Sfida -スフィーダ- ブレイド三国志:郭+曹×玄徳 ──────────────── Aspettare続編・単品でも問題無 ──────────────── 「よしましょうよ、そんなの」 お戯れは、お止め下さい。 体も魂も今と異なる遥か彼方の過去にも、自分らしからぬ忠言をしたものだ。 奔放な性に有るこの人の魅力をよくよく知っており大いに賛同していた自分だからこそ、その当時は一層の危機感を持って苦々しく諫めた。 しかし本当に、らしくない。 だからこんな事を言わせてくれるなと恨みがましい目で、時慈朗は重厚なデスク前に立つ、おのが主を見た。 「本気で、止せと言うのか」 時慈朗の視線を受けて、ツァオは楽しそうに言い放つ。時慈朗の進言を容れるかどうかと言う次元ではない、ただ面白がっているだけだ。 「本気ですよ。俺にしてはちょーマジメにそう、思ってます」 憮然として時慈朗はソファに腰を下ろす。組織のトップであるツァオを前にしてのこの態度は感心できたものではないが、悪友じみた感覚共有をしている互いだからこそ、ツァオに咎め立てられる事もない。 第一、話を聞いている“だけ”のツァオに対して苛立っている時慈朗には行動を控える積もりもない。 「アレ、駄目ですよ。本当に危険物」 「昔の様に殺した方が良いと?」 「んな激しい事言ってませんし! て言うか昔だって殺してないですから!」 ぎょっとして立ち上がる時慈朗のすぐ目の前、ツァオは堪えきれずに笑いを漏らした。 「そうだな。いつだってアレは俺の進む途すがらに存在を主張した。共に並び立てぬ、この下にはつかぬと判った後は殺してしまえば良かった、だがその機会はついぞ訪れなかったな―――郭嘉」 ツァオと共に在る曹操の目は、時慈朗を中に在る郭嘉ごと捉えた。 鋭く重い視線を受けて、時慈朗の息が詰まる。 昔も今も様々な人材を豊富に抱えるこの人は、そのくせ決定を下す判断に他人を頼る事はない。 だから、言っても無駄だと判る事がある。郭嘉ならばなおのこと。 無駄だと判っていても、繰らずにいられない事がある。臣下だからこそ。 「……そうですよ、曹操様。だいたい今はあの二千年前じゃない。殺さなくても良い方法はいくらでもある」 さっさと手放して下さい、少なくともこの〈神龍〉からは放逐して下さいと、続けるつもりだったのが突然のコール音に中断させられる。 ツァオがデスク上の受信機を操作し、「そのまま通せ」とだけ一言。 時慈朗にツァオが向き直ったところで、この話は終わりだと空気が告げていた。 「時慈朗。……アレに会わせると、先生の体調が大分安定するのは知っているか」 “先生”。ツァオがその敬称をもって呼ぶのはたった一人しかいない。 荀イクのブレイド――生命維持装置に繋がれたベッドの住人は、細い命の糸でかろうじて生き長らえる若者だ。 「え、…本当ですか、ソレ」 「精神面における影響だが、結果として肉体そのものにも良い傾向だろうな」 突飛な話題の転換だが、吉報には変わりない。喜ばしい話で時慈朗の顔が緩むのに、ツァオがたたみかけた。 「その事象一つでもアレの利用価値は充分だろう、時慈朗」 丸め込まれた。 〈神龍〉コンツェルン本社内にある与えられたプライベートルームに戻った時慈朗は、自己嫌悪の八つ当たりに壁を蹴り飛ばす。 結局の所、何一つ自分の言葉は目的を成し得なかった。 何日か前、〈神龍〉関係者でもその業務に関わる者でもない人間が一人、連れてこられた訳だが、それがさっきまでツァオと時慈朗の話題に登った人物で。 曹操のブレイドであるツァオ・チェンが治める〈神龍〉にとって、害を成すか利を生むかの見極めが非常に重要な人物だったのは確か。 しかしツァオがちょうど留守にしていた折りにその人物は〈神龍〉に訪れた。 〈神龍〉のブレインを担い、曹操の参謀である郭嘉のブレイドである時慈朗は好奇心に素直に従った結果、その人物に興味を持ち接触しよく識る事が出来、―――後悔をした。 何も知らなければ、こうして思い悩む事などなかったのに。 「殺せたら…どんだけ楽か」 先にツァオへと発言した、殺さなくても良い様々な方法。そのどれを採ったとしても、あの危険人物はこの〈神龍〉にとって必ず目障りな存在になる。だからその危険物を監禁紛いに閉じこめようとしているツァオのやり方はある意味、間違いではない。 しかし埋伏の毒。 