はじまりは923




9月になって新学期がはじまった。
高校生活にもようやく慣れてきたころ1年6組我がクラスでは第2回目の席替えが行われた。箱に入ったくじには番号が書かれており、その番号と黒板に書かれた座席表に記載されている番号と合致するところが新しい席になるという席替方法だった。


私は窓側から二列目一番後ろ。自分にとっては良席のはずだけれど、少しはぁぁと溜息をついた。どうせなら窓際の列がよかった、窓際の一番後ろは特等席だもの。神様のイジワル...あと一列ずれる運はくれなかったんだ。本当にちょっとしたことなのにネガティヴになってしまう。


私はなんとなく何をするにも一番後ろが好きだった。お友達とグループで連なって歩く時も、何かと一番後ろのポジションが落ち着いたのだ。だって先導を切るのはニガテ、寧ろ先頭を立つ人って尊敬する。というか誰かの背中を見ているとホッと安心する。


一学期の時と比べて重くなった机を持ち上げて席へと移動をする。これ何気に体力いるししんどい...。やっとこ机に移動をしたけどまだ周りの人は来ていなかった。
前席が近くて仲良くなった知世とは離れ離れだし、席的には通路側の前から二番目だった前より一番後ろになれたから良いはずなのにまたちょっと落ち込む。なんてまた一人ネガティヴモードに突入していたところ、


―ずずず


いきなり視界が暗くなり前に人がきたのだと分かった。


あ。この人は...国見くん。


クラスの男子と比べて頭が突出していたから名前だけは覚えていた?といっても知世が入学早々背の高いイケメンと同じクラスだと騒いでいたのを横流しに聞いていた。多分彼だよね。


絶対和気藹々と話すタイプではないことは直感ですぐに分かった。なんとなくだけど席について座った彼の背中からそんなオーラがあった。


そんなこんな二学期から黒板と先生、それから視界に嫌でも入る大きな背中を見つめる学校生活がはじまった。


席替えをして二週間。はじめに「よろしく」とでも挨拶を交わせばよかったものの、お互いしなかったものだから以後話すことはないのでは?という空気になりつつあった。
だけどその代わり毎日見る背中からでも分かってきたことがある。


授業はあまり真剣にうけるタイプではない。気だるそうな背中をしていてあんまり真っ直ぐシュッと座らない。それから多分だけれど、時々寝ている。男は背中で語るなんて言うけれど、前の背中をみれば今日の国見くんの様子が微妙な変化で見て取れてちょっと可笑しかった。

うん、うん、やっぱり後ろの席はいい。教室全体が見渡せるし何より前にある背中に慣れてきたからだろう。たいして動きは見られないけど見ていると何故だか安心できた。
席替えしたばかりの時は休み時間になるたび知世の席へ向かっていったけれど、最近は席から動かない日が増えた。


「名前ー!」
「あっ知世」
「今の古文の授業意味不明だったねー」
「あの活用形とかナニ?てか覚えても読める気しないー」
「あはは、そうだね。私なんてフィーリングで読み取っちゃってるよー」
「まあまだ学期はじめだし、テスト前にがんばりゃいっか。てかさ、」
「ん?」
「思ってたんだけど、名前最近私の席に来なくなったよねー」
「へ。そうだったかな」
「そうだよー。席替えしたばっかのときはチャイムと同時に来てくれてたじゃん」
「さ〜み〜し〜い〜」
「あはは。ごめんごめん特に深い意味ないから」
「まあ。なんとなく分かっちゃったけどねー、名前が席から動かないの」


チラッと横目で国見くんを見やる知世。
うそ。見てる...といっても少しの間だけなのに何で知世にバレてるの。


「私からしたら羨ましいけどね、イケメンと席近いとか」
「何言ってんの!」
「あり?あながち間違ってないと思ったんだけど違ったかー。」


知世とそんな会話をしたすぐ後の授業、更に前の背中を見てしまう私がいた。さっきの会話聞こえてないといいな。なんか恥かしい。

それからと言うもの、背中を見てばっかじゃなくて席が近いのだから話かけてみてはどうなのかと知世にからかわれ、気がついた時にはまだ一言も会話をしたことのない前の席の国見くんのことがかなり気になるようになっていた。

