サロン・ド・シューアラクレーム-A
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※社会人設定
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―会えたらいいなー、なんて。だめですかね
先日、花巻さんに言われた言葉がぐるぐるとまわる。
これってお誘いを受けたってことだよね、でも私きっとからかわれてる。そうだ、きっとそうだ、私は花巻さんに揶揄われているだけなんだ。だってそうでしょ、あの普段のへらへらした感じの延長戦で冗談を言われただけなんだ。
頭では分かったつもりでいるのに、身体は勝手に日曜日に着る服をクローゼットから探り出していて...
約束をしたかもしれない日曜日は2日後に迫る。
あー、もう、何してんだようと再び私は自分に怒った。
お、来た。
そういや時間まで伝えてなかったな、と思い苗字さんを誘ったカフェへ来て1時間ちょっと経つ頃だろうか。うちの店とは違う来店を知らせるベル音がカランと控えめに鳴った。
今日は日曜日で今は午後3時近くだというのにお客は疎ら。このままだと潰れちまうんじゃないかと心配にもなるくらいだ。まあ、ここのマスターはすげえマイペースな人だし大丈夫だとは思うけど。頼むからシュークリームだけはなくなってくれるなよ、と願うばかりだ。
そんな店の入り口に若干挙動不審な感じで立っている苗字さんはなんつーか奇抜な店内にはやっぱり似合わなくて滑稽だ。
苗字さんの印象は一言でいうと真面目ちゃん。俺が地元の宮城に独立して立ち上げた当初からのお客さんでメニューはいつもカットとカラーとトリートメントがお決まり。
本人は少しあるくせ毛を気にしているようだったけれど、大多数のお客を見ている俺からしたら真っすぐストレートちゃんの部類に入る。
たまにはゆるっとパーマでもかけてもう少し髪色を明るめに変えたら垢抜けていいのに。
そう思うくらい苗字さんのオーダーする髪型は良くも悪くも本人を表す真面目さが際立っていて、
もちろん、髪型変えてみないかなんて本人に直接言ったことはないが。余りごり押ししたってお客の好みに合わなけりゃだめだろ、生かさず殺さずが俺のモットーだ。希望がないのにこっちから無理やり提案するのは面倒くせえ、
そう思っていたのにー
前回店に来てくれた苗字さんに、ここ"ふろう"のシュークリームの話を出されたときはついつい身を乗り出した反応をしちまった。
未だ腐れ縁でこっちに戻ってきてからちょくちょく合うようになった松川を誘う時もあるが、この店内が少し不気味で行きたくないらしい。
なんでもここのオーナーは大のピカソ好きらしく、よく分からない色とりどりのパーツで組み合わさった絵というか物体が壁一面に広がっている。俺からしたら正直言ってこの店内の奇抜さはどうだっていい。とにかくここのシュークリームは絶品なのだ。
そんな一風変わった店に通っていて、この空間で読書、しかもシュークリームの良さを知っている、そんなことを聞かされて気にならない奴がいるだろうか?いや、シュークリームに半分以上つられたようなもんだから。それって俺限定なのか?
