どうか束の間の休息を



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※社会人設定
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「ハヤシライスの作り方を教えてくれ」


普段なら自身の出場する試合の連絡すら寄越さない牛島からの突然のLINEに3件の既読がついた。


「いきなりどーした、若利」
「ええっ若利クン、好きが興じて遂に自分でハヤシライスつくっちゃうの?」
「久しぶりに連絡よこしたと思ったら何だよ」
「ああ、名前の為に夕飯を作ろうと思ったのだ」


冒頭の突拍子のないメッセージに驚いた面々ではあったが、最近同棲を始めた彼女である名前の為だと分かり妙に納得した一同である。だが、ここでそもそも論点が間違っているのではないかと言葉を発したのは天童だ。


「ぶっふぉ、でもさ、自分の好みのもの作っちゃってどーすんのさ若利クーン」
「そうだぞ若利、名前さんを労いたいのは分かるがどうせなら名前さんの好きなものを作ってあげるのはどうだ?」
「獅音の言う通りだな、若利、名前さんの好きな食べ物ってなんだ?」
「なるほど…だが名前はケーキが好きなのだ、ケーキでは飯にならない」


埒があかないと考えた3人は夕飯をハヤシライスでいくと頑なな牛島の背中を押すことにした。


「そうと決まれば若利クーン、食材を買いに行かなきゃダネ」
「いや、その必要はない」
「ん、どーゆーことだ?」
「ハヤシライスの材料は基本家に常備されている」
「「「さすが名前ちゃん(さん)」」」
「ところで作り方を教えて欲しいとさっきから言っているのだが…」
「ああ、それならこのレシピサイトを見れば良いんじゃないか、今URLを送るな」
「すまん大平、恩にきる」
「てか若利お前料理したことあるのかよ」
「ない」
「若利クンのその料理を作ったこともないのに出てくる自信って凄いヨネー」
「でも何でまた急に」
「…最近仕事を忙しそうにしいてるからな、俺に何かできないことはないかと考えてみたのだが、名前は喜ぶだろうか」
「若利は名前さんにゾッコンだな」
「そういうことなら名前さん喜ぶと思うぞ、頑張れよ」
「若利クン特製ハヤシカレーの写メ待ってるからネ」


急な連絡であるにも関わらず昔と何ら違わないテンポで返事をくれる友人たちへ感謝を伝えると、牛島は早速本日の晩御飯作りを始めるのであった。





なんとか粗方の処理は終わっただろうか、


大平に教えてもらったレシピの材料を用意し一通り図のように切ってみた。如何せん書いてある道具の名前すらどれに該当するのか分からず材料を切るだけというのにかなり苦戦した。


一口大の大きさと言われてもそれがどのくらいの大きさになるのかが掴めない。名前もたまにスマホのレシピと睨めっこをしながらブツブツと文句を言って調理をしている時があったがこういう気持ちだったのだろうか。


同棲を始めたことから仕事と家事の両立をしてくれている名前。朝は自分より早く寝床を抜け出し、朝食、それからお弁当を作ってくれる。夜は練習が終わった後すぐさっぱりできるようにと沸きたての風呂を提供し夕食もきちんと作って待っていてくれる。


普通の会社員と実業団に所属する牛島とでは生活リズムが異なることも多いというのに愚痴一つこぼさない。


「名前はいい嫁になるな…」
「ええっ、そんなことないよ普通だって。からかわないで」


学生で付き合いたての頃、お弁当を作ってきてくれた名前に俺はそんなことを言った事があったが、あながち間違っていなかったなと今更思い出しながら作業を続ける。


ふと時計を見ると20時を回っている。ここの所、名前の帰りが遅い日が続いている。


俺が練習中であったとしても必ず「退勤!今から帰るよ」の連絡を送ってくる名前だ。しかしその連絡がこの時間になっても来ないのだから忙しいのだろう。


今が繁忙期だと言っていたが、最近は牛島が帰宅をしても名前がまだ帰宅していない状況も決して少なくない。


そんな名前が帰宅をして慌てて夕食の準備やらあれこれをする様子を見ていて何かしてあげられないかとずっと思っていた。そんな中訪れた試合後の平日オフ日である。


昨夜も遅くまで会議資料を作って朝出て行った所を見るに名前の帰りは今日もきっと遅くなるはずだ。


そろそろ煮込めた頃だろうか。大西に教えてもらったレシピは確かに作りやすかったが味見をしてみた所少し薄い気がする。何かを足せばよいのかもしれないが、分からない為とりあえずそのままにすることにした。


