03.




季節はめぐり中学生3年生。俺の中学校生活を振り返ると、うん、まあまあだったように思う。


中学と同時にバレーボール部に入部した俺は、一応レフトのアタッカーポジションで試合に出ることができた。県まではあと一歩のところで及ばずだったが、それなりに充実した部活だったと思っている。


当初、運動はしたいが相手とあまり接触するのは避けたいが為に、ネットを挟んでプレーができるバレーを選んだというのに、俺はいつの間にかのめり込んでいた。


すぅっと弧を描くように上がるボールを力いっぱいボールを床に打ち付ける快感はたまらない。


バレーに出会うまではサッカーや野球やドッジで遊んでばかりいたが、今ではすっかりバレーの虜だ。そして、高校生になってもバレーをやりたいと、そう思っている。


そして華さんもバレーボール部に入部していた。小学校の最後のほうはあまり外で遊ばなくなっていたから運動部には入らないと思っていたのに、体験入部の時に鉢合わせた時は本当に驚いたものだ。


ときたま練習をしていて、ふとした時に隣のコートで女バレが練習しているのが視界に入ることがあった。


ダンッ―


振り下ろされる腕と綺麗なフォーム、それから着地。俺と同じくチームのエースとして活躍していた華さんのスパイクは思わず見蕩れる程のものだった。


昔から何かと俺と一緒のことを張り合ってやってきた華さん、そのパワフルさは未だ健在だ。


「こら、マネッチ!余所見してると、部長に怒られるよ!」


スパイクを打ち終わった華さんが俺に言う。


「うああっ、ご、ごめん、つつい」
「ふふっ、どーしてプレーしてる時は高校生並のパワフルスパイクなのに、突然縮こまっちゃうのよ」


小学生の時だったら軽く言い返せていたのに、中学生になってからというもの3年間のうちに俺のメンタルはめっぽう弱くなっていた。


成長期ってやつなのか、それとも思春期ってやつなのか、思春期が大人になる為の準備期間だと言うのなら、臆病な性格こそが俺の本当の人格だったというのだろうか。


だのにそれとは裏腹に背は伸び、顔もぐっと大人に近づいたと思う。そういえば声変わりもしたなあ。華さんも言っていたように初対面だと高校生に間違われることが多くなった。


なんて、机に座り頬杖をつきながらついついと思い出に独りごちてしまうのだが、部活も引退をした今、放課後通う塾の授業中である。


もともと勉強は得意ではないし、塾だって入る気はなかった。


そんな中誘ってくれたのは友達の金田だ。金田とは小学校からの付き合いで中学では剣道部と一緒ではなかったが何かとつるんで仲良くしてきたやつだ。


「東峰、志望校どこ希望なわけ?」
「俺は烏野を目指そうと思ってる・・・」
「あー、烏野ならマネッチの学力でなんとかってところか?ああ!それにあそこバレー強いんだっけ」
「昔はな、、。今は県内だと白鳥沢とか青葉城西とかだと思う。でも俺の頭じゃなあ、無理だから」
「なるほど、でも確実に烏野に行ける頭はつけておかないとだろ」
「うっ…」


まずは体験だけでも行こうぜと言う金田に渋々承知してきてみた近所の谷塾、そこにはこれまた偶然が過ぎる気がするのだが華さんがいた。なんでも友達の智代さんと一緒に入ったのだそうだ。


入ってみると、塾の授業というものはこんなにも分かり易いものだったのかと気づかされた。谷塾はアットホームな雰囲気で他中の生徒ともすぐに打ち解け居心地の良い空間だった。







「じゃあ、明日の10時に全員谷塾前集合なー」


模擬テストを終えたばかりのとある夏休みの1日、息抜きとしてバーベキューを開催しようという話が塾内で出た。



近所を流れる川の河川敷へは塾からも自転車で20分程、元々少人数制ではあるが20人ほどいるクラスの殆どが集まった。


塾講の先生が音頭をとり、家にあるバーベキューセットやら、食材まで準備をしてくれた。塾では社会を担当していて、気さくな人柄は頼りになる兄貴分という感じで生徒達にも人気だ。


