今日は朝から天気が良くて、夏が終わって暑さも落ち着いてちょうどいい気候だった。こんな日は外でうとうとするのもいいかもなあ、と思いながら漏れそうなあくびを噛みしめて廊下に出る。
 昼休みの廊下は生徒で溢れていて「仙道くん今日も眠そうだね」と名前…はちょっとわからない同じ学年の女の子に声を掛けられる。それに適当な愛想笑いで返しながら通り過ぎざまに隣のクラスを覗いてみた。
 ―― いない、ってことはどっかいってんのか。
 まあでも今は昼休み。加えてこのとおりすごくいい陽気だし、外で友達とランチタイムなのかもしれないし、もしくは食堂という線もありえる。

「彰くんはあんまり自分で自覚してないかもしれないけれど、すごくすごくかっこいいしすごくすごく人気があるの!だからその、私たちがお付き合いしてるっていうのは、私たちだけの秘密にしといたほうがいいと思うの!」

 そういわれた時に「そっかなるほどなあ、じゃあそうしよう」と深く考えずに返した。今思えば、自分の発言ながらなにが「なるほど」だったのかよくわからない。
 隣のクラスの苗字名前と俺は、いわゆる彼氏と彼女という関係であるのだが、彼女のそんな提案により付き合っていることをそれなりに親しい人間以外には隠している。
 だから校内で会話することもあまりないし、俺は俺で部活が忙しいので会うとしたらお互いの家でまったりとすごすだけ。
 そんなわけで、彼女の望む通り俺たちの関係が周りにバレているということは今のところおそらくないだろう、たぶん。

 正直言うと、こんないい天気の日には堂々と二人でメシを食ったり、そのまま一緒にちょっぴりウトウトしたりなんかできたらいいのになあ、と考えてしまうことは多々あった。
 昇降口のすぐ近くにある自販機で適当にパックのコーヒー牛乳を買い、ストローをくわえながら外に出る。
 ぐっと伸びをすると、ぽかぽかと眠気を誘うような陽気のせいか我慢したあくびが口から飛び出てきた。

「好きなヤツでもいんの?付き合ってる男とか」

 そんな声が聞こえてきたのは体育館の方へ向かう途中だった。
 角を曲がろうとした瞬間、聞こえてきたその声と人の気配にすっと身を隠す。ああ、なにしてんだ俺。っていうかめんどくさい場面に遭遇しちゃったなあ、場所他にしなくちゃだな。俺の頭の中にあるひと眠りできる静かな屋外スポットその1はその道を突っ切らないと到達できない。
 他の場所にするか、と踵を返そうとした時に「ええと、その」と聞こえてきた控えめな声に足を止める。それが聞き間違えることのない、彼女である名前の声だったからだ。

 ぴたりと壁を背にして、見つからないように首だけを動かしてその様子を伺う。
 言葉を詰まらせて視線を泳がせている彼女と、見覚えのあるようなないような男子生徒が向き合っている。たぶん同じ学年だろう。
 なんていうか、うまく言葉にならないがすごく、ものすごく腹のあたりがモヤモヤした。自分の中では珍しい不思議な感覚に「なんだこれ?」と思ってから、たどりついた結論はこの状況が気にくわないからきもちわりーんだな、ということだった。
 そう思ったら、こうして隠れて話を聞いてしまっていることも、そして隠れていること事態に納得がいかなくなってきて、もーいいよなぁと自分のなかで結論を出す。
 飲んでいたコーヒー牛乳を一気に飲み干し、パックをつぶしてゴミ箱に投げ入れた。

「えーと申し訳ないんだけど名前、俺のなんだ」

 向き合っている二人にずんずんと近寄って、その間に入り込む。驚いた顔で俺の事を凝視して「彰くん?え?なんで?」と小さな声で繰り返す名前の肩にぽんと手を置いて笑いかける。
 つうわけでキミの名前わかんねえんだけどゴメンナサイ、と男子生徒の前に立ってぺこりと頭を下げた。

「は?え?仙道?と、苗字さん?え、付き合ってんの…!?」
「うん、そう。そんなわけなんでわるいけど」

 ごめんな?と続けた俺と、アワアワしている名前とを交互に見ながら「え?マジ?」と繰り返すその男子生徒は、控えめにこくんと頷いた彼女をみてようやくそれが事実なのだと理解した様子だった。

「な、なんで言っちゃうの彰くん…!っていうかいたの!?」

 男子生徒が居なくなったあと、名前は俺の学ランの袖を引っ掴んでそう言った。
 なるほど、自分の大切な人が他の人に告白されたりしている場面を目撃するのってこういう気持ちなのか。うん、気分がよくないにもほどがあるぞこれは。すごくよくない。

「俺はさ、こういう天気のいい日には他人の目なんか気にしないで名前と一緒に外でメシ食ってウトウトしたりしてえんだ」

 隠したりしてなきゃそもそも遭遇しなかったし起こりえなかったことだ。そう思えば思うほど「周りには内緒にしてお付き合いしよう」という提案なんか、適当に肯定してしまわずに、もう少し考えてそれから突っぱねてしまえばよかったと後悔する。

「名前はさ、なんでオレと付き合ってること隠してーんだ?」

 その問いかけに、彼女は俺の袖を掴んだまま、ぎゅっと口を結んで下を向いた。

「…………い、から」
「え?」
「彰くんがカッコよすぎて自分に自信ないから!」
「へ……?」

 ぽかんと口を開けて二の句が告げなくなった俺に、彼女はなぜか少し怒った表情で「自覚のないところがむかつく!」と軽く脛に蹴りを入れてきた。弁慶の泣き所とも呼ばれるそこは、華奢な女子に蹴られたといえど一瞬「ウッ」と声が漏れるほどに痛かった。

「いってて……でもさ、周りがどう思おうと俺が名前を好きなんだからそれでいいじゃん」

 うっ…と口ごもってしまった彼女は、落ち着かなくあちらこちらに視線を向けながら、みるみるうちに顔を紅潮させていく。その様子が面白くてそしてなんともかわいらしくて、俺は脛を蹴られたことなんてすっかり忘れてしまっていた。
 
「俺はさ、あんまりさっきみたいなこと起こってほしくねーし見たくねーから、周りの奴らにもこいつは俺のだって知っといてほしいなあ」

 つうわけで、内緒のお付き合いは今日まで!と俺はこの場を締めるように手のひらを一度パチンと打つ。今度は名前がポカンとする番だった。そろそろ昼休みも終わる頃合いだ。俺は名前の手を引っ掴んでずんずんと歩き出す。

「い、いきなりこれは…!」
「いままでガマンしてたんだからこんぐらいは許してくれよ」

 恥ずかしそうに顔を伏せている名前に構わずそう返し、今度は指を絡ませるように手を繋ぎなおした。いわゆる恋人つなぎに、耐えきれなくなったらしい名前が「ちょっと!」と小さい声で抵抗の色を示したが、それに気づかないふりをして生徒の姿がちらほら見える道を進むのはめちゃくちゃに気分がよかった。


--- ロマンス仕立てのエゴイスト
(20181205)



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