思う先ゆく先



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※社会人設定
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炬燵におせちでテレビを囲む。これぞTHE(ザ)・お正月。毎年変わらぬ新年の始まり方だから代わり映えはしないけれどそれがとても心地よい。今年で4年目の英と迎えるお正月だ。


テレビの中の芸能人やら芸人やらが新年の番組を賑わせていることをBGM代わりにしてもくもくと2人でお節を食べる。そしてちょっと箸休めに蜜柑を食べたりお菓子をつまんだり。特に会話が弾むわけでもなくこうして過ごす元旦。


社会人になっているのだから実家に帰るというのが普通なのだろう。現に私の同僚も遠く離れた故郷へと仕事納めの後帰っていった。だが私たちはそうしない。


2人とも実家は宮城県だからここ東京から新幹線で2時間ちょいといったところだけれど、何故わざわざ混む時期に合わせて帰省しなきゃならないのだというのが英の言い分だ。私もそんな英の意見になんとなく同意をしてしまってそれ以来正月は帰省せず2人で過ごしている。一斉に皆が帰省した後の東京というのはいつもと打って変わった静けさに包まれていて、そんな雰囲気も個人的に好きだったりする。


不意に時計をみると15時30分をまわったころだった。そろそろ机の上に散らばった食べ物の屑でも片付けて、ついでに部屋の掃除でもしようかなと重い腰を持ち上げて立ち上がったときの事、立ち上がるために机についた手を英が急に掴むものだからぐらり身体がふらつき尻もちをついてしまった。


「ちょっと、何するの」
「ねえ、初詣でも行く?」
「はあ?」


毎度突拍子もない台詞に頭を抱えてしまう。だって「人混み・嫌い・無理」の三拍子でこの方初詣なんて一度も一緒に行ったことがないではないか。だから私は毎年三が日を過ぎた頃に密かに一人で神社へ足を運んでいるのだ。英は知っているだろうか、いやきっと知らないはずだ。


「名前、行きたいって言ってたじゃん」


一体いつの話を持ち出して来たのだろうか。何年も前に駄々を捏ねたことをつい今しがた言われたわがままであったかのようにサラリと言う。それでも長い付き合いの中はじめて初詣に一緒に行ってくれることが嬉しくて、冬のファッションなんて防寒優先でしか見繕わないのに少し念入りに出掛ける準備をしてしまった。





人、人、人。有名処は混んでいるだろうと近所の神社を選んで足を運んだのはいいものの元旦というだけでこんなに人が来るものなのだろうか。普段は人っ子一人居ない境内が初詣に来た人で埋め尽くされていて驚いた。隣を歩く英は当然不機嫌だ。


だがそれとは対照的に私の心は大変晴れやかである。英とこうして手を繋いで一緒に初詣に来ることができたのだ。多少の人混みくらい許せる。それに周りの人なんて気にしたら負けだ。皆芋だと思えばいい。


繋いだ手に少々力を込めてみれば未だ機嫌が良くない英は「何?」と怪訝な顔で見てくる。しょうがないじゃないか、元旦に彼氏と初詣、ずっとしてみたかったことなのだから。今日は浮かれた私に存分付き合ってもらおう。今度はその手をブンブンと大げさに振ってみると「今日の名前テンションが高い」とだけ返ってきた。私の嬉しさが少しでも英にも伝わってくれたのならそれでよい。


少しの間列に並びようやく参拝の番がまわってきた。何となく英はこういうのをやったことが無いのではないかと思い、気になって横目で英を盗み見てしまったけれど何てことない。手慣れた所作で無事参拝を終えた。


「ねえ、英は何てお願い事したの」
「そういう名前は?」


すぐに回答を返さず私のことを先に聞き出すあたり性格が悪い。でも私の願いはいつだって決まっていますからね。ふふんと鼻を鳴らしながら自慢げに自身が今しがた祈った願いを口に出す。


「今年も英と一緒に居られますように」


英と付き合ってからというものこれは一番初めに願い続けている。まあその後に家族の健康とかも欲張って祈願しちゃっているわけだけれど。


肝心の英は何を願ったんだろう。ガヤガヤと五月蠅い人混みの中私の願いに続いて発せられる言葉に耳を傾けると、予想だにしていなかった言葉が紡がれる。


「今年だけじゃない、俺は“これからもずっと”って願っておいたから」
「へ」


それって考えようによってはプ、プから始まるものではなかろうか。開いた口が塞がらなくてどういう意味で英はあんな願い事をしたのかと考えに考えたけれど意図が読めない。そりゃそうだ、私は英じゃないんだから。


脳みそが詰まっていない頭で考えても返す言葉も英の気持ちも分からない堂々巡り。よほど間抜けな顔をしていたのか、英に「間抜けな顔」とニット帽のぽんぽんの部分を何度もぺこぺこと押された。


「帰ろ。ちょっと時間ずらしたのにこの人混みとか聞いてない」
「うん...」


結局のところ英の願い事のくだりの意図は読めなかった。その後願い事の話題について何も出てこなかったところを見るになんとなく踏み込んではいけないものなのだと察知した。けれど少なくとも英は私と今年もその先も一緒に居たいと願ってくれたのだから私もそれに応えていかなくては。


今はそれで充分だ。


「あ、英、ちょっと待って」


そう言って、左手を後ろに差し出しながら先へと進んでゆく英を小走りで追いかけた。


ー思う先ゆく先ー
何だかんだで名前ちゃんLOVEな国見くんなのでした。そしてこういう国見くんのドライな所嫌いじゃない。





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