「待たせた、神田!」


「チッ…ウタは無事か?」


「どうにか無事だ。でも、早く病院に連れて行かないと…もう、意識が…っ」


カレルの表情は切羽詰っていて不安を隠せずにギュっと瞼を閉じた。あそこまで弱るウタを見るのは初めてだった為、更に不安になるのだろう。自分も胸がざわついていた。


「安心しろ、あいつはそんな柔じゃねぇよ。それに、アクマはあと数体だ。二人で戦えば直ぐに終わる。平常心を保て。」


カレルと自分に言い聞かせる。今は目の前のアクマを倒す事が先決で、其れを無事に終わらせるには無駄な考えを捨てなければならない。一度二人で目を合わせて頷いて、それが合図だったかのように乾いた地面を蹴った。


「イノセンス発動!」


カレルが右足のホルターからマシンガンを取る。刹那、イノセンス自らが大きな機械音を立てて己を改造して行く。地面に肩膝をついたカレルは生まれ変わったように大きく改造された其れを太腿の上に乗せて、アクマに向かって連射した。一方俺はと言うと、発動していた六幻をアクマに向かって振り上げた。


「災厄招来―…界蟲一幻!」






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頭がふわふわする。だんだんと重たい意識が浮上して来て、うっすらと目を開ける。霞んだ視界には何も映らない。暗闇、だろうか。浅く呼吸を繰り返して酸素を吸おうとするが、埃が喉を刺激して乾いた咳が出る。外ではカレルと神田が戦っているのだろう。天井から聞こえる爆発音と共に、部屋全体が揺れる。布ごしから傷に手を当てると、ぬっとりと鮮血がこびり付き、最早痛覚が機能していないこの身体がどれだけ堪えているのかを知った。ああ、眠たい、今にも目を閉じてしまいそうだ。でも、また眠ってしまえばもう二度と目を覚ませないような気がする。そうなればカレルとの約束は果たせない。彼等には言わなかったが、右肩から左腰まで深く切られた所為か右肩から先の感覚が無く、動かせなかった。其れを自覚した瞬間、死を覚悟した事は言うまでも無い。けれど、カレルは生きろと言った。神田も、その為に盾になると言ってくれた。生きなければ。二人を安心させたい。また三人で笑いあいたい。


初めてかもしれないんだ。こんなに生きたいと願うのは。





しかし、僕達を絶望の淵に追いやる其れは訪れた。





「っ、」


一瞬、大きく地面が沈んだ。暗闇に慣れていた所為か瞼ごしからでも痛いくらいに光を感じ、思わず目をギュッと瞑る。熱気を帯びた風が身体を包んで呼吸をする度に喉が痛かった。この様だと、外壁が破壊され外に出されたのだろうか。


「カレル!!」


ぼんやりとした考えが、神田の叫び声で吹き飛ぶ。瞳を抉じ開けて前を見れば、黒い何かが自分に背を向けていた。其れと同時に嫌な予感。左手に力を入れて、上半身を起こす。先程まで重かった体が不思議と軽い。嗚呼、こういう嫌な雰囲気は何度か経験した事がある。まるで、誰かが―…


「ウタ…無事…?」





命を絶ってしまう時の其れに似ている。





「カレ、ルっ!」


やっと状況を飲み込む。自分の前に背を向けて立つカレル。そんな彼の脇腹には向こうの景色を見渡せる程の…人間の拳程度の穴が開いていた。アクマの銃弾の盾にしたのか、所々に皹が入ったマシンガンがパキッと砕け散る。其れとほぼ同時に、カレルの身体がこちらに向かって傾いた。自分の身体を使って受け止める。傷口の上に覆い被さられ一瞬心臓が大きく波打ったが、今そんな事は気にしてられない。


「カレル、うそ、やだ…っ」


団服を脱いで傷口に当てる。しかし、手が震えて上手く押さえつけられない。見兼ねた神田が代わりに止血を始める。


「どうして?僕の事、庇ったの?ねえ、カレル…っ」


「……ウタ、泣か、ない…僕は、大丈夫、だ…っ、それより、神田、早くウタを…病院に…」


「五月蝿ぇお前はもう喋るな!」


「やだ、ずっと一緒だって、言ったよね…生きてさえいれば、ずっと、一緒だって、言ったよね、そうだよね…っ」


「そ、うだよ…ずっと…一緒だ…」


頬に流れる涙を拭うカレルの手。いつもの力強い手じゃない。弱々しくて、今にも崩れて消えてしまいそうな、そんな手。両手で握って温もりを確かめる。先程、自分がどれだけ二人に悪いことをしてしまったのかを思い知った。辛くて悲しい、傷の所為もあるんだろうけど、上手く息が出来ない。


「…ウタ…聞いて…」


「…なに…っ」


「生きることは…素晴らしいこと…だよ…」


「うん…っ」


「だから…大切な人には…生きて欲しいって、思うんだよ…」


「どうして、そんな事言うのっ、まるで、最期みたいな…っ」


「あはは…ウタは、本当に泣き虫…だなぁ…」


「だって、だって…っ」


「でも、そんなところ、も…大好きな……」





刹那、握った手から力が抜けて、魂を宿さない其れは酷く重たく、スルリと自分の手の中から逃げて行った。まるで、彼が何処か遠くに行ってしまうような、そんな感じだった。





どうして?





ずっと一緒だ。生きてさえいれば。本当についさっき、彼は言った。なのに何故、そう僕に教えてくれた本人が目の前で冷たくなっているのか、到底理解出来なかった。目の前に起きている事が真実ならば、僕達はこの先、彼が居ない世界で生きていかなければならない。僕の全てを抱き締めると言った癖に。三人で一緒に生きようと言った癖に。





「カレル!!」





其れは、僕達の全てを変えた、まだ暑さが残る9月の下旬の出来事だった。






第一章 愛が失われた日 03
(それでも、まだ、僕達は)
(生きなければならない。)





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あとがき

カレルのいい奴キャラを
アピール出来ないままに
天に召されてしまった。

回想はもう少し続きます。(しつこ
昨夜の鍋の残りがうまいです。
白菜がトロトロです^q^まいう!




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