Aspettare -アスペッターレ- ブレイド三国志:郭嘉×玄徳 2巻登場の司祭=玄徳で捏造妄想 ──────────────── その人が羽織る錦糸綴りの刺繍が流れる外套は、西に続く大陸の空気を纏っていた。 「こんにちは」 ジリアンが連れて来た客―――正確には出迎えて来た客は、フードをかぶったままだったが、顔つきを見るには事足りた。 その人は淡色の睫毛が縁取る瞳をちらりと瞬かせて、小柄な肩の上でこれまた小さな顔をポールと時慈朗にそっと傾ける。 「あ、っと…」 ジリアンに促されての挨拶は社交辞令だろうが、どういう訳だか時慈朗はその人物に目を奪われるばかりで二の句が次げない。 「食事中に悪かったな」 紹介と言えるものではない、通りすがりの接触。 それ以上の会話はなく、ジリアンがその人を隠すように連れ立って行く。 結局いつものようなジゴロ文句が口から出てこず、時慈朗は華奢な後ろ姿を見送るだけに終わった。 「アレって、VIPゲスト?」 時間のズレたランチタイム。 まだ仕事に区切りがついた訳ではないが、疲労蓄積だと騒ぎ立てる時慈朗に能率向上と秤に掛けた結果、ポールが折れた。 「私にも知らされてはいないが、Miss.ジリアンが連れていたのはそれなりの理由だろう」 ポールも知らされていない。〈神龍〉における重要な頭脳の一人、荀攸のブレイドであるポールにも。 そのくせツァオ・チェン―――偉大なりし曹操閣下の右腕、夏侯惇のブレイド・ジリアンがわざわざ迎える人物と言うのは、大層な意味を持つ。 「へぇ…」 俗な方面とは言え、時慈朗の思考のネットワークが音を立てて回答を組み上げていった。 「ツァオ様はああいう線が細いのもお好みだってか」 嘲るような面白がるような。口元を歪ませて時慈朗は先程の人物を思い描く。 肉付きの薄そうな肢体は厚手の装いに包まれていて、確かめようがなかった。どんな魅力をはらんでツァオを惹きつけたのか、時慈朗は予想を好き勝手に膨らませた。 「言っておくが、男だ」 「………………………は、?」 「ミハエル。国籍はイタリア」 「ちょ、ポールさん知ってんじゃん!」 「今日来るとは知らなかったからな」 しれっと告げるポールはさっさと立ち上がり時慈朗を置いて行った。結局、重要な事は何一つ言わずに。 「………VIP、てのは否定しない訳か」 時慈朗は自分の予測が外れていない事を確信して、一人ほくそ笑んだ。 「全てが非公式の元。その時実際にツァオ様は不在だった、その上ではあの男が〈神龍〉にいる理由も必要性もない。 ならば<居ない>と言う事だ。<居ない>のだから、何があっても<何もなかった>。それだけの事だ」 数日後のポールはそう呟いた。 探りを入れようとしてジリアンに接触した時慈朗だが、思いがけずあっさりとしたゴールに辿り着く。 「この先の応接室に居るが」 「え、ぁ。…いいんですか?」 失言。慌てて時慈朗が口を手で押さえるのを、隻眼の微笑が見つめた。 「遅かれ早かれ。お前は奴に興味を持つだろうから」 それだけ、曹操と密接な関わり合いを持つ男。ジリアンは言外にそう、告げていた。曹操に近い位置で物事を見据えていた参謀ならば、気にして当然だと。 ただ新しい仲間で味方なら、彼が“誰”かはジリアンもさらりと教えたろうが、そうではないのだ。 「はは、それはそれは」 自分自身で確かめろと言うなら、願ってもない。キザッたらしい会釈をひとつ、足音も高く時慈朗は目的の部屋へと歩を進めた。 ノックを2回。 しかし返答はない。鍵も掛かっていない。レディ相手ではないしなと時慈朗はあっさりドアノブを掴んで回す。 部屋では時慈朗お目当てのミハエルがソファに掛けて書物に目を落としていた。 (おやま。優等生タイプかね) 気配を殺して、ではないが、静かに時慈朗はミハエルの背後に近付く。 「…エラリー・クイーン?」 「うわ、っ?」 ミハエルの手からXの悲劇が取りこぼされて、毛足の長い絨毯に受け止められた。 驚いたミハエルは当然声がしたソファの背もたれ越しを見上げる。 見下ろしたら、さっきまではしていなかったアルミフレームの眼鏡。なおさらミハエルの目元に時慈朗の視線が行った。 丸く開いたミハエルの瞳は本当に深く引き込まれるようだった。色ではなくて、ただただ底が見えない。 「推理モノ、好きなんだ?」 動揺は圧し殺して、いつもの軽い調子を時慈朗は細めた眦に滲ませた。 「ああ、先ほどお会いした…」 知らない顔ではないのに安心したか、文庫本を拾い上げたミハエルの瞳が和らぐ。 