僕のテディベアが喋りだしたのはテディベアの送り主だった僕の祖父が死んだ日で、僕が止めどなく泣いて抱き締めていると苦しいと一言言ったのが始まりだった。
名前はスージー。僕は女の子のつもりで付けたはずだったが、テディベアは男の子だった。知った後では遅く、僕は今でも男のテディベアをスージーと呼んでいる。スージーは事あるごとに僕に助言や励ましを来れ、僕はスージーに救われていた。
スージーは何でも知っていた。例えば宿題の答え合わせもしてくれたし、僕が疑問に思う事に全て答えてくれた。

「どうして雲は浮いてるのかな」
「わたあめで出来てるからさ」
「どうして雨で濡れないの?」
「馬鹿だなあ、雨が降ってるのは雲の下さ」

スージーが生きてる事は僕以外の誰も知らなかった。僕はどんどん成長し、16歳にもなるとスージーが言った蘊蓄の大半がデタラメだと気付いたし、スージーが僕の妄想でないかと疑った。
しかしある日僕が友達と遊んでいて帰りが門限を過ぎてしまった時、僕の声真似をして僕が家にいると偽装してくれた事があってから、妄想疑惑はなくなった。母は声を僕だと信じて疑わなかったが、何と言ったのかしばらく僕と顔を合わせるのを気まずそうにしていた。

「だって部屋に入られたらバレるだろう?だから部屋に入ると凄く気まずい空気になるような…」
「僕は部屋でそんな事しない」
「そんなってどんなだい、チェリーボーイ」
「…」

スージーは立ち上がると60センチはある大きめのテディベアだったので外に連れ出せた事はなかった。スージーはいつも外を見たいと言っていたが連れ出せないんだごめんと僕はいつも謝った。16歳の僕が部屋にテディベアを置いているだけで、かなり変な目でみられるのに外になんか連れて行けない。

「夜中でいいから」
「それでも人はいるだろう」
「じゃあ俺一人で行くよ」
「そんなの駄目だよ、誰かに見つかったら戻って来れなくなる」
「俺が居ないと寂しいのか」
「当たり前だろう?僕の兄弟で大親友なんだから」
「照れるな、愛され過ぎて」








事件は僕の初めて出来た彼女を部屋に連れて来た時だった。凄く可愛くてくりくりした茶色の髪をしていて、名前はアリッサ。生物の授業が同じの同級生だ。
部屋に呼んだくらいだからもちろん期待をしていて、アリッサもその気があったに違いなくそわそわしていた。僕の気がかりはスージーだけだった。

「テディベア…まだ部屋においてるの?」
「ああーこれは、死んだじいさんがくれた物で捨てられなくて」
「まさか一緒に寝てたりしてるの?」

寝ている。
図星だが言えない。

「いや形見だから大切にしてるだけで僕はテディベアが好きなわけじゃないよ」
「ふーん、名前は?」
「さあ、何だったかな忘れちゃったよ」

僕は恥ずかしさから逃れる為にスージーをクローゼットに押し込んだ。スージーは僕の前以外ではぬいぐるみのフリをしているので黙っている。
それからアリッサと当たり障りない会話をして、ふと目が合うとキスをした。盛り上がっていた僕はアリッサしか見えなかったが、アリッサは僕の背後を見て悲鳴を上げた。振り向くとクローゼットと反対側にある机の椅子にスージーが座ってこっちを見ていたのだ。ぬいぐるみとして座っていたが、出していないはずの場所から移動していたスージーをアリッサは気味悪がり、怯えて帰ってしまった。

「何て事してくれたんだよ」
「…何だよ、俺の事覚えてたのか。名前も思い出せないんだと思ったよ!」
「妬きもちかよ」
「自惚れるなさくらんぼ。残念だったな下手くそなセックスをするチャンスを逃して」

その日僕らは初めて別々に寝た。というかスージーは部屋から出て行った。もうどうでも良かったし、どこかで見つかって実験されるだとかゴミとして捨てられるだとか、心配なんかしていなかった。

次にアリッサが僕の部屋に来たのはそれから3日後だった。スージーがいないと聞いて安心してくれたのだ。僕らはスージーに邪魔をされて出来なかった続きをした。僕の初体験はアリッサが呆れる程、そしてスージーが宣言した通り下手くそだった。

「ほとんどありえないくらいの早漏れね」
「…ごめん」
「今までで最低だった…」

処女だと嘘を吐いていたアリッサとはそれから自然消滅という形で別れた。学校では避けられ、1週間もすると別の男とロッカーの前でイチャイチャしていた。何て女だ。
しばらくの間、アリッサの友達にクスクス笑われていたが、僕のセックスの酷さを話の肴にされたに違いなかった。

ひどく落ち込む僕はしばらくしてスージーを思い出していた。どんな事があってもスージーは相談すれば必ず僕を勇気付けてくれていたのに今は居ない。居ないテディベアを想い、あまりに支えにしていた自分の馬鹿な発言と行動を後悔した。それでもスージーは帰って来なかった。

