心反引 -シンハンイン- 創作三国志:曹操×玄徳 うんざりするほどに赤くなった手首をさすりつつ、劉備は帯を手に取った。 ほぼ同時に曹操は劉備の髪をわし掴んで引き寄せる。 「――――――……っ!」 頭皮を引かれる感触に息が止まりそうになる。 半ば無意識で劉備の躰が脱力し曹操の腕の中へと収まった。 髪を引かれてのけ反った劉備の喉にむきだしの肩口に曹操が唇を寄せる。滑らせていくだけだったその行為は次第に濃厚になっていき、劉備の肌が官能に震えた。 「………っは、………」 「……あれだけの回数をこなしてもまだ反応が返ってくるか」 喉の奥で曹操が低く笑う。夜の静寂に木霊するよなそんな声。 劉備の背筋に嫌悪だけでない寒気が走る。 「仕方ないでしょうが……あれだけ散々なぶられてるんですから」 淡泊にそう告げて、劉備は肌着の前をかき合わせた。 しかし曹操がそれをあっさりとはぎとる。 「着ても着なくとも変わらん」 「孟徳殿と一緒にしないで頂きたい」 眉をひそめて抗議すれば、手首をできたての痣の上から握り締められる応答。皮膚に曹操の指が食い込んで、骨の軋む気配がした。だがここで苦痛を訴えれば曹操の加虐心を煽るだけなので、劉備は無言で耐えた。元々劉備の痛みに対する耐性は、人のそれよりも優れているから苦ではない。 唇を真一文字に引き結んだままこらえていたら劉備の顔に影が落ちた。劉備の乾いた唇に濡れた感触。それは輪郭を何度も辿って劉備の唇を湿らせていく。 「………ん……っっ…ふ……」 曹操の舌は抵抗の見えない劉備の口腔内にたやすく侵入を果たし、不気味なほど時間をかけて丁寧にその内部を侵していった。 劉備の舌を絡め取り、奥の脇など刺激に慣れない部分を舌先でつつきながら時折吸い上げる。劉備の背が与えられる刺激に浮いて、曹操がその脇腹をざわりとなで上げた。 「…はぅ…っ!………やめ、………孟徳殿ッ!」 蠢く曹操の手が下肢へと行きそうになるのを、渾身の力を込め(痛めた腕で)劉備は何とか取り押さえた。曹操のもう片方の手も動きだそうとするが、劉備の片腕は自分の躰を支えているから自由が利かない。 「明日から自分はっ、他でもない貴方の命で袁術の掃討遠征に出向くのですが!?」 「何を判りきったことを。だからこうしているのだろうが」 曹操のもう片方の手が劉備の内腿を指先、掌を使って撫で上げる。 その所作に一度収まったはずの色欲の熱が灯りだし、うめいて劉備は身をよじった。 「何がですか! こんな事をしていて―――― !!」 「お前が忘れないようにな。よぅくその躰に覚えさせているだけだ」 「俺が忘れないように…?」 「そうだ。俺のもとから逃げ出した後も」 「孟…徳殿?」 「お前の考えている事ぐらい見通せる。逃げたくば逃げろ。お前の懐にある、勅命ごときに興味はない」 劉備に降りかかった尊くも重々しい使命。 天の具現者、帝からの命。それは曹孟徳を誅殺すべしと。 知っているというのなら、己を殺す大義名分を手にしてしまった目の前の人間を、この自分を。 ころしてしまえばいいのに。 欲しがって欲しがって飽く事なき独占欲の赴くがままそれを実行に移して監禁生活を強いられて逃げられると思うなよこの自分からこの世界からこの妄執からと何度も何度もこの耳に囁き鼓膜から脳髄果てには方寸にまで侵食し一人の人間を恐怖と脅迫で縛り付け思う様さんざんに蹂躙し犯し続けられてきただけどだからそれでも嫌で逃げたくて方法を探してやっとその糸口を見つけたやっと逃れられるとたった今見破られてしまったのだがその癖この男残された只一つの最も確実で永久的な手段を用いようとはしない。 それはなぜか? 「俺から離れるが良い。そうしてお前の立場を思い知れ、玄徳」 劉備の髪を掴む曹操の手が離れて、優しく頬を撫でる。 強張った劉備の躰はそれでも繰り返し経験した曹操の侵入だからたやすく受け入れた。何度貫かれても。 馴染んだ曹操の熱は劉備の内部に溶けることなく澱のように、凝ったまま、わだかまる、忘れぬ様にと。 「―――――――長兄? 顔色が優れないが……」 「そうだぜ兄貴、やぁあっとあの曹操のお膝元から抜け出して来たってのによぉ!」 「雲長……翼徳」 軽い目眩に見舞われて、劉備は額を軽く押さえた。 天候は上々、雲一つない空に中天で日輪がぽっかり浮かんでいる。 「……そう……そうだな、俺は許昌の都から出て来たのだったな……」 その陽を見つめて半ばうわごとのように劉備は呟いた。 「長兄……」 「かーーっ!!何だよ兄ィ!そうだよ、その許都から出てもう十日にもなるっての!」 「十日………」 どこか信じられない気持ちで劉備は後方を見やった。自分の侠客時代からの付き合いである男達に曹操から(名目的に)授けられた兵士達。 さらにその後ろには遠く地平線が望むことが出来た。都の様相など遠く彼方であろうか。ここに至るまでの旅の距離を自覚する。 逃げたのだ、曹操の元から。曹操という男から。 離れたはずなのに――― 「まるで曹操の目が後ろに張り付いている気分だな」 笑った劉備がぎこちなく撫でる首筋には、汗が滲んでいた。 関羽が眉をひそめる。 「長兄、我らは最早曹操の子飼いではない。そう気を張らずとも」 「………そうだな。すまん、春の陽気に当てられてどうかしたんだろう」 まだ何やらぶちぶち言っている張飛に言い聞かせて、劉備は馬のたずなを握り直した。 進む足を確かにしながらも今一度、太陽に目をやる。直視できないその強烈な輝きに手で目の上にひさしを作る。 曹操から離れたつもりで逃げたつもりでいながら、結局なんの解決も得られていないのではと焦燥が走った。 あの日輪。 輝き豊かなその光から逃れようとこちらが動いても。 どこへ逃げても背に躰に熱を感じ足下には影落つる。 あの男も、同じなのではないか? 必ず追ってくる日輪の如く、あの男も――――。 劉備は首を振って蒼天を見直す。 晴れた空に唯一存在するは、太陽。 (己の心中に座して動かぬ男の存在) 「あ〜〜。こう晴れてると眠くなってくるぜ…」 「翼徳はいつでもそうだろう。しかし今日は実に良い天気だ、長兄」 「そうだな……本当にいい、陽気だ」 その日劉備は初めて、 雲一つない好天を 禍々しいと、感じた。 【 了 】 旧PCサイトから改訂サルベージ。 何処に行っても居ても、 玄徳は曹操からは逃げられない。 ← |