02.
俺と華は幼稚園からの知り合いだ。
それって俗に言う幼馴染だろ、と周りは言うのだが、俺にとっては幼馴染までとはいかないんじゃないかと思っている。
だって、幼馴染って互いの親が仲が良くて家がお向かいさんってくらい近くて家を行き来しても何の問題もないような関係ってことを指すんだよな?
でも俺と華はそんなんじゃなくって、親同士が仲が良いわけでもないし、家も線路を跨いだ向こう側で離れているし、ただのクラスメイトで友達と言ったほうが枠に入る気がすると思う。
初めて華の印象なんてもう覚えていない。後から聞いた話、華は幼稚園の旭はいつも広告紙で剣を作っていた人という認識だったと言っていたが、俺は華が幼稚園で何をしていたかなんて覚えていない。
クラスでも話さなかったと思うし、ただそこに存在していたクラスメイトの1人だった。
それが変わったのが小学校4年生の時だ。
ああ、これはよく覚えている。給食で一緒に食べる班でたまたま話が盛り上がりその中に華もいた。給食の時間だけだは飽き足らず、昼休みも一緒に遊んだのがきっかけで俺と華は良く遊ぶ友達になった。
「東峰くん、あずまねくんって呼ぶの長いからアズマネッチって呼んでもいいかなあ?」
「え、それ文字数変わってないけどいいの?」
「うん!そのほうが呼びやすいから。ああ!マネッチでもいいね!」
「ななんだよ、それ!」
よく分からないあだ名をつけられて以降、俺はずっとマネッチだった。何故か華につられて他のクラスメイト達までもがマネッチと呼ぶようにもなった。それに対して俺はさん付けの“華さん”と呼んだ。小学生の華はとにかくいつも笑っていたし、男子と平気で遊ぶとにかくパワフルな子だった。
大抵遊ぼう!と声をかけてくれるのは華さんで、手をひっぱってグラウンドに連れ出してくれるのも華さんだった。
俺はどちらかというと内気な性格だったけど、グラウンドに出るようになってからは、背の高さと割とこなせた運動が功を奏し、他のクラスメイトたちのサッカーに混ぜてもらえるようになった。もちろんその中には男勝りな華さんも居て、毎日駆け回る昼休みのグラウンドが大好きになった。
それから華さんとはよく喧嘩もした。ある時、体育の授業でドッヂボールをした時のこと、俺は華さんの所に飛んできた強いボールを回避させるために変わりにボールを受け止めてあげた。
そうしたら、華さんは俺を睨んでこう言ったのだった。
「そーゆーことしないで!私だってマネッチみたいにできるんだから」
「だって華さんは一応女子だろ」
「一応ってなにさ、」
「女子を守らなきゃだろ。俺がせっかくあてられないように取ってあげたのに」
「そんなこと頼んでない!」
華さんはとにかく俺によく張り合ってきた。「マネッチは私のライバルだかんね!」口癖のように言うそれもいつしか心地よかった。
だが、そんな負けず嫌いの華さんも心が折れた時があった。一緒のグループで行った林間学校の沢登りの時、俺の前を進んでいた華さんが突然足を滑らせて俺へめがけて落ちてきたのだ。
当時は小学生。今よりも体格ががっちりしていたわけではない俺は支えきれず、一緒に派手に転ぶ羽目になった。
転んだ拍子に負った傷はどうやら俺よりも華さんのほうがひどかったらしい。「先生、痛いよう」中野先生が助けに来てくれた瞬間、華さんはそれまでこらえて溜めていた涙を一気に決壊させて泣きに泣いた。
「せんせえ、うわーん、痛いよう。怖かったよう」
それが、俺が見た中で初めてみた華さんの涙だった。
結局少しかすり傷を負い、遅れをとってしまった俺たちは結局グループの皆とは一緒に進めず、引率の中野先生含め3人で登ることになった。
その時の華さんの顔を今でも忘れられない。きっと傷口が川の水で染みて痛いかったんだと思う。それでも、歯を食いしばって懸命に先生の手に捕まりながら前へと進む華さんは本当にカッコよかった。
登り終えたときはどちらかともなくハイタッチをした。あの時の達成感を超えるものなんてないんじゃないか。とにかく最後まで一緒に沢を登りきった俺たちは戦友同士と言ってもよかった。
だが、戦友同士なのだと思えたのもほんの束の間。
俺には知らない別の感情も流れ込んできた。
だって華さんが達成感に満ち心底満面の笑みを俺に向けながらこう言ってくれたから。
「マネッチ、一緒に登ってくれてありがと。わたし、すっごく、すっごく、うれしかった。楽しかったよ。マネッチ大好き!」