しばらくして生物の授業で一緒になる転校生のニックとよく話しをするようになった。アリッサと別れてから僕の隣は常に空席だったのだ。ちょうどよく来た転校生はその席にあてがわれた。
国語や体育でも一緒になったが、生物以外の授業で僕らが話す事は無かった。他の全ての授業ではジェイクやデイブが僕の仲間だった。生物では他に話し相手もおらず、不思議に他人を寄せ付けない転校生と仲良くせざるを得なくなった。
他人を寄せ付けないのに何故かニックは僕にだけ親しげだった。他の人が話し掛けても適当に流すか、無表情にシカトするのに僕との受け答えだけは笑顔だった。その容姿に惹き付けられた女の子達がホームパーティーに誘ったり、ランチでテーブルに呼んだりしていたがそれも無視していた事が手伝ってか、ニックはゲイでしかも僕の事が好きなんだという噂が広まった。
ノーマルな僕にはかなり遠慮したい話だった。確かにそう言われるとそんな気もして来る僕にニックは輝かしい笑顔を惜し気もなく使っていたし、国語や体育の時も注意を払ってみるとニックはちょくちょく僕の事を見ていた。目が合うとニコッと笑うニックはジェイクとデイブの目から見ても異常だったようで、ランチでテーブルを囲んでいる時額を寄せて僕にゲイの対処法を話した。どれも非現実的でいまいちだった。
そんな時、僕は決まってスージーを思い出していた。いつも僕に助言をくれていたスージー、彼なら何と言うだろうか。

『へえ、好かれてんならいいじゃないか。ケツ貸してやれ』

助言にならないブラックジョークを言うスージーが頭に浮かび、少し笑ってしまった。

「何笑ってんだよ、お前次の生物は気を付けろよ!とりあえず席変えてもらうとか」
「そこまでするのは可哀想だろ」
「ニックがお前の同情を勘違いして廊下でいきなりキスしてこない事を祈れよ」
「…」

生物の授業が始まる前、ニックは相変わらず笑顔で僕に挨拶した。しどろもどろで挨拶を返すと、周りがクスクスと笑っている事に気付いた。僕までゲイだと疑われたらどうしようかな、と少しだけ悩んだ。
窓側のニックは鉛筆をくるくる指で弄りながら肘をついた手に顎を乗せ、外を見ていた。男の僕から見てもニックは綺麗で男前だったのに、ゲイなんてもったいないなとぼんやり思った。ましてや自分を好きだなんて、自惚れじゃないかと思って、真剣に悩んだ自分を馬鹿じゃないかと思った。
自惚れという言葉でスージーを思い出した。“自惚れるなさくらんぼ”。そうだ、ニックにも悪い事をした、僕を好きなんて可哀想な噂をたてられてしまった。

「なあ、雲って何で浮いてるんだろなあ」
「水蒸気の塊だろ」

ニックは頭がいいと思っていたが間違いだったのか。ニックは空に向けていた顔を笑顔にして僕を振り返った。

「違うぞ、雲はわたあめで出来てるんだ。そんな嘘をなるほどみたいな顔して信じる馬鹿な奴が昔いた」

僕が立ち上がると勢いがよすぎたのか椅子が後ろに倒れて教室に大きな音が響いた。クラスの全員が困惑した表情の僕と僕が見つめる先の飄々としたニックを交互に見て状況を掴もうとしていた。だがどちらも喋らなかった為、教師が僕にどうしたのかねと尋ねた。僕は教師を無視した。

「…どうしてそれを知ってるんだ、スージーは君が持ってるのか」
「違うぞ、察しが悪いな。俺がわからないのか?」

ニックはスージーだった。スージーはブロンドのテディベアで、首には赤いリボンをしていたから昔女の子だと勘違いしていた。ニックもブロンドで赤いメッキがチェーンにまで施されているネックレスをしていた。共通点は多い。だが色々と疑問が尽きない。
教師に謝り席に着くと、それから僕達は一言も交わさずに終業を待った。ジェイク達を待たずに僕は家路に着き、ニックは後から着いてきた。生物のクラスで一緒だった奴等はそれを好機の目で見ていたが僕は気にしなかった。
誰も居なくなった所で僕が先に口を開いた。

「何で人間になったの」
「元々人間だった。人形造りにテディベアにされるまで」
「何で今まで言わなかったの」
「お前がテディベアの俺を好きだったから」
「何で人間に戻れたの」
「本当は五年前には契約が切れていつでも人間に戻れた、でもお前のテディベアでいたかったんだ」
「本当は何歳なの」
「ずっと18歳だ。今までは。人間に戻ればまた年をとれる」
「何で…僕のところに帰って来たの」
「妬きもちだったんだ、図星だから悪口で返してしまった、反省している。人間に戻って普通の生活に戻ろうと思ったけど…お前に会いたくなった」

僕が立ち止まると後ろを歩いていたニックも立ち止まった。振り向いて僕は微笑んだ。

「照れるな、愛され過ぎて」

力強く抱き合って、僕はお帰りスージーと彼に言った。ニックは抱き締め返してただいまと言った。その声は泣いていた。

僕の兄弟が帰って来た。


susie



舞台は間違いなくアメリカ。
スージーのモデルは、私のベッドの枕元にいつもいるテディベアのボブです。よく泣いてる私の慰め役をしてくれます。
愛してるのに、動いてくれないボブが悲しくて書いた話でした。"僕"がホントに羨ましいです。

written by ois







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