更に名前がよく作ってくれるサラダも作ってみた。こちらは見様見真似でなんだか違う気もするが。


名前の味には程遠いなとそう独り言ち、何とか形ができたところで牛島は名前の帰りを待った。





「若利ただいまー!ごめん遅くなっちゃって時間ないから今日はスーパーで出来合わせ買ってきちゃ、て、あれ」


玄関がガチャリと空き名前が帰宅した、と同時に机の上に置かれたハヤシライスとサラダを見て目をぱちくりさせる。


「これ…」
「ああ、作ってみた」
「若利が!?」
「俺しか作る奴はいないと思うが」
「ええー!うっそ、凄い!ハヤシライスじゃん、若利って料理作れたの知らなかったよ」
「ああ、初めてだ」


そう答えると名前は再び瞼を数回開け閉めしてみせた。俺が食事を用意するなど今までなかったのだから驚いているのだろう。


ハヤシライスもサラダも何だか少し不格好で「ふふっ、このじゃがいも皮がちょっとくっついてるー」などと時たまからかいの言葉を発していたが名前はおいしそうに食べてくれたと思う。


自分の作ったものをこんなにも喜んで食べてくれる人が居るのだという喜びを少し味わい、次はやはりケーキを作ってみようか、大平はまたレシピを教えてくれるだろうかなどと考えながらハヤシライスを口へと運ぶ牛島であった。


「ねえ、若利...今日は、その、ごめんね」


夕飯を済ませリビングのソファへと座り一息をついたところで名前が言葉を切り出す。


「名前が謝るようなことをした覚えはないと思うのだが......」
「だってさ、最近帰るの遅くなっちゃってるし、若利に作らせちゃった」
「いいんだ、俺が名前に作ってあげたいと思った」


そう言うと、名前の顔が少しくにゃりと歪んで眼尻の端からつぅと涙が溢れそうになる。それに気づいて指先でそっと拭ってやれば、今度はぎゅっと此方に抱き着いてきたので応えるように背中に腕を回し支えてやった。


「本当にありがとう、すっごく嬉しかったの。私、出来合わせで済まそうとしちゃって。でも若利はきちんと用意してくれて、、もっと頑張らなきゃ」
「俺も今日、料理というものの奥深さを知ったところだ。名前の料理には到底及ばないが出来るときは手伝いたい...」
「もう、そんなこと言ったって何もでませんからね、」


俺に絡ませた腕への力が更に強くなる。名前の頭が胸元に擦り付けられるがそれも心地よい。


「ああ、構わない」


名前はどこか一生懸命になりすぎる節がある。俺は自分に厳しく常に頑張る名前に惹かれたのだと思う。だが自己犠牲の精神で日々大変そうにしているのを見ていると、自分といる時だけはそういう顔をしなくてよいのではとも思う牛島なのだ。


「名前…」


ぎゅっと自分に抱きついたまま動かなくなった名前の背中をポンと軽く叩いてみる、、が反応がない。かわりに返ってきたのは規則正しい呼吸の音で。


やはり疲れていたのだろう。


だから無理をするなと言ったではないか……他所にすやすやと安心しきった様子で居眠りをする名前を受け止めながら牛島はフッと笑みをこぼすと優しく名前の頭を撫でた。


ーどうか束の間の休息をー
仲良くしてくださっているフォロワーさんのお誕生日に。不器用だけれど優しさがあったかい、若利くんはそんな人だと思っています。





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