朝飯は何だっただろう。ああ、そうだ一昨日作った味噌汁を飲んだな…あれが悪かったのか。

とにかく、腹が痛い。激腹痛。
出勤してる場合ではない。このままではパンツの中で大変な事が起こる。あまつ満員電車に乗ってる間にパンツを汚すような事があれば、大事件である。

緊急避難。公園にある公衆トイレに駆け込んだ。


「…はー危ない危ない。すっきりした…」

そこで重大な問題が発生した。

紙が、無い。

これは…やばくないか?神に見放されたら自分の手で運を掴みとれ、というやつか?腹痛による排便は通常よりソフティで、そんな事出来る訳がないだろう。

「紙が!無い!」

言ったのは俺じゃなかった。まさか、こんなに同じタイミングで同じトイレで同じ悲劇が起こっているなんて。
入って来た時に見た閉じているドアを思い出した。三つ並んでるトイレの一番出口に近い個室だった。俺は一番奥なので、俺達の間に一つだけ個室がある事になる。俺は少し声を張って話しかけた。

「奇遇ですね、俺も紙が無いんですよ」
「あ、人いたんだ。そっちも大の方?」
「大の方だから大事件で」
「だよなあ」

「どうします?」
「人が来るまで待つとか…?大丈夫、ここは大通りの近く!」
「待ってたら、ケツがカピカピになりそうですよ…」
「俺なんか元々便秘で超巨大なやつと奮闘したんだけど、乾燥しててすでにまずい」
「あなたの便情報は聞いてないです」
「なんだよ冷たいなー。同じ穴のナマズだろ〜?」
「ムジナです。同じ穴のムジナ」
「ああ、ウォシュレットが欲しいっ…!」


「…」
「…」
「助けを呼びましょうか」
「よし、叫ぶぞ」
「なんてですか?朝っぱらからうんこを公衆トイレでしてたら、紙が無くてお尻が拭けない!と?」
「…なんて卑屈なやつだ…そんなに負のオーラをまとった発言するやつ、希少だ…。お前ゼリーの蓋開ける時に汁が飛び出す事を恐れて慎重に開けてたら蓋が伸び千切れて開けられなくなるタイプだろ…」
「…」
「しかも結局フォークとかで穴開けて汁が飛び出すだろ…」
「…」
「…」
「…」
「何か言えよ、俺がすべったみたいだろ」
「あなたがすべったんですよ」
「あーもー、紙ー!」
「振り出しに戻ってますから」

「…ねえ、暇」
「俺はトイレ入る前に体調が悪くて遅れますと言ってあるのでいくらでも人を待ちます」
「うへー、何その受け身な体制。お前って…」
「いやもういいですよ、そのくだらない例えは」
「うわ、むっかぴょーん」
「…」
「しかもシカト!ボケ殺しもいい加減にしろよ!お前名前何だ!」
「何でそこで俺がキレられるのか分かんないですけど。名前はツヨシです」
「ツヨシ、お前ツッコミの才能ない」
「それ言う為に名前聞いたんですか?あなたの名前はなんですか?」
「内緒」
「いや、不必要な隠し事とかむかつくんで」
「むかつくじゃないよ、むっかぴょんだよ」
「…あんまり聞きたくないですけどなんですかそれ」
「これは魔法なんだぞ、お前。本当にむかついてる時に言うんだ、“むっかぴょん”て。するとどうだ!イライラがなんだか中和されるだろう。これ戦争とかしてる国の首相が言ったりすると世界平和につながる」
「戦争広がりますね」
「…むっかぴょん」

少し苛立ちを覚える二つ隣の男は、会社の先輩を思わせた。大柄な性格で後輩になつかれていたが、思った事をそのまま口にする性格が俺は苦手だった。言われたくない事まで大勢の前で笑い話にされる。本人は俺が気にしているなんて気が付かない。

「…」
「分かった、クイズを出そう」
「…はあ、」「それに答えれたら俺の名前教えよう。では問題」
「やるとか言ってませ…」
「雪が溶けると何になる?」
「…春とか言わないでくださいよ」
「なんだよ、正解じゃん」
「さぶいです」