でも接点といえば、授業やHRで配られるプリントを前の手から受け取る時と、プリント回収の時一番後ろの私が立ち上がって後ろから前に持っていくとき横の手からスッと受け取る時くらい。


...というか手だけ。


たいしてまともに顔も見たことないし(前の席だから)、プリントの受け渡しでも振り向いたり横向いたりと無駄な動きをしない彼だから実際は手と手のやりとりのようなものである。


あー、おはようとか挨拶だけでもしてみたいけれど、きっと無理なのだろうな。
本当は顔だってまじまじと見たいのに。休憩時間は大抵突っ伏しているし、お昼は私が中庭へ食べに行くし、なんやかんやそんな機会がなかった。気になりだした途端、私は国見くんの後ろの席にした神様をさらに恨むようになった。


「はーい。じゃあ後ろの人、プリント回収して。あ、最近日付と名前の記入漏れ目立つから各自最後にチェックな」
授業終わりに先生からプリント回収の号令がかかる。最後の日付確認をしてから集めに行こうと立ち上がりつつプリントを見て私は気がついた、というか閃いてしまったのだ。


「9月23日!国見くんの日だね」


何故かテンションの上がった私は立ち上がり3歩ほど進んだ前の席にたどり着き、いつものように彼の手から出されるプリントを受け取るなりそう発していたのだった。


「え、」
「っ...?!」


本当にほんの一瞬だった。でもその一瞬で、いつもは前を向いて少し斜め下を見つめているはず顔がギュンとこちらに向けられて国見くんとまともに目があってしまった。
目を見開いた驚かれた顔。でもその真っ黒な瞳に吸い込まれそうになった。


自分は何てことを言ってしまったのだろう。頭では脳がそう信号を発信していたけれど
あんなことを発した出前そこから次の言葉は出てこなかった。
何もはじめての会話がアレになってしまったことに激しい後悔の波が押し寄せてきていた。


その前、前、前へとプリントを回収しながらも思い浮かぶのは先ほどの国見くんの顔。
あっというまに回収は終わり先生へ集めたプリントの束を渡すとあとは席へと戻るだけ。
できれば何事もなかったこととして済ませたい。変なこと言ってごめんというのは後から考えよう、とりあえず席につくのだと足を一歩踏み込んだ先。


手がでていた。


国見くんの。



「はい」
「え、」
「国見の日って苗字さんが言うから」
「え、、」
「塩キャラメル、俺の必需品」


今度は私が面を食らう番。
差し出された手の平にちょこんとのる茶色い四角の物体。


言われた言葉に何も返せずモノだけ奪い取るような形でもらって席についてしまった。
未だ心臓がばくばくしている。何が起こったのか、何で貰ったのか、もはや何をしたらよいのかわからなかった。だけれど手の中にあるそれの包みをひん剥き口の中へ放り込んだ。


じわ〜。口のなかに広がるキャラメルの味。


プリント回収の為にプリントを順に受け取りながら前に行って戻ってくるだけのたった一本道なのに、数十秒の出来事のはずなのに、それはひどく甘くほろ苦かった。


「あひはとう」


キャラメルを入れたままの口で後ろから発した言葉は届いただろうか?
きっと届いた。


だって目の前の背中が少し震えたから。





「あひはとう」


後ろから聞こえてきた苗字さんからのお礼の言葉に思わずクスッとしてしまった。だが、先ほどキャラメル渡したときの彼女の硬直状態を見て笑わなかった俺を褒めてほしい。


一度も会話したことのない後ろの席の苗字さんから、まさか朝練で及川さんにおめでとー!今日は9月23日で国見ちゃんの日じゃーん!と言われたのと同じことを言われるだなんて思いもしなかった。


きっかけなんて些細なことだしこれからどうなるかなんて分からないけれど、そのたった一言で気になったのはたしか。
金田一には悪いが毎日昼飯を俺のクラスに食べに来ては座っている苗字さんの席は明日から遠慮してもらおう。一番後ろの特等席はお昼の間だけ俺が座るつもり。



そしてお礼に塩キャラメルを一粒置いて困らせよう。



ーはじまりは923ー
SPECIAL THANKS HAMAYU。




main
top