dear my love




※時系列的には 05.〜06.間のお話になります

◇華視点

好きになった時点でとっくに彼のことは名前呼びに変わっていた。但し心の中では、だけれど。


一度自分であだ名を付けた手前、急に変えてしまうのはいかがなものだろうか。それにマネッチというあだ名が嫌なわけではない。


あだ名を付けた小学校の時は思いの外クラスでその呼び名は浸透して嬉しかったし、中学に入って呼ぶ人は殆ど居なくなったけれど、今度は私だけが使える特別を許されているようでそこが嬉しくもある。


でも、でも、やっぱり名前で呼びたい。いくらあだ名が特別と言ったって好きな人の名前を声に出して言いたい。そして図々しいかもしれないけれどあわよくば呼び捨てしたいとも思う。


きっかけを探していたというのに夏のバーベキューの時は、旭が名前で呼んで欲しいなどと言い出すものだから私の考えていたことがバレてしまったのではないかとひどく驚いたことを思い出す。


とにもかくにもあの時は驚き過ぎてマネッチのままでいいという捻くれた返事しかできなかった。


名前呼びについてあれやこれや考えを巡らせたところで、さてあと何分だろうかと手袋をはめた手でコートの袖口を少しだけ捲りデジタル時計の数字を確認する。


現在の時刻は23時56分。ふうと深呼吸しながらあと4分だなと自分に言い聞かせる。数分後、迎える明日は旭の誕生日であり新年の始まりでもあるのだ。


中学生の分際で立派な誕生日プレゼントが用意できるわけもなく、手作りのクッキーを焼いて渡す予定だけれど喜んでくれるだろうか。


この日に向けてお母さんに手伝ってもらいながら何回か特訓をした。味見もきちんとしたから美味しいはず、、。ラッピングをした袋を紙袋に入れてそわそわしながら旭を待つ。


新年の挨拶をしたいから日付が変わったら少しだけ家から出てこれないかとお願いをしたところ、旭は快く承諾してくれた。待ち合わせはお互いの家へと別れる狭いT字路の突き当たり。まだ此処へ着いてそんなに長くは経っていないはずだけれど流石に寒い。時刻の確認も秒単位に繰り返してしまう。


まだかなあ、もう一度時計を見ようとしたところ黒い影がこちらに動いてくるのが見えて今まであんなに見ていた時計への関心はぱっと消えた。


「ごめん、華さん待った?親に理由つけるのに手こずった」

「んーん大丈夫、こっちこそごめん急に呼び出して。明けましておめでとうだね、マネッチ」

「おめでとう。今年もよろしく」


年明けすぐに好きな人に会えるって素晴らしい。そして今日はその好きな人の誕生日というダブルにおめでたい。これは良い年になるぞ、そうに違いない。


「あのね、これ。お誕生日おめでとう」


持っていた紙袋をここぞとばかり手渡すと、予想以上に驚かれたのにびっくりした。どうやら自分の誕生日を軽く忘れていたみたいだ。


「あ、ありがとう、あ、そうか俺今日誕生日だったっけ」

「そうだよー、元旦が誕生日って普通忘れないと思うけどなあ」

「華さんに会えることしか考えていなかったからさ、忘れてたよ」

「っ、だからそう言う事言わないの」

「俺何か気に触る事言った?」


普段は小心者なくせに突然さらりと心臓に悪いことを言えるのどうにかならないのかな、嬉しいけど。


「これ、開けてもいい?」

「どーぞ」


ガサガサと包みを開ける旭がどう言う反応をしてくれるのかが気になる、でも少し照れくさいからそっぽを向いておく。


「クッキーかな?」


まじまじと中身を凝視してそう言われれば確かにクッキーで正解なのだけれど、要らなかったかなと感じてしまい不安が一気に押し寄せる。


「クッキーだよ、好きじゃなかった?」


ついつい強めの口調で嫌味のような言い方になってしまう。


「いや、そう言うんじゃない」

「やっぱりお菓子とかより残るものがよかったかな。大したものあげられなくてごめんね」

「違うんだよ。華さんいつもバレンタインデーの時にお菓子作ってくれるだろ、今年は誕生日も貰えるんだなと思ってさ、嬉しいよ」


街灯の光で細かい表情まではよく見えない。でも旭の優しい声色が冷えた心を温かくしてくれる。


「大事に1枚ずつ食べるよ」

「だ、大事にって、湿気ちゃうから早く食べなきゃダメだよ」


気の使い方が少しズレている気がするけれど、本当に大事そうに包みを持ってくれているからおかしくなって私の口元もふわりと弛む。


「次会えるのは始業式かな、お互い冬休み最後の追い込みで正月って感じじゃないね。お餅くらいは食べたいけど」

「そうだな、俺も親戚の家に行かなきゃならないかも」

「まあボチボチ頑張ろう」

「おう、じゃあそろそろ、」


時間にしたらたったの十数分、本当に一瞬で別れが名残惜しい。お互い時間を稼げないかと次に続く言葉を探しているのがなんとなくわかる。


えっと私は何か言おうとしていたような、ああ、そうだ、名前だ!


「あ、旭!ハッピーバースデー!」


告白のした時のようにまた突然言うことになってしまった。我ながら行き当たりばったりなこの性格も大概だ。


そりゃ突然呼び捨てで名前を呼ばれたら驚くのは当然だろう。案の定、旭は相当驚いた顔をしたように見えた。けれど「ありがとう、華さん」そう応えた直後にふにゃり優しい顔を向けてくれるから。


そう、こうやっていつも私を受け止めてくれるんだ。


だからね、これからはちゃんと声に出して貴方の名前を呼ぶよ。


おめでとう。


ーそこにあったもの、いまここにあるものー
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