花落 -ハナオトシ-
創作三国志:曹操×玄徳


「丞相閣下?」

呼ぶ声に、はっとして。
周囲の事が意識の外にはじき出される程に、自分が考えに没頭していたと気付いて曹操は苦笑した。

「ああ、何だ?」

目に見えてほっとする相手の顔。それも無理からぬ事で、丞相とは言え実質この国をその掌中に収めている男がまさか、花に見とれて話を聞いていなかったなど、冗談にも程がある。
つき合いの長い仲とはいえ、そんな曹操の様子にやはり多少なりとの衝撃があったのか、話を再開する郭嘉の声は最初ややもつれている感がした。気のせいかも知れない。

しかしそんな事は曹操にとってはどうでもいい事象にしかすぎなくて。
およそ軍議や政というものに部類されるであろうそんな話の内容を、今度こそは理解しつつ聞いてはいたが、曹操の心はここに在らずと言ったところ。

その眼はただ、花を見ている。
白い花、花心の中央はほんのりと桃色に色付いている。純白が気高さを誇示して視える反面、まるで乙女のような恥じらいを含んでいるかのような。この宮に植えられているのだから稀少で値の張るものなのだろうが、興味など無いから名前など知らない。つまり曹操はこの花の見目麗しさに心奪われた訳ではない。

思うはその花の事ではなく、花に深く関わりのある誰か。

曹操にとってこの花はただの花ではなく、未だ鮮明に記憶へと灼きついて薄れる事のない、在りし日の出来事を思い起こさせる媒体であった。 
それはその誰かにとっても同じ事だろう。ただしその事実の受け取り方は、曹操のそれとはかなり違うだろうが。

「奉孝」

「―――は?」

「この花は」

「ああ、美しゅうございますね。何でも他の種との交配で偶然出来た代物だそうですよ。ただ繁殖力が弱い為、希少価値が高く世話にも手間が掛かると。……それが何か?」

曹操がその花に手を伸ばした。
茎は細くも真っ直ぐでいかにも凛とした風情だが、手に取るともろくもあっさり折れてしまった。外見にそぐわぬ脆弱さ。

「この花を、どこぞへ届けたりなどは不可能か、やはり」

「………でしょうな。繁殖力もそうですが生命力もまた薄いのですよ、これは。ちょっとした気候・環境の違いで半日と保たずに枯れましょう」

「そうか」

曹操がこの花を誰かへの贈り物にと、郭嘉が想像したのは、まあ妥当だろう。
愛人か妾かに贈りたいのかと。
実際のところ、遠からぬ答えだったのだが。

「まぁ花そのものは贈れなくとも、その花自身と全く変わらない代わりの品でもよろしいのでは?」

「代わりの品…というと?」

「はい。その花を絵師に写生させ、その画を贈るというのはいかがでしょうか」

「この花の画を。………成る程」

届けたいのはこの花。他のどの花でも、どんなに美しい珍しい花でもいけない。
曹操はこの花を、見せてやりたいと望んでいるのだ。

「ならば郭嘉、後でそのように手配しておいてくれ」

「御意」

その花は贈り物。
ただし相手が喜ぶ類のそれではない。

「して、届け先は?」

曹操の口元が酷薄な笑みの形を刻む。

「玄徳の処だ」

くくっと我知らず昏い歓喜の声が漏れる。
あの事実は今や遠いとおい過去のこと。しかし紛れもない現実。それを玄徳はこちらの手元から離れた事で安心し、忘れ去ったつもりでいるだろう。
誰がそんな事を許した?
忘れているだろうから思い出させる。知らぬ振りをすると言うならこちらにも考えがある。

かすれる涙声、震える指先。哀願してこちらを見つめる眼差しは潤み悩ましげで、ほつれかけた己の髪をわずらわしげに払いのける、その仕草も弱々しい。
男のくせに雄を誘い、刺激する。流されそうになる。それを誤魔化すかのように嫌がる手足を押さえつけ束縛した。あくまでこちらが優位にあるのだと思い込みたかった。女相手ならばそんな苦労はしないものを。

だからその黒く艶やかであでやかな髪に花を、差してやった。
女同然、女以下の立場だと知らしめる為に。実際は女よりも妖しい生き物だったのだが。

(どうか、どうかこれ以上は
 お許し下さい、孟徳殿)

白い花。雅やかなれど華美というのではない。純潔を装いながら人を惹きつけて止まないその姿が重なって見えた。清冽で凛とした立ち姿、しかし手を伸ばせばすぐにぽきりと折れてしまう弱々しさ、が。
ひどく似ていた。

すすり泣く声を押し殺す様まで、誘っているようにしか見えなかった。
その声その瞳その髪その肌に、足の爪先から指先に至るまでのどんな些細な仕草でもその一つ一つに、そしてその存在そのものに狂わされる、こころもからだもなにもかも。あの一人、たった一人の為に。恋煩いの童女同然に。

それもまた一興。

狂っていると言うのならいっそ極めてみせようか。はなからこの執着、断ち切れるとは思っていない。考えた事もない。だから自分一人ではなく相手も引き込んでやりたい、この妄執に。

逃がすものか。

曹操はさきほど手に取った花を見つめた。それは真実愛おしいものを見る目だ。
まるで壊れるのを恐れるかのように優しく花びらへと手をやる。指先がかすかに触れて。

「丞相…………!?」

郭嘉の眉がひそめられる。怪訝なその眼差しの先、その手のなかにあの花をこの上なく無惨に握りしめて嬉しそうに薄く微笑む曹操がいる。
花を口元へと運び―――口吻けて。

指と指の間からちぎれた花びらが昏い欲望に耐えかねて、はらりと舞い落ちた。





【 了 】



旧PCサイトからサルベージ。
オリジナルでの曹玄は
監禁・女装・輪●など
趣味全開妄想フルバースト。
玄受で一番強敵な攻だと
思っちょります。






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