08.




◇華の友人である三輪さん視点です



「付き合うって具体的にどうしたらいいんだろうね」
「華、ひどく辛気臭いよ。ジメジメしてる。頭からキノコでも生えそうなんだけど」
「だって、もうどうしたらいいか分からないんだもん」


強めの声で発したことに本人が一番驚いたのだろう、びくりと肩を震わせながらどうしていいか分からない発言を教室でぶちまけてしまった友人を前にして、私はもう何度目か分からないため息をついた。


あなたクラスでそんな大声を出して、クラスの皆に丸聞こえだよなんてとてもじゃないけど言えない。まだ入梅前の時期だというのに友人である華の頭上の上だけは一足先に梅雨入りしたらしい。ここのところずっとこんな調子で彼女には晴れ空が覗かない。


何に悩んでいるかはもちろん分かっている。分かるけれど、こればっかりは当人同士の問題だから。力になりたいのは山々だけど私にどうにかできたものではない。そう、華が何を悩んでいるかというと、それは彼氏である4組の東峰君ともっと恋人らしいことをしたいという2人の仲をもっと進展させたいという悩みなのだから。


「だからそれは東峰君に直接言ってみればって何度も言ってるじゃん」
「それができたらこんなに苦労してないもん」


口先を尖がらせて一向にジメジメモードから抜け出せない華は本当に重症だ。なんでも東峰君と華は小学生の時から片思いを拗らせ、中学3年生時に告白をし両想いになったものの、付き合いを始めたのはこの烏野入学と同時という。なんて初心な恋を育んできたんだとツッコミを入れたくなる純純カップルたちなのである。華と友達になってまだ日が浅い頃、彼を紹介されその後根掘り葉掘り聞いた話が余りにも青臭くてびっくりしたのも記憶に新しい。


そりゃ今までがスローペースなんだからいきなりエンジン踏み込んだって急に早く動かないのでは、と客観視した意見が頭上に浮かぶも目の前にこれでもかと悩みに悩んでいる友人を放ってはおけない。休み時間になる度に自分の机に突っ伏してああだこうだと今日も策を考えてる華の傍ら、どうしたもんかと私も頭を抱える毎日だ。


「華、もう一度確認だけど、東峰君とは仲が悪くなったり喧嘩しているわけではないんだよね」
「うん...」
「東峰君に不満は  」
「ない!」


こんな状態になって何日も経つけれど、驚くべきは東峰君の前ではその感情をおくびにも出さない。華とは同じ吹奏楽部に所属しているけれど、毎日部活が終わった後は吹奏楽部より終わりが遅いバレー部の終わりを自主練しながら待って一緒に下校をしているのを知っているし、つい最近はやっと手を繋ぐことができたとの報告を受けている。その報告をしてきた時の華の笑顔ったら太陽よりも眩しい何かなのかと思ったほど、そのくらい嬉しそうに笑って輝いていた。


そう、話を聞くにとても順調なのだ。そりゃ今時の高校生カップルとしては進展ペースが少しばかり、いやかなり遅いのかもしれないけれど。
お互いに気持ちが通っているのは第三者の目から2人の雰囲気をみればひと目で分かるし、冒頭の「付き合うって何だろう」の答えだって自然と出来上がっている今で私の中では充分に及第点である。


それなのにどうしてこんなにも悩むのか。実はその理由も私は分かっている。


「山本君になんか言われたの」
「へっ」


違う意味ではあるけれど、本日二度目となるびくり肩を震わせた華を横目でじとりと見やって私はこれまた何度目か分からないため息をついた。


今私が発した山本君は、我が12HRで華と同じく学級委員を務めているもう一人のその人だ。


野球部に所属する彼とは学級委員でしか接点がないはずだが、接点なんてものは一つあれば十分なのだ。つまり華と山本君は馬が合ってしまったのだろう、学級委員同士で話す2人は急速に仲良くなっていっている。そして現在進行形だ。


勿論、華は山本君に対し特別な感情を持っているとは聞いていない。華が山本君に抱く気持ちは同じ委員を務める仲間同士の意と同じ。たしかに私もそうなのだとは思う。だが今までゆっくりゆっくりと彼氏との仲を友情関係から進めてきた華にとって、そのスピードは余りにも早すぎたのだ。


同じクラスに居る分、会話の機会はいくらでもあるし学級委員として放課後も一緒に行動する機会が多い中で急速に縮まった異性との距離。それに戸惑ってしまっているのは明白で。数日前「もっと旭と仲良くなりたい」「恋人がするようなことを、旭ともっともっとしたい」切羽詰まったように弱音をぶつけてきた華の気持ちが分かって私はきゅうと心がつままれたように苦しくなった。


「...まあ、華と東峰くんとのペースってのがあるんだからさ、」
「うん」
「急がなくてもいいんじゃない」
「そうだよね、分かってる」


ごめんね華。私もあんまり気の利いたアドバイスが言えそうもないよ。ずっと思い続けて進んできた思いも、急にふと湧いた思いも、どっちも華の心なんだ。天秤にかけるのは間違いな気がすると思うんだよ。


授業の合間の休み10分間では良い解決方法はやはり浮かばず、苦い顔をしながら発した華の声にはいつもの花のある顔はなくて。


早く華の顔を笑顔にしてあげてよと2つ離れた教室へ念を送るくらいしか私にはできそうもない。


ーそこにあったもの、いまここにあるものー
スピード




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