その距離、近づくはふわり




甘い香りが充満したキッチン、


何をしているのかといいますと、私は絶賛お菓子作り中です。


何を隠そう明日は、彼氏である赤葦先輩の誕生日。学校がお休みの土曜日で、本来であれば誕生日デートなんてものをしてみたいなあと少し想像をしたけれど、先輩は当然のように部活があり、

考えに考えた挙句、お菓子を作って部活終わりに持って行ってサプライズでお祝いをしようという作戦を思いつき今に至る。


外で渡し易い用にカップケーキにすることに決めて作り始めること20分、今混ぜている生地を型に流し込み焼いて上に飾り付けをすれば完成だ。


赤葦先輩喜んでくれるかな……


お付き合いをして迎える彼氏の初めての誕生日。恋人同士で誕生日をお祝いするのはずっと憧れだったから、素敵に演出したい。


いつも休日の練習に出向いたりしないからきっと先輩は驚くだろう。


驚く顔と喜ぶ顔が見たくて私はせっせとケーキ作りを続けた。





ぴろろん♪ぴろろん♪ 


12月5日 00:00、枕元に置いたスマホから鳴り響く着信音に身体がびくんと跳ねた。


明るく光る画面を見ると、彼女である名前からだ。内心来るのではないかと予測していたこともあって期待を裏切らない名前を思ってにやりと口角があがった。


「もしもし、」
「もしもし、先輩、よかった、寝ていなくて」
「どうしたの、こんな遅くに」


分かっているけど聞いてしまう。だって名前の口から言わせたいから


「あ、あの、赤葦先輩、お誕生日おめでとうございます。ちょうどに言いたくて……」


少し照れた様子が電話越しに伝わって、そんな名前の顔を思い浮かべただけで口元が更に緩く綻ぶ。


「ありがとう。」
「そ、それで、明日なんですけど、練習って何時まででしたっけ」
「16時には終わると思うけど、てか昨日も聞かなかったっけ?」
「すみません、でも、あの、、念のためもう一度確認しておきたくて…」
「確認?何のこと?」
「い、いえ、何でもないんですけど、休みの日だし誕生日なのに練習があって、た、大変だな、と、」
「誕生日は関係ないと思うけど。でも、練習しすぎて感覚麻痺してるところもあるかもしれない」
「れ、練習!頑張ってくださいね、、、それだけ言いたかったので…おやすみなさい」


そわそわしている名前の口ぶりが可笑しいなと思ったけれど気づかないふりをした。俺の読みでは恐らく明日何かあるのだろう。 練習終わりに会いにきてくれる、とか、かな。


そんな考えを巡らしたところで赤葦はふう、と一息をついた。結局何があるのかまでは聞き出せなかったな、


付き合ってまだ2ヶ月足らずの俺たち。後輩である名前を好きになって、なんとか自分から話しかけて、気持ちを伝え実ったのは良いのだが、恋愛に関しては引っ込み思案な名前を相手に一向に距離が縮まらないのが最近の悩みだ。


梟谷男子バレー部のマネージャーである白福さんと近所同士だという名前が何回か部活中に体育館を訪れるようになって、その姿を追っているうちにいつの間にか目で追うようになっていた。


くるくるころころ表情が変わるところや、何より白福さんと話している時の嬉しそうな顔が眩しいくらいに晴れやかで、何だか心を洗われるような気持ちになった。


小動物って言うと名前はいつも違いますと怒るんだけど、まさにそんな感じだ。見ていて飽きない。だが、自分といる時は白福さんに見せるあの笑顔は向けてくれたことはない。


早くあの顔を俺の前でも見せてくれないかなとも思うが、俺の前に立つ名前はいつもどこかビクビク怯えているようで、なんとかならないものかなとも思う。


まあさっきのやたらと挙動不審な様子を見る限り、名前が何かを隠しているのは明白だ。


それが何かまでは分からないけれど楽しみにしておこうと一通り考えをめぐらせ赤葦は瞼を閉じた。





ケーキ準備よし、ラッピングよし、私も準備よし。時計を見ると15時だ。


そろそろ出れば16時15分前くらいには高校に着くだろう。お母さんに帰りは遅くなるかもしれないと声をかけて家を出て梟谷高を目指した。


道中色々と考えを巡らせる......


