世界平和には一体何が必要か?
それが統率力や制圧ではない事には、もうだいたいの人が気付いているが、今も尚何故か武力の交差は止まらない。
いや、そんな事はどうでもいい。
その疑問自体がナンセンスなんだ。物事は常に表裏一体、全ての視点から完璧に平和なんか望めない。だから無駄なんだ平和を願う事は。
そして、俺は別にそれを嘆かない。
何故なら俺にとっての幸せが、誰もが平和を得られない事だからだ。




「私はねえ、世界平和に一番必要なのは愛だとは思わないの、愛ゆえに殺す事もあるから」
「じゃあ何だと思う?」
「笑い、よ」

そう言ったんだ。見るに耐えられない姿になってしまった妹が。
妹はテレビが好きだ。よくお笑い芸人のでる番組を好き好んで見ている事は知っていた。よくこわばった皮膚を歪ませて、大きく口を開けて可愛い声で笑っていた。昔はその笑顔も可愛いかったのに、今は見る影もない。
俺は大いに若く、不安定な年齢を過ごしていた。大抵の物が意味もなく憎く、鬱陶しくて破壊したかった。そんなよくある感情を持っていたんだ。
そこに、意味を与えてしまった愚かな人間がいた。今は塀の向こう側にいて殺す事も、ましてや殴るすら事も出来ない。そいつは俺が妹を大切にしていると知っていたんだ、だから妹にアルコールをかけてから煙草を投げたんだ。焼けただれた皮膚は歪み、愛らしかった妹は酷く醜い生き物になってしまった。

俺は唯一幸せを願う妹の幸せである笑いが憎くなった。そんな相反する気持ちに心臓がどろどろになっている時、叔母から連絡があった。

「克之が首を吊ったわ」

あいつは何と死んだんだ。塀から出てきたら俺が殺す筈だったのに。自分でやりやがった。
葬儀について話す叔母の声が鬱陶しく、俺は電話を切った。後ろで妹がどうしたの?と聞いたが、俺は何でもないと言った。
俺の描いていた物は?もう訪れない、あいつは自分で死んだ、もう殺せないんだ。あまりの怒りに力任せに握った携帯がパキッと音と同時に、コント番組を見ていた妹が声を上げて笑った。



「だから、俺テレビ局爆破する事にした」
「ふーん」

次の日の学校で、俺は前の席のクラスメイトに言った。そいつは三年間、クラスが一緒の男だった。
作戦に使う爆薬は、どうやら自分で用意が出来ない。ガソリンも考えたが、直ぐにスプリンクラーで消える火では意味がない。

「工場にあるガスボンベ使えば?あれに火を付けたらかなりの物だと思うけど」

クラスメイトはゲーム機から顔も上げずに俺に提案した。学校は工業系で、敷地内にある実習用の工場には危険な工具が沢山ある。ガスバーナーのボンベは、確かに使える。
その夜、俺とクラスメイトは学校に忍び込み、盗んであった鍵で工場に入り込んだ。ガスボンベを一つ取って転がしながら運び、クラスメイトが酒屋の親に借りた小型トラックに何とか乗せて発車した。全てを終わらせるのに4時間掛かった。

次の日、学校では騒ぎになっていたが、俺にはどうでもいい事だった。何が騒ぎだ、うるせえな。
昼休みになって二人分の弁当を持った妹が、いつも通りのマスク姿で俺の教室に来た。学校の玄関口にあるロータリーの花壇の隅っこに座り、妹の手製を食べている間、俺はずっと妹の話を聞いていた。つまらない話だったけど、俺は遮らなかった。

俺とクラスメイトはテレビ番組のスタジオ観覧チケットを取った。一度目は適当に人気のなくなった番組のチケットで、二度目はお笑い番組の物だった。お笑い番組はどの番組も倍率が高かったのかなかなか当たらず、俺の苛立ちを増長させた。
ついに取れたチケットは、年に一度のお笑いバトルのような番組で、最も俺が憎むべき番組だった。妹にチケットが取れたと言えば絶対に行きたいと懇願するであろう番組だったからだ。
一度目のつまらない番組を、一度も笑わずに俺とクラスメイトは観覧した。目的は番組なんかでは無かったから。
その日帰ると、妹は次に俺が観に行くお笑い番組を録画予約したいと言い、機械音痴の妹に代わり俺は予約した。

「ありがとうお兄ちゃん、私その日家にいないんだ」
「何処に行くんだ?」
「美奈子叔母さんのところ。…お父さんの納骨らしいから、せめて墓にはおいでって」
「行く気なのか?あんな奴の為に」
「行く。だから帰ったらこの番組を観るの、誰か笑わせてくれる人が欲しいから…お兄ちゃんは来ないってちゃんと言ってあるよ」