身中に招き入れる事は内患を呼ぶ事になるだろう。あの危険人物は自身に優れた武器を持たないくせに、他人を惹き付け巻き込む能力に長けているから。 そこまで判っていながら、殺せない。惜しい。更にその奥深くに押し入り知りたいと思ってしまう。 「………ッくそ」 時慈朗は力任せにネクタイを引き抜き上着を脱ぎ捨て、簡易ベッドに腰を下ろした。 こうまで参謀である自分の思考を絡め取るような対象だと再認識しては苛立ちに胃の腑が灼けそうになる。 駄目だまた話しに行かなくては、アレは、あの男は本当にいけない、危ないんです。 「……行くか…」 焼け石に水と判っていても、もう一度ツァオに言ってみよう。時慈朗は虚ろな様子でふらりと立ち上がり、上着を手にしながらドアを開いた。 プラチナシルバーの表面が横滑りに消えると、広い廊下が広がっている。〈神龍〉の幹部かVIPの為にあるエリアは最新のセキュリティーを敷かれて人影は少ない。 だからスーツ姿でもなく一人歩く男はひどく目立った。 「―――ミハエル!」 その姿を目にしたのと同時に、時慈朗は相手の名前を呼んでいた。 恐ろしい事に反射反応だ。その事を自覚した時慈朗の眉間に皺が寄りかけたのを、すんでのところで押し隠した。 ミハエルと呼ばれた男が時慈朗に気付いて微笑んでいる。自分の失態はひとつでも見せたくない。敗戦材料にしかなり得ないのだから。 「こんにちは、Mr.葵原」 西欧の香り漂う異国の外套を纏うミハエルはその衣装がよく似合った、イタリアーノだ。だがイタリア男によくある陽気さは表に見えず、その国が世界に誇る芸術作品の様な趣を雰囲気に纏っている。 丁寧な挨拶をそっと送るのは親しみを込めた優しい声音だのに、確かな一線を隔たれたミハエルの呼び方に時慈朗はため息をついた。 「時慈朗で良いって。なに、外出?」 「その、お願いをしに参ります」 「へ? そんなん担当者に連絡してくれれば……、……ドコにお願いしに行く訳?」 気づけば時慈朗はミハエルを壁に追い込むようにして距離を詰めていた。尋問のつもりはない、ただひどく引き留めた方が良い気がした。 そんな時慈朗の様子を判っているのかいないのか、ミハエルは淡い微笑を浮かべたまま時慈朗を見上げる。 「要望あれば些事でも直に自分を訪ねろと。ツァオ殿に言われております」 時慈朗はミハエルの腕を掴み、自室へ逆戻りに足を進めた。ミハエルの痩躯に見合った細い腕はぴくりともしない。 理不尽に降りかかる事象でも、この男はどうして、そう、流すのか。 「………ツァオ様に? お出掛けしたいからお願いしますって?」 部屋に連れ込んだミハエルを、時慈朗はいささか乱暴に突き放す。 困った様子で、しかし微笑を絶やさないミハエルは悠然としたものだが、それが余計に時慈朗の気を逆撫でた。 「いえ……出掛けると言うよりは、そろそろお暇をさせて頂こうと」 「へぇ。ずいぶん急な事で」 「お招きに預かり、興味深い方々との出会いに滞在が日一日と伸びておりました。お恥ずかしくも厚かましい事です。ツァオ殿がここしばらくいらっしゃらなかったのですが、漸くこれで」 「帰れると思ってんのか?」 ミハエルの目を見ずに時慈朗はその薄い胸を掌で強く押した。 バランスをとろうと無意識にたたらを踏むミハエルの肩を掴み、後方へと勢いを加えてやればミハエルの身体は背後にあったベッドに倒れ込む。 「親交からわざわざアンタを世話してるなんて思ってないだろうな。この〈神龍〉が」 時慈朗が頭上にのし掛かってくるのを、ミハエルはじっと見詰めて逃げようともしない。 そして黙っている。苛立ちで吹き出しているにしか過ぎない時慈朗の言葉を、それでも一つ残さず拾いあげようとしているかのようだ。ミハエルが実際に就いている生業そのもの、寛容の聖職者らしいことで、反吐が出る。 「野放しにしたくないんだよ、こっちとしてはさ。アンタが有害無害か不明でも芽は摘むか管理下に置きたい訳。だからって何でアンタもココに来ちゃったかなぁ。一人で来いなんて要望にホイホイ従ってさぁ、来たら帰れないかもって判る話だろ?」 このミハエルの傍らには恐らく、その身を盾にして護りを敷く人間が二人はいるはずなのだ。 二千年前もそうだった。生くるに別でも死ぬ時は共にと誓った二人が。 ブレイドである今でも、すでにその二人と出会っているに違いない。裏がとれている訳ではないが、時慈朗の推測であり確信だ。