教団に戻ると直ぐに病棟のベッドの上でウタの診察が始まった。彼女の腕を診るコムイと婦長の表情は険しいもので、やはり感覚はもう戻らないらしい。リハビリを重ねればどうにか動かせるようにはなるだろうが、戦場では、長期に渡り戦い抜いてきた彼女の勘に頼るしかないと言われた。それに関してウタは自分の腕が再起不能になると言うのに普段と変わらない表情で二人の話しを聞いていた。元々顔に感情を出さない奴だったが、カレルの死以来、違和感を覚えるようになった。何かが違う。でも、その『何か』が解からない。


こういう時、カレルならどうするだろうか。










「ウタが居ない?」


そんな事を考えていた矢先、病棟からウタが消えた。


「ウタちゃんは他の子と違って大人しくしていられる子だったから大丈夫だと思ったのだけれど…それに、まだ出歩いて欲しくないのよ。腕の事もあるし…。でも私達じゃ彼女が行きそうな所なんて思い当たらなくて。」


「チッ…どうせ、暇こいてそこら辺ほっつき歩いてんだろ。探して来る。」


「ごめんなさいね、ありがとう。神田君。」


パタリと病室の扉を閉める。婦長の言う通り普段は大人しくしている奴なのに、珍しい。余程やる事が無かったのだろうか。彼女は変なところで鈍臭い為、心配になる。それに、傷はまだ完治しておらず、教団内と言えども、何があるかわからない。早く保護しなければ。


まず、彼女の部屋と、念の為俺の部屋に向かった。しかし、もぬけの殻で相変わらずの殺風景。次に、食堂へ向かう。晩飯時だったので、ジェリーの料理が好きなあいつなら…、と思ったが、彼女の姿は見当たらなかった。その他に、鍛錬場と中庭に立ち寄ってみたが彼女の姿は何処にも無い。


「もしかして、あいつ…」


心当たりはあと一つ。カレルの部屋だ。しかしあれ以来、ウタの口から其の名前すら一度も聞いていないだけに、もし、そうだとしたら…





「カレル…」





少しドアを開いた所で聞こえてきた声。泣きそうな、声。狭い隙間から薄暗い部屋を覗くと、ベッドの上でうつ伏せに横になるウタの姿があった。感覚の無い右腕が、だらりとベッドから落ちている。虚ろな瞳は光を映さず、その変わりに一筋の涙が目尻から溢れた。そして、不自由な身体をゆっくりと起こし、開いた窓に左腕をかける。


「…っ、」


其れを見て、声にならない声を上げた。自分が予想しなかった出来事が目の前に起こっているだけで無く、窓から身を乗り出したかと思えば一瞬、何時から俺の存在に気が付いていたのか彼女の緑眼がこちらを捉えたからだ。


「…っ馬鹿やろ…!」


直ぐに我に返って、彼女の右腕を己の方へ引き寄せる。力加減を忘れていた所為で、二人重なるようにしてベッドに落ちる形となりお互いの顔の近さに思わず息をする事すらも忘れ。


「…どうして、止めたの。」


其の距離を保ったまま、上に覆いかぶさりこちらを見つめているウタが沈黙を破る。


「…止めて欲しかったんじゃ無ぇのかよ。」


「違う。」


「ならなんでこっち見た。」


「背中を、押して、欲しかった。」


「阿呆か。」


「神田に、殺されるなら、カレルもきっと、怒らない。」


「…は?」


「僕は、誰かに殺されるのを、ずっと、待ってた。」


「誰が殺すかよ。」


「それなら、」


「あ?」





「殺せないなら、一緒に死んでくれる?」





刹那、普段交わすような、素っ気無い、けれど慣れ親しんだ会話のテンポが消えた。『殺せないなら、一緒に死んでくれる?』そう言うウタはどういう意味を込めてかは解からないが薄い笑みを浮かべていた。そして、更にお互いの距離に圧迫感を覚えれば、微かに開いた己の唇にじわり、と熱を感じ、其れは酷く心地よく、暖かいものであり、なのに悔しく、辛く、切なく、苦しくて、まるで誰かに操られているのでは無いかと思うくらいに上下左右に感情を揺さぶられた。嗚呼、そうか。其の一つの動作だけで、彼女に全てを握られたのか。


一度離れた唇が再び重なる。今度は深いものだ。先程よりも体重をかけられ、熱が其処に集中する。更に距離を縮めようと、彼女の頭の後ろに手をやり、グッと引き寄せる。角度を変え、噛み付くように激しさを増して行き、お互いが着ているものを脱がし合う。その動作すらももどかしく、今度は、やっと露になった彼女の白い肌に顔を埋める。肩から腰まで斜めに入った痛々しい傷跡を舐めると、痛みからか、快感からか、細い身体が小さく跳ねた。


きっとこの先も消えないであろうこの傷が、憎くもあり、愛しくもあった。










_達は自ら間違った道へと足を踏み入れたのだ。











第一章 愛が失われた日 05
(解かっていたけれど、)
(出口は、見付からなくて。)





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あとがき

夢主ちゃんの奇行でしか無い件。
これで回想は終わりですお疲れ様っしたぁ!




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