俺はそっぽを向いて「おう…」くらいしか言えなかったと記憶している。とにかくあの瞬間、小学校4年生の華さんは俺の小さな二つの瞳に天使のように映ったのだ。
◇
俺と華さんとの交友は5年生になっても6年生になっても続いた。マネッチ、華さんという呼び方も相変わらず変わらない。
でもあの林間学校の沢登りの後から少し変わったことがある。それは、華さんが女子の友達とも多く遊ぶようになったことだ。
何でなのかは分からない。でも、毎日のように遊んでいた日々が少しずつ減っていくようになってしまった。
授業の間の休み時間になると華さんは女子の4人くらいのグループの輪に入ってゆき、家から持ってきたビーズやらシールを見せ合いっこしていた。
何が楽しいんだろう…。それを思って一度聞いてみたことがある。
「華さんも他の女子みたいにビーズとか持ってるんだね」
「そうだよ〜、あ!これマネッチいる?キラキラが変わって可愛いでしょ」
「んー、俺はよく分かんないからいいや、」
「マネッチは男子だもんねえ、分かんないよねえ、」
なんだよ、ちょっと前までは俺が女子だからとか言うとムキになって張り合ってきたくせに、今度はホンモノの女子見たいなのが楽しいってことなのか。
とにかく高学年になってから華さんは段々と変わっていった。そしてそれは俺にも言えることで…
「おー、マネッチ〜、放課後俺ん家でゲームしようぜ」
「おう、いいよ」
放課後は専ら友達の家でゲームをしたり、外で遊べるときは学校や公園で野球やらサッカー漬けの日々になった。その中に華さんはもういなかった。
◇
そうして季節は冬。
俺たちは小学校で最後の冬を迎えていた。下校時間にもなるとまだ4時だというのに、空が薄暗い。授業後の帰りの会が終わり、俺はいつものメンバーと教室を出て連なって歩いていた。6年生の教室は校舎の一番上の4階だ。1年生の時は一段一段高くて登り辛いと思っていた階段も今はなんてこともない。
昇降口まであと3メートルとなった時、後ろから「マネッチ!」と声が聞こえた。
「華さん?」
来た道を振り返ってみると、そこには少し息を切らしてハアハアと呼吸を整えている華さんがいた。4階から階段を一気に駆け下りてきたのだろうか。
「マネッチ、はあ、はあ、ちょっと、いいかな」
「何かあったの?」
「おーマネッチ俺ら先に行ってるぞ」
「おう、すまん」
一緒に帰る予定だったクラスメイトたちにそう詫びると俺は華さんの元へと歩みを戻す。
「急に、よ、呼び止めてごめん」
「別にいいよ。どうしたの」
「あ、あ、あのね、私」
いつもの華さんと違う。何となくだけれど、どぎまぎしているような…
「これ、あの、よかったら食べて」
「えっ」
華さんの少し震える手から渡されたのは、星の模様がちりばめられた可愛らしいピンクのラッピングの袋だった。
「うひょー、マネッチ、鈴木さんにチョコもらってやんのー」
「なっ。おまえら帰ったんじゃなかったのか」
先に帰ったはずのクラスメイトの大きな声で緊張していたはずの空間がわあっと活気づいた。
ん、今あいつらチョコって言ったよな。そういえばと頭の中で今日が何日なのかと追っかけてみる。
そうすると、なるほど、なるほど、今日は2月14日バレンタインデーだったのか!だから華さんチョコをくれたのか、、、!え。チョコ?どうして俺に?
頭に沸いた疑問をそのまま目の前に居る華さんに向けてみると、やっぱりまだ緊張しいの姿勢が崩れていなくて。なんだか俺まで照れるではないか。
「華さん、これ、俺に?」
「うん、まずいかもしれないけど」
「ありがとう」
またしてもフイとそっぽを向きながらでしか言葉を発せなかった。だって、こんなときどうしたら良いのか分からなかったから。
考えたらこれがはじめて女子からもらったチョコだった。
この年を皮切りに、華さん、華は毎年のように俺にチョコをくれるようになった。
もちろん、学校で渡してくれたのは小学校6年生きりだ。後から聞くに、からかわれたのがひどく嫌だったのだそうだ。
女子と男子。女と男。当時はその違いも気にしたくなかった、気にも留めなかった。だけれどそんな風に少しずつ俺たちは女子と男子になっていった。
家に帰って俺はもらったチョコをこっそり自分の部屋で食べてみた。
ほろ苦さはまるでない。
甘い味が口いっぱいに広がった。
ーそこにあったもの、いまここにあるものー
思い出は淡い
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