五色 工 の場合




『今日も練習お疲れ様』そう文字を送ると間髪入れずに『お疲れさまです!!』と勢いのよい返事が返ってくる。


私の彼氏である工は白鳥沢高校の男子バレーボール部へ所属している。春高常連である強豪校なだけあって練習が普段みっちりあるため同じ学び舎に居るとてなかなか会えない。そんな彼氏との唯一誰にも邪魔されない貴重なコミュニケーションの時間。毎夜こうしてやりとりをしてから寝るのが私の至福の時間だ。


だが今日は文字だけでは物足りず、すぅっと通話のボタンをタップしてしまった。昼間に来てしまったいわゆる女の子の日の所為で気分がかなりブルーなのだ。こんな日は少しでも工の声聞いて癒されたってバチ当たらないよね?


「!?名前さん、ど、どうしたんですか急に!」


やっぱり君はそう反応すると思ったよ。想定通りの驚いたリアクションをしてくれる彼氏様にほら、もう癒しを頂いたと表情筋が緩む。


「今日は何となく工の声が聞きたくなってさ、今大丈夫だった?」
「ぜんっぜん、大丈夫ですよ!俺も名前さんの声聞けて嬉しいって思ったところです!でも名前さん、元気ないですよね」


耳元に響く心配をする声にドキリと心が鳴る。まだ一言しか発していないのにどうして元気がないって分かるんだろう。


「すごいね工は。あー、すっごく工に会いたい!」
「すごいって何ですか?名前さんが甘えてくるなんて滅多にない……俺はう、嬉しいですけど」
「そうだね工には隠し事できないね、、、正直に言うと生理になっちゃってさ、ちょっとテンションが低いのかも」
「えっ、それは大丈夫なんですか!」


ほら、真剣になって心配してくれる。今は寮と家とで距離は離れているけど工の気持ちが伝わって心がほんわり解れていく。好きだよ、工。直接は言ってやらないけど、


「うん、ちょっとお腹痛いんだけどね、大丈夫……うー学校行きたくないな、」
「無理はしないで早く寝るんですよ!俺に何かできることあれば言ってください、何でもするんで!俺、彼氏ですから」
「ありがとう、工のおかげで心がリラックスできたからきっと大丈夫」


いつもは文字のやり取りで済ませてしまうところ今夜は声まで聞けた。やはり好きな人の力は絶大だ。思い切って電話して良かった、工パワーで明日も乗り切ろう、そんなふうに考えながら名前はベッドへ潜り瞳を閉じた。





きたる翌日、やっぱり寝ても気分の憂鬱さは変わらない。さらに昨日よりも増していく下腹部の痛みで気が散漫している。


頑張って学校に来たのはいいが、正直授業の内容はさっぱり頭に入ってこなかった。保健室へ行って薬をもらってこようか、そんなことをぽおっとしながら考えている。今はちょうど1時間目が終わった休み時間だ。


急に教室の外がザワザワしていることに気がづきふと廊下に目をやると、続いて視界に映った人物をみて「えっ」と口から言葉が零れ落ちた。


友人が「名前ー、彼氏がきたよ」と、そんなの言うまでもなくすぐに工が来たことがわかったのだから。


年下とはいえ一応我が白鳥沢学園のバレー部スタメンとして活躍をしているのだ、廊下から見える彼の切りそろえられたサラサラ髪が頭一つ飛び出てそれはそれはよく目立つ。


だが一体何かあったのだろうか、昨夜の会話では教室へ来るだなんて一言も言っていなかったはずだし、何だか焦っているような様子が感じ取れる。そして教室に居る誰よりも大きな人が入ってきたのだから当然といえば当然なのかもしれないが、私を目指して一直線に向かってくる工にクラスが何だ何だと騒ぎ立つ。


そんなクラスの視線の注目の的となっていることも知る由もない当人、彼の口から発せられた言葉に教室のざわめきが一瞬にして静まり返った。


「名前さん!生理大丈夫ですか!」
「!!?!? ちょ、ちょっと工、」
「俺、昨日の夜から心配で、心配で、気が気じゃなかったんです!」
「わ、わかったから落ち着いて」
「落ち着いて居られないです、だって名前さん顔色悪いですよ!とにかく保健室行きましょう!」
「ええっ、あっ」