ミハエルが微笑めば穏やかな温もりが空気に満ちてゆくような錯覚さえする。 しかし時慈朗は逆に悪寒を拾った。 (コイツは“危険”だ) 「ファーストネームしか名乗れない事をお許し下さい。ミハエルと申します」 「事情アリのゲストは重々承知だ。オレは葵原時慈朗、改めてヨロシク」 何が、と思えた訳ではない。つい今しがた関わったばかりの人間なのに、時慈朗の神経に警鐘が鳴り響いている。 違う。ちがう。知っている。 この厄介なものは自分の巨きな部分にひどく影響を及ぼすモノだ、自身に何を持っている訳でもないのにその及ぼす様々なものに果てはない、散々その危うさに進言したと言うにあの主は結局ふところに招き入れてしまったのだ、止せやめろ殺した方がいいと言うのに駄目だったそして。 (―――郭嘉?) 時慈朗の内側で響き渡るそれはかの軍師からの警鐘に他ならない。 鬼謀神算、その郭奉孝が苛立ち恐れて――いる? 「Mr.葵原?」 「あぁ、いや、ちょっとタイム」 「はい…?」 時慈朗がじっと視線を注げば少し不思議そうにして、でも不快な様子もなく微笑する、ミハエルの柔らかな人柄に隙はない。 だが、時慈朗の中から警戒が消えない。 このミハエルもきっとブレイドだろうとは時慈朗も勘づいていた、ツァオのVIPゲストでジリアンがもてなすほどに重要な、神龍にとって重要なメンバーだろうと。 ある意味、間違ってはいない筈だ。けれどその答えを目の前にして時慈朗は躊躇っている。 「なぁ、アンタさ」 人差し指を立ててミハエルが口元にそれを当てる。 すっと細められた瞳が、笑みながらしっかりと時慈朗を捕らえた。 「もし私が“ミハエル”以外の名を持つのだとして」 にこり、優しい微笑はさっきまでとは打って変わってどこか突き放すようにも見えた。 「それは今、お話する事でもないでしょう」 時慈朗がすんでの所で舌打ちを殺した。 何がどうだと時慈朗が話す前に遮られた、腹立たしいのはその事実でなく思考を先回りされた事だ。 「………へぇ。じゃあただの“ミハエル”?」 「はい」 ミハエルが腰かけるソファに時慈朗が乗り上げた。 互いの距離はざっと30センチメートル。肌のきめ細かさまで見える近さにミハエルは臆した風情もない。 いいやコレは挑発だと、勝手に時慈朗は解釈した。 「ケンカ売るのはスマートじゃねぇよ。折角知り合った者同士、仲良くしようぜ?」 ミハエルの手首を捕らえれば細さにイラついて、女性ならその手にキスも落としたけれどミハエルは間違いなく男だから代わりに指先に歯を立てた。 「そちらのご趣味がお有りですか」 「………ちげぇよ、嫌がらせ」 「仲良くと言われたのに?」 「あーあーあ。もう黙れ」 肩を掴んで押せば、ミハエルの痩身は容易くソファに沈んだ。 時慈朗が上にのし掛かるも、ミハエルは困ったように苦笑している。 「……初じゃねぇだろ」 「気になるんですか?」 「この状況でも腹を立てないアンタがね」 下手に口を出せば負けると思った。理論武装ではなくて、“時慈朗”と“ミハエル”の積んだ人生経験の内容の違いで。 ミハエルのそれがどんな“経験”だったのか、気にならないと言えば嘘だが知りたいとも時慈朗は思えなかった。 今、知りたいのは“この男”の奥深さ。 二千年の時の向こうで届かない所に在ったもの、互いに交わる事もなくそれを望んでもいなかった。郭嘉が主と仰ぐ曹操と幾度となく衝突しては不思議な縁を築き、並び立つ事はなかった男。 それが今、郭嘉の、時慈朗の前にいる。 ならば知りたいと思うのは必然の理だ。 「さすが、仁の方は懐ふかくていらっしゃる…なぁ玄徳殿?」 仕返しの積もりで核心をえぐってやった筈が、そのジョーカーは切り札かブタか判らないまま出してしまったのだと、聡いからこそ時慈朗は2秒後には気付いた。 ミハエルは温く微笑んでいるだけだ。負け犬の遠吠えは見苦しいと百も承知で時慈朗はミハエルとの距離を詰める。 「沈黙は──肯定と取れるぜ」 「愚直な回答をお求めですか、貴方ほどのかたが」 「買い被んなよ、……腹が立つ」 これはゲームですらない。 だが相手が盤を見ているだけなら引き摺り上げてやればいい。 奪われたアルミフレームの眼鏡がカーペットに投げ出されて、ソファの軋む悲鳴が空に消えた。 [ Fine ] ──────────────── 《Aspettare》 待つ(期待する), ──────────────── ブレイド郭嘉=時慈朗の色気に ドス恋、中てられて暴走。 玄ちゃんも神龍内で 不特定多数にアレコレされて しまえば良いと思うの。 ← |