サロン・ド・シューアラクレーム-@



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※社会人設定
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住み慣れた地元を離れ東京で3年働いた。だけど自分が思い描いていたような仕事ができず仕事をやめた。こんな私のことを世間一般の目からしたら甘いとでも言うのだろう。


現に転職先を探していたところ、地元に帰って来なさいという両親からの誘惑につられ舞い戻ったところがある。無事こっちで転職先が見つかったから良いものの、今思えば相当甘えが酷いなとも思う。そんなこんなで地元に戻って早数か月が経とうとしている。


東京には有名処のサロンなんていくらでもあったけれど、この町では美容室すら見つけるのですら大変だ。学生の時通っていた美容室も未だ健在ではあるが、どこか垢抜けないままのところが気にくわない。


そんな時オープンしたのがここ、サロン・ド・シューアラクレームという美容室だった。


古臭い町に似つかわない地中海を伺わせる建物の造りは直ぐに注目の的となり、待っていましたとばかりに若い世代が飛びついたのだから当然店は繁盛した。そしてそこで働く人が店長含めイケメンときたらお客は逃げない。


私もそんな若者の類に倣って来店を知らせるカラカラというベル付きの扉をくぐる。そこで出会ったのが店長の花巻さんだった。






「苗字さんどうも。今日は髪どうします?」


「いつものようにカットとカラー、それからトリートメントを」そう伝えると「了解でーす」とこれまたいつも通りの軽い返事が返ってきて。この美容室に通いだして何回目かのカットがはじまる。


「苗字さん何かいいことあったでしょ、」


これまたこの店の決まり文句なのか、はたまた花巻さんの口癖なのか、カットの準備が整え切り出そうかと私の髪をスルリと一束持ち上げたところで彼は決まってこう言う。


「花巻さんていつもそう言いますよね」
「前回そんなこと言いましたっけ」
「言いましたよ、毎回言われます」
「嘘でしょ、そんなハズないと思うんですけどね、」


このやり取りだって毎度行われている。少し赤味のあるフサフサした短髪をハサミを持つ手で器用にかいて「そうでしたっけ」なんて言いながらも続く手つきは真剣に動く。


そりゃあ花巻さんくらいかっこよければ指名はこの店で断トツ1位なのだろう。そしてこの毎回のやり取りだってきっと私だけではない、多くのお客さんにもやっているはずに違いない。だけどもし、私だけにそう言ってくれていたらいいのに、、何て思ってしまうあたり美容師マジックに掛かってしまったよう。


もともと私は美容室というものが苦手だ。如何せんこの美容師さんとマンツーマンでの時間の中で何か喋らなければと考えたり、それが初対面の人相手だと相手に何を言って失礼じゃないか等々を考えながら会話をするのがとても億劫なのだ。かといって雑誌を読んでいると何を読んでいるかきっとバレるだろう。迂闊に気になったページをじっくり見るに至らない。


そんな中、花巻さんとは初回のみ自分の人見知りスキルを発動させたものの、花巻さんが掴みどころのない上っ面だけの会話ばかり話すものだから、そうかこの人も美容業界人なりに苦労しているのだなと同情染みた気持ちになってしまった。


逆に彼の思うところを聞き出せたらそれだけで凄いことなのかもしれない。以来、今日こそは花巻さんの本音トークを聞き出してやるぞという気持ちで来店をするようになった。花巻さん様々だ。


いつだったか、私が若干あるくせ毛の悩みを言った時は、くせ毛が気にならない髪の乾かし方だとか、くせ毛に良いシャンプー、毎日の手入れ方法だとかを語りだされてしまいこちらが面を食らった。


