01.




「ごめん。嫌いになったわけじゃないんだけど、彼氏彼女の関係をやめたい…」


高校一年生。季節は初夏を迎えようとしている7月。今年は梅雨が早めに過ぎ去り、待っていましたとばかりに顔を出す太陽がギラギラと連日輝いている。


夜はアスファルトの暑さはまだ残るけれど少し涼しい風がちょうどいい。


今日も、今日とて遅くまであった部活を終えて帰宅する道中。ここまではいつもと変わらない。だが一つだけ違ったのは彼女が冒頭の言葉を放ったこと。


「じゃあ、また明日」と、本来ならばそうやって挨拶を交わして明日のために別れる場所であるはずの狭いT字路の突き当たりで、ぽつりと自分の下から零れ落ちた言葉に俺はどんな反応をしたのだろう。


普通の人であれば驚いて「なんでだよ」「どういうことか説明して」と言わなければならないシチュエーションなのだろう、俺も自分の口からその言葉がすんなりと発せられたらどんなに良かったか。けれど、それはできなかった。


だって、どうして華がそんなことを言うのかが俺には分かったから。


これまで伊達に華と付き合ってきたわけではない。ああ、世間の恋人同士としての付き合いというものからしてみたら俺たちはたったの3ヶ月だ。だがそういうのではないのだ。もしかしたら、華との付き合いは恋人同士になってからよりもそれ以前のほうが深かったのかもしれない。


俺はたった今彼女である華に振られているのというのに、何も言い返せずそんなことを考えている。


そんな俺に流石に華も痺れを切らしたようだ。うつむき下を向いていた頭がおずおずと俺のほうへ向けられる。


「あ、旭、あの…」
「うん、ごめん」
「わ、私のほうこそ、、ごめん。悪いのは全部私なの。旭を裏切るようなことをしたのは私だから…」
「いいんだよ。むしろ言ってくれてありがとうって言いたいくらい」


必死な形相で自分に非があるのだと言ってくれる華をそっと見下ろす。手を伸ばせばすぐにでも触れられる距離だった。そういえば華は頭をぽんぽん触られるとよく笑ってくれたんだった。


自分の心は頼んでもいないのに楽しかった思い出を引っ張り出してくれる。脳内補正能力?いや、違うな、軽い現実逃避みたいなもんなんだろうな。


ごめんな、華。


言ってくれる言葉も、気持ちも、遠くのほうで言われているみたいで今は何も入ってこないんだ。


「それでね、こんなこと言ったら更に嫌われちゃうのかもしれないんだけれど―


華の言葉が続く―


「さっきも言ったけど、私は旭のこと嫌いになったわけじゃないの。だから、もしよければいままでどおりお友達としての関係で居られたらなって思っているんだけど」
「ありがとう。でも俺の好きは、華の言う嫌いになったわけじゃない好きってのとは違う好きなんだ」
「・・・っ」
「いつまでも引きずるような男なんてかっこ悪いだろ。ほら、いつもへなちょこ言われてばっかりだからさ」
「そんなこと…」
「きちんとお別れしようか」
「え。わたし、これで、さ、さいごだなんて、、、ただ恋人関係を辞めようと、」


もちろん俺だって嫌だ。別れる。それは今まで積み重ねてきたものを全て失うということ。


けれどもここでうやむやにしたら、今までの弱いままの俺みたいで、変わらないのが俺ばっかりで嫌だったから。そう、これは報いなんだな、今まで散々華にリードさせて自分からは何もしてこなかったから。


「次会うときは、華も驚くくらいの男らしい人になれていたらと思ってる、ははは」


相変わらず頭と言葉と身体が全くリンクしていないのだが、最後くらいはきちんとできたのだろうか。


「じゃあ、また」
「うん、旭。また」


こうして二人は別の方を向いて歩いてゆく。


とにかく今日は俺にとって、人生最大そして最初の失恋日だった。

ーそこにあったもの、いまここにあるものー
ごめんね、




back


main
top