07.




新しい制服に新しい鞄、それから靴、何もかもがピカピカで新品揃いに包まれながら横を見る。隣にはやっぱりこちらもピカピカに包まれた華が歩いていて口元が弧を描く。無事、烏野高校へと入学できた俺たちは晴れて付き合うことになった。


「旭は4組かあ、私は2組」
「しかたないべ、中学の時よりもクラス数多いもんな」
「うん、」


残念ながらクラスは同じになることはできなかったが、西光台中から烏野に入った奴は決して多くはない。その内の2人なのだというだけで何だか特別に感じることができたしこれから始まる高校生活に胸が躍った。


華はクラスでさっそく三輪さんという友達を作ったらしく、初日のホームルームが終わった後廊下で待つ俺に紹介をしてくれた。彼氏だと紹介されることは酷く照れくさいものだが同時に周りからも認めてもらえるような気がして誇らしい気持ちにもなる。


「もう彼氏いるとか聞いてないよー」


そう不満を溢す華の友人を前にして何度も頭を掻いた。


はじめのうちはオリエンテーリングと称したさわりの説明をする授業が多く未知数な高校生活ではあったが、それから暫らくすると部活動の仮入部が始まっていよいよ本格的な学校生活がきたなという実感が湧いてくる。


俺の部活は入学前から決まっている。もちろんバレーだ。あれよあれよという間に本入部の時期がやってきた頃、何と言っても一番驚いたのは華が吹奏楽部に入ると言い出したことだ。


仮入部はバレーに行っていたし中学からバレーをやっていた華だから当然バレー部に入るものだとばかり思っていたのだ。華曰く入学式の時の新入生入退場の際の演奏にノックアウトされたのだそうだ。悩んだ末気になっていた吹奏楽部に決めたことを教えてくれた。俺は新たなことに挑戦したいという華の気持ちを素直に応援したいと思う。とにかく昨日には無かったものが今日には起きて、全てが目まぐるしく動き新しく感じると思った。


「せっ西光台中出身、東峰旭です。レフトでした。よろしくお願いしゃふすふッス」


華に付き合ってもらい練習をしたバレー部入部時の自己紹介。案の定噛んだことによって虚しく散った。だが中学時代の俺のことを知る先輩も居てくれたことに少し胸が熱くなる。


「な、長虫中出身 菅原孝支です!セッターやっていました。よろしくしくお願いします!」
「泉館中学校出身 澤村大地です!!レフトでした!烏野が全国行った試合を見てから烏野に来るって決めてました!よろしくお願いします!!」


俺と一緒に入部をしたのは澤村大地と菅原孝支の2人だ。やはり澤村と菅原も烏野が全国に行った経歴を知ってこその入部だったからこれからこのチームメイトの皆とバレーができるのだと思うと嬉しくて仕方がない。


「なあなあ、大地と旭て彼女とかいたりするの」


数日の部活ですぐに打ち解けた俺たち。そうなると思春期真っただ中の男子高校生が考える思考回路は同じで。スガからの質問についに聞かれてしまったと肩が逆立つ。


「いないな、」
「俺は、、いるよ、」
「「!?」」


初っ端の挨拶が噛み噛みだっただけに部内での俺の印象はへなちょこで既に通ってしまっている。高校は漢らしく行きたいと思っていたのに手遅れに近い。そんな俺が彼女がいると言ったのだから2人が驚くのも無理ないよなと思う。


「旭に彼女って聞いてないんだけど」
「ああ、全然そんな感じがしないしな。寧ろ初対面は女子が苦手そうな雰囲気あるし」
「お前ら言いすぎだろ」
「で、で、どんな子なんだよ」


発覚してしまった俺の彼女持ち発言に大地とスガから身包み全部剥がされる質問攻めに合い場が盛り上がったところ田代さんに叱られた。


「せっかくだからその鈴木さん、明日見に行ってもいい?」
「ばっ、ダメだよ、人の彼女を見世物みたいにするな」
「旭が珍しく怒ったー。彼女への愛ある発言だべ」
「その漢気がもっとプレーにも欲しいよな」


結局部活の間中その話題の収拾が付かず着替え途中の部室でもまた話がはじまった。最終的に彼女がいるとしれた当日、一緒に帰る約束をしていた華と鉢合わせ2人は面識を持つことになるのであった。





「あーさひ、帰ろ」
「鈴木さんお疲れ。でも毎日遅くまで女の子1人で待っているの危ないからさ、今度から待つなら体育館で待ってなよ」


今日もいつも通り校門で待って声を掛けてくれた華に返事をしかけたところ、それらが声になる前にスガに遮られてしまい少しムッとした。


「菅原くんありがとう。でも私がいると誰かさんのお邪魔になりそうだから」
「はは、違いない。旭、鈴木さんはよくできた彼女さんだな」
「え、もしかして俺が緊張するから邪魔になるって意味か?華、それはひどいよ」


スガが言ったような台詞って本当は俺が言うべきだよなあ。本当は俺もそう思っていたと言いたいところだがそんなこと余計に格好がつかなくて言えやしない。難しいよな、声に出して相手に伝えるのって。俺はふうと一つ呼吸をすると3人の会話の輪へと再び戻る。


大地とスガに揶揄われるのも最近の日常の一つだ。華は昔から交友関係に関してはラフな方で誰ともすぐに仲良くなれる。俺としてはこんなふうにチームメイトとも気さくに接してくれる華を有難く思う。もちろん大地とスガにも感謝している。


「っ...」
「ご、ごめん」
「うん」


大地とスガと別れて一緒に歩く帰り道、先ほどから2人の間の手が何回も触れ合ってはこうして互いに謝罪し合う。もう何回目だろう。歩くたびに揺れる手が何か物足りないとでも言うように手がわずかに触れてしまうのだ。


本当は華と手を繋ぎたいんだけどな、傍から見れば本当にあと少しなのだろう。そのくらい隙間なく歩いているはずなのに今日も手を繋げないままで終わりそうだ。


そんな時ちょうど前から来たカップルとすれ違う。20代半ばくらいだろうか。辺りが暗いのをいいことに互いの腰に手を回しながら密着して歩いている。隣を歩く華もきっと気になって見たに違いない。


歩きにくくないのかとも思ったが、その密着度たるや先ほどまでの手を繋げないで悩んでいる己自身が妙に滑稽に思えたのだ。なんだ手を繋ぐことくらい。


すっ


何回かするりするりと華の手に触れてぎゅっとその手を掴んでみた。


華は「あっ...」と声を上げたけれど謝罪の言葉は聞こえない。代わりにぎゅううと圧力が俺の手に加わってー


初めて繋いだ手からはじんわり暖かくて愛しさがぐんと込み上がってくる。


街灯が照らす二人の影は真っすぐ伸びている。これから先の高校生活もこうやって順調に続いていくものだとそう思っていた。


ーそこにあったもの、いまここにあるものー
日進月歩




back


main
top