ジュウジュウと焼ける肉の匂い、その側を流れる川のにおい、ギラギラと降り注ぐ太陽が本格的な夏を知らせてくれる。


ひとしきり、腹を満たし火の周りに集まっていた人溜まりが徐々にバラけそれぞれ思い思いの場所で楽しんでいる。


と、川へ視線を移すと華さんの後ろ姿があった。あと一歩踏み込めばもう水に浸かるだろう、そんな川の縁で流れる川をじっと見つめている。


何故か川と華さんというその2つが小学校の頃の沢登りの光景をフラッシュバックさせた。


それを見ていた俺の足も何故か自然と歩みを川へと進めていて


ジャリジャリという石を進む足音に気づいた華さんが首をぐるりと90度捻ってこちらを向いた。


「おー、マネッチ」
「華さん、こんなとこで何してるの」
「んー、なんか川の流れ見て黄昏てた...ほら、ちょっと思い出すじゃん、林間学校」
「こわい?川、、」
「あ、そんなんじゃないよ。たしかに足滑らせた時は死ぬかと思ったけど、沢登りの思い出は楽しかったで残ってる」
「そっか、よかった。トラウマになってるのかなって、、」
「マネッチのおかげだけどね」
「え、」
「楽しい思い出になれたのは、あの時のマネッチのおかげ」



突然の華さんからの発言に身体中がぞわりと唸る。そんなふうに思っていてくれたのか、ホッとしたような安堵感?いや、なんだか凄く嬉しいかもしれない。


あの林間学校を境に俺は少し避けられているのかもしれないと感じていた。だが、そうではなかったということなのだろうか。


俺もあの時から華さんには何かを感じていて、、、。


突然湧いた嬉しいという高揚感は益々高鳴っていく。もっと、もっと近づきたい。


そんな気持ちから脈略のない言葉を発していたのは数秒後。


「華さん、あのさ、俺のことあだ名じゃなくて名前で呼んでくれないかな?」


本当に脈略がなかったのだと我にかえったのは華さんの顔がぽかんと鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見たときだ。


俺自身も何を言ってしまったのだろうと言う思いでいっぱいだ。中3にもなって今でもマネッチなんてあだ名で呼んでくれるのは華さんくらいで嬉しいのもある。


でも、


でも、なんとなく、華さんにはちゃんと名前で呼んでもらいたいって思ったんだよ。


「あの、……マネッチはマネッチだから…」


向かいで華さんの手に握られているコップ、注いである中身のコーラらしき液体がぐらぐら揺れる。


顔が真っ赤でボソボソと口を尖らせながらつぶやく華さんがなんだか可愛くて。


「あ、、ごめん! む、無理にとは言ってないから。マネッチ呼びしてる人も華さんだけだし、特別感あるし!」
「そうだよ、、マネッチは私が旭くんに付けた大事なあだ名だから!」


今度は俺が不意打ちをくらう番だ。今、彼女の口は旭くんと、そう言ってくれたのではないか。


「ごめん、ほんと気にしないでいいから。ほ、ほほら、そろそろ片付けするっぽいし...戻ろう」


何やってんだ、こんな時にも俺は噛んでばかりできちんと喋れない。


「うん、そだね...」
「どうした、どうした、華さんと何があったんだー?」
「別に何もないよ、、」
「んなこたねーだろ、華さん顔真っ赤だし、東峰も茹蛸並みだぜ」


川縁から戻ると待ってましたとばかりに俺の元へ寄ってきて金田が言う。確かに顔が真っ赤で他の人が見たら何かあったのだろうというのは明白なんだと思う。


でも教えたくない。片付けをするのかと思いきや、まだ肉を焼こうとしている集団に戻ろうとしている華さんは智代さんにさっきの出来事を話すのだろうか。


俺は言いたくないな、誰にも。


名前で呼んで欲しいだなんて思い上がって言ってしまったことは恥かしいし、さっさと水に流してしまいたいけれど、川の水には全てを聞いていてことを証明して欲しかったりもする。


そうだ。認めてしまえば気持ちはストンと綺麗な着地をした。


そうそうと流れる水の音をかすかに聞きながら、はっきりと分かったことがある。


俺は、華さんが好きなんだ。


ーそこにあったもの、いまここにあるものー
水の音




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