だから私の代わりにリアルタイムで観ててね、と妹は無理やり笑ってみせた。その笑顔がぎこちないのは火傷の痕のせいでは無かった。

ああ、観るよ。
でも、最後までは観ないだろう。



当日、俺はいつも通り妹に起こされ、だらだらと起き、いつも通り時間がないので、いつも通りコーヒーだけを朝ごはんに、家を出た。隣で並ぶ妹は家以外ではマスクを必ずしていて、今日もしっかりマスクで顔の大半を隠していた。
同じ学校の紋章のある制服をお互いに着て、同じ電車に乗り、同じ学校の門を通った。階段の前で、じゃあお昼に、と言った妹と別れた。
教室に入って自分の席に座ると、前の席のクラスメイトの男は、パンを食べながら本を読んでいて、俺が座る時の音でちょっとだけ顔を上げて、おはよ、と言った。本をよく見ると明日のドイツ語の試験で出る単語帳だった。

「お前に明日の試験があるのか」
「いや、受ける気はない。この本が好きなだけだ」
「お前キモいな」
「お前の方は心から気持ちが悪いよ」

俺とクラスメイトは放課後から一旦、別行動だった。と言っても放課後に一緒に行動した事なんかなかった。
俺は妹と帰り、妹は俺に晩御飯の指示をして叔母の家へ出掛けて行った。出て行く時、なにか言いたげな曖昧な顔をしたが、何も言わずに出ていった。
時間が無かったので、俺は急いでクラスメイトとの待ち合わせ場所に行った。あいつが車とガスボンベを運んで来る手筈だ。待ち合わせ場所には俺が先に着いた。チケットを握りしめ、周りの有象無象を眺めていた。
しかし、いくら待っても、クラスメイトは来なかった。俺の理解は追い付かなかった。何かおかしい。
クラスメイトに電話しようと携帯を取り出した時、電話が鳴った。知らない番号からだった。取ると、相手は男の声で警察署の者だと名乗った。警察からの電話に身に覚えはあったが、相手の用件は頭を過った物とは違った。

「妹さんが、事故で亡くなりました」

視界が、揺れた。意味がわからない。さっきまで生きていたのに?意味のわからない電話だ。嘘か…冗談だとしたら、こいつ殺す。でも殺せない。おそらく嘘でも冗談でもないだろう。
俺は返事をせずに電話を切った。座っていたガードレールから立ち上がり、握っていたチケットは、いつの間にか捨てていた。あまり考えていなかったが、執拗に望んでいたスタジオ観覧の意味がなくなった。妹の平和の象徴を壊す意味がない。死んだのだ。
クラスメイトから連絡はない。何かおかしい。
俺は立ち上がったところから、そのままクラスメイトの家に向かった。すれ違う有象無象の無意味な笑いが不快だった。笑うな、幸せは訪れない。

「よう、待ってたぞ」

クラスメイトは自宅のガレージの前で待っていた。制服のままだった。俺が息を切らして何も言わずにいると、クラスメイトはガレージの中に入った。俺は操られているかのように、一緒に入った。
ガレージの中にあったトラックのバンパーが、何かにぶつかったようにへこみ、白い塗装が街灯に照らされて、赤い染みを強調した。

「お前がさ、何で気持ち悪いか教えようか?」

クラスメイトはトラックのフロントに寄りかかり、話し始めた。

「お前、幸せにしてやりたい筈の妹が、お前よりお笑いが自分の平和だと言った事に嫉妬してんだよ」

俺は赤い染みに手を伸ばした。

「お前、本気で妹が好きだったんだよ、気持ち悪いよな」

触ってみると、表面は少し乾燥ていたが、ベタベタしていた。冷たい。

「妹はいなくなったし、もう、息をする理由もないだろ。お前気持ち悪いけど、俺結構好きだからさ、責任くらい取ってもいいよ」

クラスメイトはガレージの奥から、盗んだガスボンベを引きずって持って来た。それを俺の前に置いてから、クラスメイトはガレージのシャッターを閉めた。

「 」

クラスメイトが何か言ったが、俺は聞かなかった。暗い密室のガレージで、俺はガスボンベの栓を開いた。


世界平和は訪れた



ちゅーにo(^-^)o
一番頭おかしいの絶対クラスメイトですね。全てに愛着がなかったとしか思えない。何でもいいよ、別に、と、何に対しても思うなかなかいない本物の欠陥品。あーあ。
"俺"、矛盾している気がします。まったく、ちゅーになんだから。好きよクレイジー馬鹿。

written by ois







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