06.




未だにあの時のことを何度も思い出すし毎日脳内再生されているといっても過言ではない。冬休みの年の瀬、俺と華さんは思いを通わせ両想いになった。


だがしかし、めでたく好き同士になれたと言っても俺達には大事な受験がある。


本当は学校や塾という限られた場所以外でも華さんと一緒に居たいと思ったし、もっと彼女のことを知りたいと思った。当たり前だ好きな人なんだから。


華さんも少しはそんな風に俺のことを思ってくれていたらいいな、なんて少し期待をしながら浮ついた心のまま歩いていたこれまた塾の帰り道、突然隣を歩く華さんに肘で脇を小突かれて「うえっ」と変な声が出た。


「旭、最近へらへらしてばっか」
「えっ、そんなことないよ」
「態度に出ていないとでも思ってるの?出過ぎだよ」
「そうかな......」


華さんの指摘に最近少し生えてきた髭のあたりをぽりぽりと掻きながら華さんの方を見る。年を明けて華さんは俺のことを名前で、しかも呼び捨てで呼んでくれるようになった。


あだ名でもなく俺の名前を呼んでくれる華さんってだけで気分が高揚するのが分かる。仕方ないじゃないか、もう少しこの幸せな気分を俺は謳歌したい。改めてそう思った矢先、華さんの口からでた言葉に足取りが止まってしまった。


「それでね、考えたんだけど、、、私たちさ、受験に合格したら付き合うってのはどうかな」
「え、」
「本当はね、旭ともっと遊びたいし一緒に居たいなって思ってるの。でも今私たちに大事なのって受験でしょ?実は私も旭と一緒に烏野高校を受けようと思っていて。」


長々と一度に全部華さんは言い切った。華さんが烏野高校?彼女は俺なんかよりずっと頭がいい。確かちらりと見えた模試の志望校も別の高校の名前が書かれていた気がする。


「華さん志望校変えていいの?」
「旭と一緒の学校で高校生になりたいからさ、もう決めたの」


俺がふわふわとしていた間、華さんはこんなにも色々考えていたのだろうか、はたまた考えさせてしまっていたのだろうか。それを思うと少し胸が苦しくなる気がした。それに華さんの言うことは正論だ。このままの浮かれた気持ちのままでは勉強にも精がでない。


「そうだな、華さんの言うとおりだ、今は頑張って合格を目指そうか」
「うん、一緒に頑張ろ」





こうして一緒の志望校を目指すことになった俺たちだったが、その数週間後に華さんはサラリと推薦入試を決めてこれまた俺を驚かせてみせた。内向点も高く勉強もそこそこできるとなれば推薦でいけるのだ。


今まで塾で勉強していた意味はあったのかと言いたいところだが「これで夢に一歩近づいたね」と合格通知を俺の目の前に突き付けた華さんはとても輝いていてなんだか見惚れた。


華さんの言う夢というのが何を言わんとしているのかが分かったから、俺も頑張らないとな、


「なあ、東峰たちってまだ付き合ってないって本当なのか?」
「だからそういうことをいきなり大声で言うのやめろよ、」
「だってさ、せっかく恋のキューピッドした俺のこと考えてみろよ、じれったいにも程があんだろ、なんなんだよお前ら」
「お、俺たちのやり方ってのがあるんだからいーだろ」
「ほお、東峰くんも言うようになりましたな、、って噂をすれば彼女のお出ましですね」
「まだ彼女じゃないって」


金田が言うように2つ離れた教室から華さんがとことこと少し急ぎ早に歩いてくるのが視界に入った。華さんが近づくと「じゃあな」と俺の肩を軽く叩きカラカラと笑いながら金田は教室へと入っていく。まだ正式に付き合いを始めていない俺たちに金田はどうやらヤキモキしているらしい。こうして顔を合わせては俺に進捗を聞いて揶揄してくる。


「旭、ちょうどよかった」
「どうしたの」
「明後日受験でしょ、だからはい、これ」


そう言って渡されたものを受け取って見てみるとそれはフェルトで作られた小さな赤いお守りだった。”合格祈願”と刺繍がされている文字をよく見ると所々歪になっている箇所があって、もしやこれはと思わずにはいられない。


「華さん、こ、これもしかして手作り?」
「そうだよ、たっくさん私の念を込めたから!」
「嬉しいよ、ありがとう」
「へへっ、これくらいしかできないけど、応援してる」


周りからの余計な心配も全然気にならない。付き合えていなくたってこんなにも俺は幸せだから。


しいて言うなら華さんは自分のことも呼び捨てにしていいと言ってくれたけれど、なんだかまだむず痒くてさん付けが続いていることだろうか。烏野へ合格して華さんのことを呼び捨てで呼ぼう。付き合う目標と併せて密かな目標も立てた。あとは最善を尽くすのみだ。






ジリリリと起床を促すアラーム音で心臓が口から出るかと思った。正確にはよく寝付けていない。何を隠そう今日はいよいよ迎えた合格発表当日で、


人生を左右する1日になるんじゃないかって思ったら俺は気が気でなくなり昨晩から少し目を瞑っては開けてを繰り返していた。だからこそ鳴ると分かっていてもこのアラーム音は心臓に悪い。


母さんが用意してくれた朝食も喉をただ通り抜けるばかりで味はなく、一緒に付き添ってくれるという華さんとの待ち合わせ場所に着く頃には俺はすっかりげっそりしていた。


「んもう、しっかりしなさい」


何も言わず着いてきてきれた華さんだったけれど、流石にいつまでもうじうじしている俺に居てもたってもいられなくなったのだろう。烏野の門をくぐったと同時にバシンと背中を叩かれた。


発表の時間はぴったり正午だ。早く発表時間になれと思う反面なってほしくないなとも思う。だって受かるか落ちるかの二択だなんてこんなの辛すぎるだろ。


そんな中、丸められた大きな発表用紙を持った人がやってきた。いよいよだ。自然と拳に力が入りぐちゃりと受験票が皺くちゃになる。


用意されていたボードに発表用紙が張り出されていく。張ってゆく途中でも番号はみえるものだから、わあっという声があちらこちらから上がる。頼む、俺の番号よあってくれ。


「あ」


あった。


華さんの声が隣で聞こえたのと同時に俺もお目当ての数字を目にすることができて息を飲む。


それは紛れもなく自分の受験番号の印字で、言葉にならない何かがぐわあっと身体の内側から込み上げてくるものがあった。


隣に立つ華さんも感極まった表情で口元をふるふると震わせてこちらを見上げてくれている。ありがとうな、本当に。


そうだ。今できる俺の精一杯の感謝を華さんへ贈ろう。


「改めてよろしくな、華」
「こちらこそ」


華の満面の笑みが咲いた。


ーそこにあったもの、いまここにあるものー
効果は絶大




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