赤葦先輩のことを考えると心と頭がぐるぐる回って忙しくなるのだ。


先輩に告白されお付き合いをはじめたはいいが、どのように接したら良いかわからず、いざ前に立つと緊張でいつもの自分が出せない。


でも赤葦先輩は言葉数が多くなくても、かけてくれる言葉は的確できちんと人を見てくれる。そんな先輩に口には出せないがどんどん惹かれているし好き度はうなぎのぼりだ。


だのに、自分はビクついてばかりで。思えばちゃんと先輩に好きだと言ったことがなかったかもしれない。


今日こそ赤葦先輩にきちんと自分の気持ちも伝えよう、そしておめでとうって今度は電話じゃなく直接言おう。


そう思いながら歩いていた時だった。


あっ、と思った時には自分の身体がガクンと斜めに傾いて、


頭で転んだのだと理解したのは手から離れたケーキの入った紙袋が宙を舞ってスローモーションのように落ちてゆくのが見えた時だった。


ぐちゃ。


嫌な音。


それと同時にアスファルトにズサっとついた膝は少し擦りむいたようだけれど大丈夫みたいだ。


だが恐らく潰れたであろうケーキの袋の確認なんてしたくない。


せっかく作ったのにどうしよう…。


その後学校へ着いたはいいものの、こんなケーキでは喜ばれないだろうという罪悪感と悔しさが押し寄せてきて肩が萎む。


サプライズなのにこんな飾りがぐちゃぐちゃなケーキ渡されても困るだけだろう。


やっぱり帰ろう、、かな


赤葦先輩は私が来ることを知らないわけだし、当日に会うことは叶わなかったけれど、明日また作り直して先輩に会いに行った方が何倍も良い策に思える。


そう思い、校門に背中を向け歩き出そうとした時だった、


「名前?」


後ろからかけられた声にびっくりして足がすくんで立ち止まってしまった。


どうして赤葦先輩が……1人?木兎先輩達はどうしたのだろう。


「赤葦先輩…」
「何帰ろうとしてんの、あんたは」
「あ、、あの、これは」
「俺に会いに来てくれたのかと思ったんだけど、違った?」
「そ、そうです、、、けど」


今にも消え入りそうな声しか出せない。


「練習終わるの待っててくれたんだよね、」
「……はい」


そう言うが早いか私の返事を待たずにぐいと引かれる手。ズンズン進んで行く先輩にただ歩幅を合わせてついていくしかない。


たどり着いたのは学校近くにある公園。ひとまず私たちはベンチへと腰を下ろした。


冬至が迫る12月。4時をちょっと過ぎたばかりだというのに薄暗く暗闇になる準備がはじまっている。恐らくあと数10分で日が落ちるだろう。薄暗い公園の中、ぽつり先輩が喋り出す、


「で、名前は何しに学校まできたの」
「えっと…今日が赤葦先輩の誕生日だから、、お祝いで、その、びっくりさせようと」
「じゃあ、俺の読みはあたったわけだ」
「へ、え、、え?」
「で、サプライズで俺を驚かせようとしているはずの張本人がこんなにも沈んでいるのは?」
「それは、、、」


頭の中がパニックで何から事情を説明しよう、そう思っているのに言葉が喉につっかえて出てこない。もう、またもごもごしてたら赤葦先輩が困ってしまう…….





あたふたする名前は今にも泣きそうな顔をしていて、一体何があったのだろうかと心配になる。


夜中の電話で会いに来てくれることは何となく予想をしていた。だから部活後、お祝いしようと盛り上がる木兎さん達に詫びをして体育館から飛び出してきたというのに、こんなに悲しそうにしているのは想定外だ。


そんな名前を見ていると気になるのは先ほどから離すまいと左手で抱えている紙袋。


「その大事そうに手に持ってるものは...「あっ。ダメです!」


必死に阻止をしようとする名前を無視して強引にその紙袋を奪う。


中身を確認するとそこには可愛らしいラッピングの袋が出てきて、そのまま封を開けていくと、


「これは……」


目の前には可愛らしいカップケーキが二つ。しかしよく見ると、ぷっくり膨らんだケーキの上に恐らくホイップクリームが飾られてキラキラした粒が飾られていたのだろうがクリームはぐちゃぐちゃになり、箱にべちゃりとついてしまっている。


「ごめんなさい、だから駄目だって、、、」


ようやく観念しましたとばかりに事情を説明する名前。


今日は俺の誕生日だから何かあげたくてケーキを作ったこと、部活帰りに会いに行って驚かせようとしたこと。でもその途中で転んでしまいケーキが潰れてしまったこと、申し訳なくなって出直そうとしたこと。


「はあ、、名前は何もわかってないよ」


話を聞き終わった俺が溜息を吐いたことで名前の顔が更に不安で包まれている、だけれど聞いてほしい。


「俺はケーキが少しくらい潰れただけで嫌いになったりなんかしない」
「ケーキを作ってきてくれたことも、会いにきてくれたことも本当に嬉しいから」
「名前は俺のことが怖い?」


そこまで一気に言ってやった。





「名前は俺のことが怖い?」


そう先輩に言われてやっぱり自分は赤葦先輩から見てもびくびくしているのが分かるのだとはっきり気付かされた。


でも怖いわけじゃないです。私は駄目なところばかりだけれど、先輩が言ってくれた気持ち伝わりました。だから私も応えたい。


「怖くなんかないです、そうじゃなくって、好きです!」


やっと伝えることができた。


でもあれ、、、


赤葦先輩が首を傾げながら疑わしそうにこちらを見ている。どういうこと?伝わらなかったのだろうか。


深緑色の瞳に捕らわれて目を反らせない。


「誰のことが好きなの、ちゃんと言って」
「だ、だから、先輩が、、、赤葦京治さんが!好きなんです!」


今度は名前もきちんと言えたはずだ、今度こそ伝わっただろうか。これでも伝わらなかったらもうどうしたら良いのか分からないぞという意も込めて強めに言ってしまった。


途端、目の前にある先輩の顔が見る見る赤くなって


「もう一度ちゃんと聞かせて」


そう言って焦ったように身を乗り出してくるものだから息が止まる。


それに、か、顔が近すぎます先輩!なんだか赤い顔が妙に色っぽいし、、。ばくばくと煩い自分の心臓の音も既に全部ばれてしまっているのだろう。でも赤葦先輩にだったらこのドキドキにも気づいてもらいたい、かもしれない。


そう考えれたら少し気持ちが落ち着いて目の前の先輩の顔もうまく見つめられた。切れ長で透き通った目、私の大好きな先輩。今なら先輩の顔を見て少しは笑えているかな。気持ちはちゃんと届いているだろうか。


「おめでとうございます、大好きです」


間近に迫る赤面顔に向かってもう一度そう伝えたら赤葦先輩は今日で一番の微笑みで包んでくれた。


「さあ、ケーキを食べようか」


ーその距離、近づくはふわりー
赤葦くんお誕生日おめでとうございます。




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