「それを美味しいと食える理由に、僕が共感出来る物がひとつでもあるかな」
「ある、うまい事だ」

仕事帰り、奢るからと焼き肉屋に付き合わせた同僚から、衝撃の告白があってから三分後の事。
俺はがつがつとカルビを焼いては食べているが、同僚は苦い表情でつまみとビールだけ口に運んでいた。

「今日(きょうび)、ベジタリアンがいるなんてなー驚きだよ、しかも若い男の日本人が」
「僕はきょうびという言葉を久し振りに聞いた、君本当に同い年なのか」

同僚はベジタリアンらしい。何故か同僚はその事をずっと黙っていた。何とテーブルに案内されて肉が運ばれて来るその瞬間まで黙っていた。せめて店に入る前に言えよな。

「親がベジタリアンとか?何か宗教的な事だったり」
「いいや、家族で肉を食べないのは僕だけだ」
「何で、食べないんだ?精肉工場にでも行った事があるとかベタな理由?」
「行った事があるわけじゃないけど、そういう事だよ」

ふーん、可哀想な奴。かしわなんかポン酢で食うと、飯が止まらねえのに、それを知らないなんて可哀想過ぎる。
食べられないなら仕方がない、全部食べてやろう。食べながら俺の話す上司の愚痴を、同僚は適当に相槌を打ちながら聞いていた。たまに笑ったり、意見を言ったりしたがどことなく上の空で、ぼうっと俺と肉を見ていた。
なんとなく会話が途切れて、二人の間で沈黙が流れ、周りの客や肉を焼く音が大きく聞こえた。沈黙を気まずく思う事はなかったが、何か話そうと口をあけると、俺より先に同僚が話始めた。

「何の確信を持って、それを食べていい肉だと解釈してるんだい」

斜に構えた同僚の発言に、俺は軽い苛つきを覚えたが、同時に少しだけ緊張した。何か俺の知らない答えを、同僚は知っているかのようだった。

「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ、君は何故それを何の遠慮もなく食べれるんだい」
「…金を払うからだ」
「それを受け取るのはその牛ではないけどね」

同僚の言いたい事がなんとなくわかった。でも俺は牛に人権のような物は見いださない。同僚が俺を洗脳するつもりなら無駄だ。

「牛を所有している人間から店が買って、俺に売った、俺は買ったので食べる、それだけだ。何が言いたい?はっきり言えよ」
「売り買いや権利の話ではない、肉が細胞分裂を繰り返していた瞬間が確かにあると知っているのに、それを無視出来るのは何でだって事だよ」
「わかんねえな、噛み砕いて言えよ」

同僚は何故か俺を蔑むような、それでいて自嘲しているような不思議な笑みを浮かべた。

「それが人間でも、君はそれを食べるかい?」
「…食べないけど、これは牛だ」
「君は切り分けられた人間を見たことがあるのかい?見たことがないのに、それが人間でないと言えるかい」

俺は網に置こうとしていた肉を、ちらっと見た。これが人間?そんなのあり得ない。あり得ないとはわかっているが、快く焼いてしまう気になれず、俺は肉を皿に戻した。

「これが人間だってのはあり得ない事だって事くらいはわかるだろ?お前大丈夫かよ」
「人間だと疑っているわけじゃない、喩え話だよ」
「つまり?」
「君が人間を食べないのは、人間の価値を知っているからだ、人間の価値っていうのも凄く利己的だけど。君が例えば犬を飼っていて、それを食えと言われても食えないだろ?情があるからだ。人間に対してもただ人間であるというだけで人間は情を抱いてしまう、同じ種の命に対して無下にしてはいけないと本能が知っているんだよ」
「人間が肉を食うのも本能じゃないのか、牛は犠牲にすぎないだろ」
「僕が言いたいのは理性の話だ」

俺はじっと聞いていた。

「もしその牛が君のペットだったとしよう、愛情を注いでいたとしよう、すると君はそれを食べれるかい?」
「愛情を注いでいたら食べられないが、幸いこれは見ず知らずのどこかの牛だ。何の愛も義理もない」
「では、見ず知らずのどこかの人間で、何の愛も義理もなかったら、食べれるって事になる?」
「ならねえよ、さっき自分で言っただろ、人間が人間を食べるのは本能が制止するんだろ。人間なら愛も義理もなくても食べられない」
「理性の話だと言っただろう」

小難しくなってきた。同僚の言いたい意味がわからない。理解できないのにやっぱり俺は、肉を焼く気になれなかった。

「人間と牛、どこが違う」
「全然違うだろ!」
「例えば?」
「…知識と理性だ、人間は賢いし理性がある」
「では頭の悪い人間や、精神疾患があって理性に欠ける人間は牛と同じかい?」
「見た目も違うだろ、生き物として全くの別物だ!」
「先天的に両手を持たずに産まれたり、色素を持たずに産まれる異形の人間は牛かい?」
「何なんだよお前、そんなの屁理屈じゃねえかよ」
「屁理屈は間違いなのかい?突きつめた結果であって間違いではないだろ、普通の大多数の人間が考えないってだけだ」

段々本格的にイライラしてきた。
でも同時に、同僚が何を言いたいかもわかってきた。

「人間と牛は変わらないんだよ」

同僚は憂いの顔で言った。

「同じような内臓や脳を持ち、心臓が動いて血が通っている。僕にはみんなが人間を食べているのと変わらないように見えているんだ。それがどんなに恐ろしい事か、想像くらいは出来るだろう?」

人間が、切り分けられた人間の筋肉や内臓を焼いて食べている。美味しいと顔を綻ばせ、焼いた肉を噛みちぎる。
気色が悪い!
俺は急に今食べた肉を吐いてしまいそうになった。
落ち着け、これは牛の肉だ、鶏の肉だ、豚の肉だ。食べれる、食べていい肉だ…でも、何で食べていいんだろう、さっきまで確信を持っていたのに、急にわからなくなってきた。

「…蕎麦屋にでも行かないか」
「いいね、蕎麦大好きだよ。奢りかい?」

残りの肉が乗った皿を隣のテーブルにあげて、俺達は焼肉屋を出た。


ベジタリアン



私、鶏肉が大好きです。牛肉より豚肉より遥かに美味しいと思うんです。ポン酢で食べる鶏肉半端ないです。ケンタッキーとかたまらないです。
ケンタッキーのチキンは皮をまず剥いで食べ、貧乏性なのでゆっくり、筋を少しずつ指で割いて、時間をかけて食べるのが好きです。
人間はどんな味なんですかね?他人は申し訳なくて食べられないけど、自分の左腕なら焼いて食べてもいいかなーって思います。でも痛いので食べません。
written by ois







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