「なあ、それを真剣に考えた事無いだろ」
「…」
「だから卑屈なんだろー」
「…俺卑屈じゃないですよ」
「じゃ根暗」
「違います」

先輩と、同じ事を言う。
イライラするな。

「…なんだよー、怒るなよー」
「別に怒ってないですよ」
「声が怒ってるー」
「…」
「…」
「お前何歳?」
「あなたが先に言うなら言いますよ」
「俺?俺、21」
「21!?年下じゃねーか!俺の敬語を返せ!」
「えー、理不尽」
「どこが理不尽だ。歳上は敬え」
「口調がかぶって読み分けれないじゃん」
「何の話だ」

「歳上は敬えって言葉が小学生の時嫌いだった。教師にタメグチでキレたら言われて、“たかが生きた年月なんかで何で人の格に差が有るんだ!”て思ってた」
「とんでもない小学生だな」
「今は小学生の無知さにイラつく事があるから歳上は敬うべきだと思う。何も知らない餓鬼にタメグチきかれたらキレるよな」
「…」
「だから子供は嫌いだ。大人になりたい。なあ俺はまだ子供と思うか?」
「さーなあ、境界線は成人じゃあないとは思うけどな」
「人類の永遠の議題だよ、悩むべき問題なんだ。もしかしたら全員子供かもしれないし」



「会話が重たくなってないか?尻を汚した大の男二人が」
「大の男!爆笑!」
「いや別にうんことかけたジョークじゃねえよ」
「あーウォシュレット!もう濡らさないと拭き取れない。あれ、ていうか乾燥してるからパンツ履いても問題ない?」
「人間性を疑う。あと、すれ違う人には酷い香水付けてると思われるだろうな」
「…」
「…」
「人来ねーなー、もー!」

タイルの上を硬い靴が歩く、コツコツコツという音がしてハッとして顔を上げた。おそらく二つ隣の男も同じだっただろうな。声がかぶった。

「「すみません!」」

同時に二つ声がしたからか、入って来た人は「キャッ」と叫んだ。ん?キャッ?

「えーと、助けて欲しいんだけど…誰だか知らないが今入って君」
「えあ、は、はい何ですか?」
「俺達今とても困った事に紙が無くて尻が拭けずに出られないんだ。そいで君に空いてるトイレを確認してトイレットペーパーが有るか見て欲しい」
「あ、はい」
「それと質問なんだけど、ここは男子便で女の子の君は何故こっちに?」
「えーと、女子トイレに煙草吸ってる女子高生がクスクス笑いながらたむろしてて、怖くて入れ無かったの。こっちが空いてたら使おうと思って」
え…?

「あはははは!おいツヨシ!俺達の声、女子トイレに筒抜けみたいだな!笑われてやんの!」
「最悪…。つかタチ悪いな女子高生…。助けてくれてもいいだろう!」
「あ、トイレットペーパー有りましたよ。ていうかタンクの下にいっぱい置いてありますよ?」
「げ!あるんじゃん!灯台元暗しだな〜ツヨシ」
「なんて無駄な時間を過ごしたんだ」

今の結末を聞いた女子高生の爆笑を聞きながら、タンクの下にあったトイレットペーパーで尻を拭いた。
女子高生は満足したのか笑いながらトイレを出る音が聞こえた。心なしか“うんこマンズ”とかいう聞き捨てならない名前を付けられた気がする。

「入って来た君、助かったよ。よかったら空いてるトイレで用を足してくれ」
「それはちょっと…」
「いや、俺もそれに賛成。用は足さなくてもいいからとりあえず個室に入ってくれ。恥晒しだ…」
「わ、わかりました」

ドアの閉まる音と、鍵を外してドアを開ける音がした。

「くよくよすんなよ〜ツヨシ。雪は必ず溶けて春になるんだから〜。俺が先に出るけどまたどこかで会ったらよろしくなー」



しばらくしてから俺も公園を後にした。

偶然の出会いだったがいったい誰だったのか、もうさっぱりわからない他人達に埋もれてしまった。苦手なあの先輩が待つ会社に行こうか…。

あ、ていうか名前教えてもらってないし。正解したじゃねーか。


「…むっかぴょん」


公衆トイレ



むっかぴょん、は私の姉が発案した魔法の言葉。険悪な時に、突然むっかぴょん発言をした姉を今でも覚えています。皆笑っていいのか何なのか、大混乱に陥ったのち、姉が最初に笑ってました。魔法の言葉です、是非使ってください。
それと敬語が嫌いだったって話は、私の実話です。本気で思っていました、昔から理屈屋の頑固な小学生でした。

written by ois







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