やはり美容師さんなんだなとその時ばかりは感心したし、この時の言葉は花巻さんの心がこもっていたように思う。


「苗字さんてさ、だいたい仕事終わりの夜に来てくれるじゃないですか。休日は何してるんですか」


うーん、これも前に聞かれた気がするなあ。やっぱり今回も美容以外のプライベートトークを聞き出すのは難しいか。そんなことを思いながらいつもの回答を返す。


「そうですね、基本家でゴロゴロしてるんですけど読書が好きなのでよく本を読んでますね」


目には目を、テンプレにはテンプレをというやつだ。私だってそう易々と人にプライベートを打ち明ける人間じゃないもの。でも今日は何だかいつもの会話に一味スパイスを加えたくて最近ハマりだしたカフェのことも伝えてみた。


「あ、最近できた”ふろう”ってカフェ知ってます?あそこの雰囲気が好きで最近は土日のどっちか行ってるんです」
「え。まじか。俺もそのカフェ好きなんすよ。でも友人は好きじゃないって言うんでなかなか行けてなくて」


なんだろう、なんとなくだけれど食い付きがあるように感じた。


「あのちょっと芸術性を感じさせる壁の色合いというか、店内の雰囲気いいですよね。それからデザートのシュークリームが美味しい」
「うおー、まじか。苗字さんて俺と感性合うかも知れない」


感性が合うだって?突然何を言いだすのだろう。だがもう少し彼のお話が聞きたい、、。会話が途切れないようにと私は次の言葉を繰り出す。


「ピカソ的というのかもしれないですけど、あの個性的空間で美味しいデザートを食べて本を読むの良いんですよ」
「あそこで本読むとか苗字さんナイスだわ。あー行きたくなってきた。俺もあそこのデザートが好きで、」
「ぷっ」


やっぱり。花巻さんのどこかのスイッチを私は押してしまったようだ。心なしか勢い余って敬語が外れてしまっている彼が面白くってついつい吹き出して笑ってしまう。


だけど私がくすくす笑い出したせいなのか、カフェの話はそれっきり続かず花巻さんはいつものフィルター越しの会話モードに戻ってしまった。


「あの映画観ました?」と別の話題を切り返されたときはちぇ、と心の中で舌打ちをした。


ふーんだ、それでもちょっとした収穫があったからいいもん。


だって花巻さんの好きなものを1つ見つけられたのだから。おそらく甘党男子ってところかな。


カラーリングも無事終わり髪を流すその後はトリートメントだ。今日は運よく店が空いているせいもあって髪を洗ったり乾かす工程も花巻さんがやってくれる。やっぱりベテランの人がやってくれると手付きも自信ありげな感じが伝わる。


「痒いとことかないっすか」
「...はい、大丈夫です」


思えば花巻さんにシャンプーをしてもらうのは久しぶりかもしれない。男の人特有の少しごわついた指の感覚がダイレクトに頭皮を刺激する。


気持ちいい。頭皮を撫でる刺激の中で先ほどの彼の顔を思い返す。カフェの話で食い付いてきた花巻さん、子供がはしゃぐみたいでちょっと可愛かったな。


それに少しドキッとしてしまったのはきっと嘘ではない。もっと彼の事を知りたい、だなんて、、え、これって恋とかじゃないよね、ない、ない、ない!


要らぬことを自問自答して考えたせいでぶんぶんと少し顔を振ってしまったらしい。「苗字さん、やっぱり痒い所ありました?」なんて言われてしまった。恥ずかしい。





「んじゃ苗字さん、今日もありがとうございましたー」


お客が帰る際、店の外に出て挨拶をしてくれるのがこの店のスタイルだ。例に習ってありがとうございましたと深々とお辞儀をする花巻さん。


今日はいつもより楽しかったな、それにちょっと自分もリラックスして髪を綺麗にできた気がする。毎度いいかんじに髪を整えてくれる花巻さんには感謝だ。こちらこそありがとうと、いつもの調子で挨拶に応じようとしたその時、


「苗字さん今週の日曜日例のカフェ行ったりします?」
「へ?」
「俺行こうかなと思ってるんで、会えたらいいなー、なんて。だめですかね、」


そうニヤリとした顔を見せて、マニュアルには絶対書かれてはいないであろう台詞で本日のサロンが締めくくられて、


ドクリ 


心臓が変に唸った。


to be continued...




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