でなければ、こうもミハエルは落ち着いているはずがないと。 きっとその二人には止められただろうに、ミハエルはここに来た。恭順の積もりもない癖に、自分から檻の入り口をくぐった。 時慈朗はミハエルの行動が不可解で、不愉快なのだ。幾ばくかの不安そうな怯えた風情でも見せれば可愛げもあるのに。 「帰れないはずはないと、信じていますので」 そうやって堅い意志を見せ付ける。ツァオの関心を引いてこの〈神龍〉の内部に波紋を投げかけるのに、ミハエルは自分の居場所を見失わない。 いっそ、失くしてしまえばいいのに。 そうすれば帰る所のないミハエルは〈神龍〉に泣きつくしかなくなるんじゃないか。そんな馬鹿な己の仄暗い思考を嘲笑って、時慈朗はミハエルの衣装に手を掛けた。 「帰るまでに、こんだけ汚されても気にしないって?」 元々、時慈朗に男の趣味はない。この〈神龍〉に訪れたミハエルと言う異分子に、曹操の覇道にとって目障りなこの人間にどうすれば効果的な辱めを与えて屈伏させられるのか、自暴自棄とも言える選択肢を採った結果だった。 その為だけに男を組み敷くなど、考えた事もない経験をしてしまった訳だが、それはミハエルが〈神龍〉に滞在している間、定期的に繰り返されている。 そうだこれはただの、嫌がらせに過ぎない。それが時慈朗にとっては鬱屈の解消にもなるから、都合が良いだけのこと。 ベルトを外してズボンを引き抜き、時慈朗はミハエルの膝を掴んで広げさせる。 それでも、ミハエルは苦笑しているだけだ。 「このくらいで、汚れませんよ」 「………そうかよ」 自分の内部、臓腑にくすぶる灼熱の感情から目を逸らして、時慈朗はミハエルの口を塞いだ。 「確か2時間前に、お前の訪問の知らせを受けた筈だが――ミハエル?」 〈神龍〉に君臨する頭領はその風格に相応しい雄々しい気配を余すところなく広げている。 そんなツァオにミハエルは困ったような微笑を浮かべて緩やかに頭を下げた。 「思わぬ遭遇がありました。二度に渡るお手間をとらせて申し訳ございません」 「ふん。ポールか、ルッシオか、……時慈朗か」 「ツァオ殿の臣下はいずれも素晴らしき方々ばかり。お話につい時間を忘れてしまいました」 「襟を乱すような話を、な」 ミハエルの項をツァオの目線が辿る。衣服が覆いきれていない部分、ちらりと覗くのは白い皮膚が赤く鬱血したらしい跡だ。 「……ツァオ殿」 「ふ。何度来ても俺の返事は変わらないと言うのに、それでも話したいのか、お前は」 革張りのチェアに腰掛けるツァオは脚を組み替えて肘をつく。何とも傲岸不遜な態度だと言うのに、品を持たせて高貴にさえ見せるのはツァオならではだ。 その様に内心感じ入りつつも、ミハエルはツァオに静かな視線を注ぐ。 「大変、実りの多い御招待には感謝しています。ですが家族も私の長の滞在をそろそろ案じておりましょう」 「ならばその家族をここに呼べ。その許可は以前に出してやったろう」 「ツァオ殿、」 ミハエルの透明な気配がほんのわずかにくすむ。この〈神龍〉で他の誰と対峙しても、惑う動きを見せないミハエルには珍しい揺れの変化。 満足げに笑うツァオは片手で招く動作をミハエルに送った。少し眉根を寄せたミハエルは、それでもツァオの近くまで歩を進める。 「お前に染み付いた他者の臭いが消えるまで、この〈神龍〉に染まるまで、ここから出してやらん」 足を止めようとしたミハエルの手首が捉えられて強く、引き寄せられた。ツァオの膝を跨がせられ、肩を抱かれて双腕に閉じ込められる。 もがく事も押し返す事も許さないツァオの強い拘束にミハエルは目を閉じて、感覚を閉ざして耐えた。その堪える様さえツァオを楽しませる材料にしかならない。 「……お願いです、ツァオ殿、私は」 ツァオはミハエルの淡色の髪に指を滑らし、白い首筋に喰らいつく為その襟を引きちぎるように開いた。 ミハエルの首、鎖骨、胸元に点々と残る形跡。薄さ濃さの差から伺い知れる部下達の仕事振りに、ツァオは薄く笑って新しい痕跡を残そうと唇を寄せた。 「今はあの二千年前ではない。この曹孟徳から逃げられると思うな、玄徳」 [ Fine ] ───────────────── 《Sfida》 挑戦, ───────────────── ブレイド玄徳は裏がありそうで 勝手にハードボイルド妄想。 続きを御所望下さった 匿名希望さまへコソリと捧げます。 ← |