「いいか、お前は右で俺は左、必ずまた会おう」

そう言われたのに僕は左に走って行った。
そしたら彼はその場から動かず、無表情に溶けて無くなった。
走った先にはまた彼がいて、一杯のコップの中の水になった彼は、顔のないその体で悲鳴の様に笑った。
僕はそのコップの水を飲まなくてはいけなかったけど、決して手が出せなかった。





目が冷めて、僕は隣を見た。
彼は水になんかなっていなかった。悲鳴のように笑ってもいなかった。眠っていて、心拍数をモニターしている規則的な機械音が聞こえている。
僕はベッドから降りて、彼の手を握った。

「また同じ夢を見た」

僕は返事をくれない彼に、いつもの様に声をかけた。

「僕が右を選んだら、また話が出来るのかい」

彼は答えなかった。

白い病室で、随分長い時間を過ごしていた。ここに寝泊まりする様になって一ヶ月。そして一ヶ月間、同じ夢を見ていた。

彼が望むのに、僕はどうしても右を選べなかった。彼が行くと言う、左を選んだ。

「ねえ、もしかして同じ夢を見ている?」

精神が研ぎ澄まされる孤立した空間に、毎日一緒にいると、彼がそこにいる事が空気のように思えた。もう、精神が溶け合っている気がしている、そうなると同じ夢を見ているだろうか。

「右を選んで欲しいのかい」

「わかっているよ、あれは悲鳴なんだろ、でも笑って聞こえるのは何でだい」

「あの水は決して飲みたくない、だから僕は左を選んでいるんだよ」

彼は何度話しかけても答えない。
僕が何度肩を揺らしても、腕を擦っても、彼は起きない。僕が何度泣いても、もう彼は僕を慰めてくれはしなかった。

僕は最初からずっと、右を選ぶつもりは無かったのに、時間は残酷だった。この僕に、自ら右を選ばせようとさせてしまったのだ。





「いいか、お前は右で俺は左、必ずまた会おう」

僕は笑顔でうなずいて、右の道を走った。
後ろにいた彼は、無表情に左に走って行った。
行き着いた先には、奇妙な水槽に入れられている彼と、機械に繋がれて悲鳴を上げている彼がいた。
狂気的に叫ぶ彼を見ていられず、水槽の方の彼を見た。彼は閉じていた目を開けると、僕に微笑んだ。彼は真っ黒の服を着ている。それは喪服のつもりかい。
水槽の下で、その水がポタポタと滴ってコップを満たしていた。彼が笑ってそれを飲めと言った。

「飲みたくないのがお前の罪の意識なら、飲ませない事が俺の罪だ」

後ろでは凄まじい叫び声が聞こえるし、彼は水槽の中にいるはずなのに、その声ははっきりと聞こえた。
僕はコップを手に取り、水を飲み干した。





目を覚まして、僕は彼に駆け寄った。
初めて右を選んだ。

見えたよ、機械に繋がれている事はそんなに苦しかったんだね。
今まで決心出来なくてごめん。

僕がボタボタと泣くと視界が揺らぎ、あり得ない事なのに彼が微笑んで見えた。

僕は医者達を病室に呼んだ。

「決めました。兄の生命維持装置を切ってください、僕は兄の心臓を貰います」

僕はずっと心臓が悪かった。移植しないと治らないと言われていた。
両親と兄は僕をずっと過保護に育てた。事故で両親が死に、兄が脳死するまでは。

僕はずっと彼に寄りかかっていたかった。自分の中に取り入れるくらいなら、同じ死ぬ道を選びたかった。
僕は彼が行くと言う、左を選び続けた。

兄は右を選んで欲しかったんだ。その自分から絞り出した命を、飲めと言っている。
心臓を使ってもらえない事が、罪だと言った。

兄は僕をとても愛していた。
僕も兄をとても愛していた。

僕の判断で、その息を止めさせて、その心臓を貰うなんて、すぐには決心出来なかったんだ。

ごめんね、僕はやっと水を飲めるよ。

兄の機械音が止まると同時に、僕は深い意識の底に落ちて行った。

起きた時、もう兄は隣にいないだろう。
彼の言った通り、また会える場所にいる。



いいか、お前は右で俺は左、必ずまた会おう。

選び道



ドナーがどうとかって、ニュースになっていましたね。
死んだ人の内臓くらい、大した問題ではないけれど、"死んだ人"、が一番の問題なんだね。誰が、どこで死んだと決めれるの。

兄弟愛、好きだよ。
兄より弟、偉いよ頑張ったね。
どのくらい生き延びたかはまた別の話だけど。
いいか、お前は右で俺は左、必ずまた会おう、って言う言葉だけから書き始めたわりに、かなり内容がまともに構築出来て満足しています。

written by ois







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