いきなり教室入ってきて何を言いだすんだってツッコミをする間もなくあっという間に私の腕はズイと引っ張られて慌てて立ち上がり工の後に続く。てか、今急に立ち上がったからまたズンンと痛みがきているのに……ってもう、なんでこんなことに。


「先生!生理用の薬はありますか!」


ガラララと勢いよく保健室の扉を開けると同時に発せられる工の言葉に又々びっくりで白目をむく私と大きな声と音にビクリと肩を揺らし目をぱちくりとさせる保健室の先生。


無理もない、大きな男子生徒に半ば引きずられるように入ってきた女子生徒、そして男子生徒が急を要すると要求したのは女性特有の痛みに関する薬であったのだから。


保健室の先生はそんな私たちに最初こそ驚いたようだったけれど、すぐに市販の鎮痛剤を出してきてくれた。ごくんと暖かい白湯と共に薬を喉に通せば少しホッとしたのかもしれない。


ずっと不安そうに私を見ていた工も落ち着きある私を見てどうやら我に返ったみたいで、、、そんな彼を見るだけでクスっと笑ってしまう。


「工、ありがとう。もう大丈夫だから戻りなね、授業始まるでしょ」


若干ここに居たそうな子犬みたいな目で私を見てきたけど問答無用、もう戻りなさいという気を纏わせて伝えたら分かりましたと観念したみたい。


「、、じゃあ、俺行くんで、名前さん絶対に安静にしてなきゃだめですからね!」


そう言いバタンと大きな音を立てて扉を閉めて出て行った。嵐のようだとはまさにこのこと。


「先生、なんだか急にすみません」
「ふふ、生理痛に必死になってくれるなんて良い彼氏ね、大事にしてあげなさいよ」
「...はい」


非常に恥ずかしい。まさか先生にも真っ向から生理の薬くれ、だなんて女の私だってそのワードを出すのに気恥ずかしさがあるっていうのに。


少し横になって休ませてもらったものの、私は恥ずかしさが邪魔をして休むのもそこそこにして教室を後にしてしまった。


というのも病は気からとはよく言ったものだけれど強ち間違いではないと思ったりもする。薬を飲めた安心感と、1人で抱え込んで苦しんでいた痛みを誰かと共有できたことで私のお腹はすっかり元通りに近い状態なのだ。


「名前、女の子の日だったの?大丈夫?」
「彼氏君、公衆の面前で”生理”とかっていうのもどうかと思うけどさ、いい奴じゃん」
「、、うん」


教室に戻るが否や、近くの席の友人がヒソヒソと耳打ちしてきたことによって先ほどの工の生理発言はやっぱり皆に聞かれていたのだと改めて再認識し耳がボッと赤くなるのが分かる。


何てことしてくれたんだよ工、クラス中の皆に生理日がバレるってどんな羞恥プレイなの。弁明することもできないしどうしたらいいのか分からないよ。頭はごちゃごちゃ混乱状態極まる。


でも、そんな事件の当事者である工の必死で真剣な顔を思い出すとどこか口元が緩んで微笑ましくもなるのだ。


「えー、滅多に照れない名前が照れてるー」
「レアじゃん」
「うっさい、もうこっちはクラスの皆に自分のレディースデー公表されて最悪なんだから」
「のわりにはちょっと嬉しそうなんですけど」
「違うよ、工にはもうあんなこと言わないでって説教してきたの」


まずい、少々ニヤケが過ぎたみたい。だらしない自分の顔が全面に出ていることが容易に想像できた。


分かっている、五色工という男にとって悪気は全くの皆無なのだってことくらい。その純粋で真っすぐな所に惹かれたのは私だし、それに思っていたよりも私は結構重症なのかもしれない…。


しょうがないなあ、


今度お弁当に工の好きなカレイの煮つけでも作っていってあげようか、そんなことを考えながら授業を受けていたのでやっぱりまた締まりのない顔を友人に揶揄されてしまった。


―Even on bad days, I’ll still be happy with you!―
-嫌な日も貴方と一緒ならハッピーでいられる 五色Ver.-


公の場で口にしていいかどうかなんて関係ないんです、五色君はいつも真っすぐで純粋であれ!




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