なんつーか、ギャップっていうの?大人しくて真面目そうな子の一面ってちょっと暴きたくなるじゃん。ま、単純にこの店にたまに来て一緒にだべる相手が欲しかっただけなのかもしれない。
なんにせよダメもとで誘ったようなもんだったから、苗字さんが本当に来てくれたことが少し嬉しくて。
我ながらそれが表情に出る程ではないとは思うが、未だ棒立ちのまま警戒心の強いネコみたいにこちらを見つめてくる彼女に、こっち、こっちと上にかざした手で手招きをする。
「来ないんじゃないかと思ってました」
「そんなウソつきにみえますかね?俺から誘ったようなもんじゃないっすか」
席に腰を下ろし開口一番に少し憎まれ口を言ってしまった。
誘われるがままのこのこと来たのは自分なのに。勝手に疑って。誘ってもらえたというのを確かめたくて。そしてやっぱり誘ってくれたんだと分かり安堵する。
マスターさんにいつものケーキセットを注文すると改めてきちんと花巻さんと向かい合う。
美容院だと鏡に映る姿ばかりみているから何だか新鮮で少しドキドキする。服装もだぼっとした黒のTシャツにこれまた少し緩めのストライプ柄の灰色のズボンを纏っている。美容院で見る時より少しラフな感じ。
「ところで苗字さんて何歳でしたっけ」
「25です...」
「やっぱ年下だよな。じゃ、カフェで会うときはタメ語オッケーにしてもい?」
なんだか今日の花巻さん少し馴れ馴れしい気がする。仕事じゃないとこんな感じになるのだろうかと思案したものの、有無を言わせず早速タメ語で話し出す花巻さんに私はコクコクと頭を動かすことしかできない。
私の元に頼んだシュークリームと紅茶が運ばれると「俺ももう一個食いたくなってきた」と、明らかに羨ましそうな顔で見てくる彼。
確か私が来る前に食べたとか言っていたのに。「男の人なのに甘いもの好きなんですね」と言えば、シュークリームが大の大好物だと返されたので本当に驚いた。
確かに花巻さんの言うとおりここのシュークリームは美味しい。奇抜な店とはギャップのある優しい味のとろとろカスタードが本当に堪らないのだ。
どう見ても食べたくてしょうがない顔をしているので「じゃあ、食べますか?」と聞いてあげたのに「は、俺は別にいいけど、関節キッス?」なんて私の持つシュークリームに顔を近づけてくるもんだから「っ」声にならない悲鳴になってしまった。何というか手慣れている。
「ち、違いますよ、もう一個注文しますか?という意味です!」
既に私が来る一時間程前から滞在しているというにもかかわらず、花巻さんは更に小一時間の時間を私と過ごしてくれた。ぐいぐいくる感じには少し驚いたけど、こんな風に休日にカフェで人とおしゃべりするのも悪くない。
花巻さんもそう思ってくれたらいいな。そんな思いを込めて追加注文できたシュークリームをむしゃり頬張る彼を見つめる。ふふ、やっぱり好きなものを手に入れた子供みたいな顔。
やっぱり花巻さんのこの顔好きだなあ。至福の表情で食べる彼から視線が動かせないでいたらあっという間にそれを平らげた花巻さんの瞳に私が映ってドキリとした。
急いで目を逸らそうとするも許されない。私の顔何か変なのだろうか、もしやクリームがついて?手を摺り寄せるように口元に持ってきて確認をしてみると、「はは、違うって」そう言いながらもう一度私をみる。
「俺、ずっと思ってたんだけどさ、苗字さん今度パーマかけてみない?」
「パーマですか...」
「そうそう、ゆるーくこんな感じでさ、」
そう言うと花巻さんはガタンと向かいの席から立ち上がり、私の耳横にかかる髪をスルリ掴んでまたスルリと放す。
だ、だから、そうやって。近い近い。髪に神経は通っていないはずなのに美容室で触られるそれとはまた違う。
「ずっと似合うと思ってたんだけどやっと言えたわ。ね、俺好みにいじらせて」
これも冗談なのだろうか。美容室のお兄さん特有の軽い台詞なのだから騙されるなと何度も必死に自分の頭へと指令を出して言い聞かせる。
けれども今日お店に誘ってくれた花巻さんも、シュークリームを美味しそうに食べながら話をしてくれた花巻さんも、今しがた言ってくれた言葉も、全部、全部、花巻さんの本心なんだって都合の良い解釈をしてしまいそう。
「じゃ、また店で待ってるわ」
ニカッと目を細めながら私に紡いでくれた言葉は嘘じゃない、よね?
未だ何も言い返せず口を泳がせている私をハッと現実世界に引き戻したのは彼が立ち上がるガタンという音。
私を席に残したまま立ち上がり入口の方へと歩みを進めていく。そう、さっきまでのことはまるで夢でしたよ、とでもいうように。
「マスター、あそこのテーブルの代金一緒に払うから」そう言う声がどこか遠くの方で言っているように聞こえる。決してうまく自分を悟らせないあの飄々とした感じ。
ずるいなあ、
やっとのこと動かせた口元で声にならない音を形作ってみたところで遅い。でもそんなズルいところも花巻さんの素敵な一面だと思えるくらいに私は麻痺している。
町で人気の美容室、私の担当美容師さん、そして、ときどきカフェ仲間。
ーサロン・ド・シューアラクレームー
花巻くんお誕生日おめでとうございます。とても個人的な見解ですが、彼は社会人になったらリーマンにならなそうだなと思っています。そんな妄想から美容師さんにしてみました。髪切ってもらいたい...そしていつまでもシュークリームを美味しそうにほおばってもらいたい。おめでとうです。
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