんなに何もかもに無関心で、お前の発言は全て嘘か、笑みも作り物か。俺の前で泣いたように、誰の前でも泣くのか」

地下で会った最初の頃、世話係は確かに俺な怯えていた。食事を喜び、亡くなった両親への愛を語っていた。何も感じないなんて事は無かったはずだろう?

「申し訳…ありません」
「何故謝る、その場しのぎか」

俺の銃が、そうさせてしまったのか?俺が銃を向けた時に微笑んだまま、世話係は止まっていた。
感情が希薄になり、優しさは何の軋轢も無く生活する為のお前の嘘か?

「…違います、謝罪をしたいのです」
「何に対してだ」
「あなたを、不快にさせてしまって…」

いや、俺は主人だ。怒らないのは当たり前だろう。腰の低い世話係の事だから、きっとそうだろう。
だったらせめて、泣かないのか。そう思った時、とたんに世話係は泣き出した。まるで俺の心を読んだかのようなタイミングだった。悲しいからでなく俺の為に泣いているようだ。

「何故また泣いている、その場しのぎはやめろ」
「…っ、も、申し訳…」

世話係はそこで走り去った。
突然の事に、俺は何も出来なかった。それに俺は走って追いかけれるほどの体力は戻っていないし、無理をすればまた世話係は気を揉むだろう。この屋敷を出ようというなら、すぐに誰かを向かわせよう。
一人残され、俺はぼんやりとした。怒りや焦りが萎み、自分の気持ちにようやく耳を傾ける事が出来た。
俺の言葉を悲しむ姿が嘘だろうとなんだろうと、その姿にまた、惹かれた。世話係の博愛主義に嫉妬して声を荒げるなんて、俺は子供っぽい事をしている。
次に会う時はもう、世話係からを期待するのはやめて、俺から愛そう。次は俺がお前の体を洗ってやろう。世話係の博愛主義が、俺だけの物になるように。
そう思い、保管庫を出た。




世話係の訃報は、走り去ってから30分もたたずに届いた。
葬式は神父と二人だけで済ませた。参列する物などいなかったからだ。世話係の墓は、世話係が血を流して倒れていた中庭に設けた。世話係の墓を俺の家族の墓地に作る事を、叔父達に拒まれてしまった。
ただ、一度だけ口にした約束は、守った。埋葬はせず骨壺を置き、周りには水仙を植えた。
俺が水仙を好きな理由は、死んだ妻が「あなたには水仙がお似合い」と言った事が原因だった。妻の皮肉に気付いたのは妻が死んでからだったが、妻がよく水仙を俺に送ったので単純に気に入っていた。

「水仙の花言葉は自惚れだ。俺と妻の結婚生活は俺の破滅と浮気で最悪だったから、妻は俺にそれに気付かせたかったんだ。俺は誰にでも手を出していたし、妻が死にかけている事にラリっていて気付かなかった。確かに自惚れていた」

俺は世話係の墓を前に、話していた。
涙はとうに渇れていた。お前がそこまで想いを内に秘めていた事に、気が狂いそうになった。ちゃんと、愛してくれていたのだろ?

「でも、またあとで気付いたんだ。妻が俺に送ったのはいつも黄水仙、花言葉は、もう一度愛して」

亡くなった妻との思い出の花なんか植えていたら、嫌だろうか?いや、お前に限ってそれはあり得ないだろう。この話をしてやれば、微笑むお前の顔が浮かぶ。

「また来る」

誰も近寄らなくなった中庭で、俺はそう言った。


中庭の水仙



ツッコミ所があり過ぎて、あえて目を瞑ります。
やくちゅうのプライドの高さは、いつも失敗してから自覚させる、悲しいタイプです。でも変わろうとしたって事は認めてあげたいです。どっちも遅すぎですけど。

written by ois







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -