「たのもー!」 そりゃ道場破りのせりふだっての、という言葉をオレが発せなかったのには訳がある。 えっへんと腰に手をあて胸を張っている苗字名前の恰好があまりにも奇抜だったからだ。見るからに体に合っていないぶかぶかの学ランを着て、長すぎる袖を無理やりに肘辺りまで折ってたくし上げている。かつ、普段下ろしている前髪を軽いリーゼント調にふんわりとさせながらうしろに流していた。 いや、つーかなんだこれ? 「あ、びっくりした顔してる」 へへへ、どお?とか何とか言いながらその場でくるくると回り、グッと親指をたててポーズして見せる彼女。オレはいつのまにか眉間に寄っていた皺を解き、あんぐりと空いてしまっていた口をやっと閉じた。 はあ、とひとつ息を吐いて、ジュージューと音を出している鉄板の上の焼きそばをヘラで混ぜる。頭にタオルを巻いていてもこめかみを流れてくる汗を、軍手を付けた手の甲でグイっとぬぐいながら「仮装パーティーなんてイベントもあんのか?」と俺は問うた。 「ううん、これうちのクラスの出し物。男女逆転喫茶!」 へえ、と返してから気づく。男女逆転喫茶。 こいつのクラス、ということはつまり。 「マジかよ!あいつらが女装!?」 「ちょっとお客さん、うちの赤木タケコちゃんと木暮キミエちゃんのことわるくいうのやめてくれます?」 「客じゃねえし」 あ、そっかと彼女はカラカラ笑う。 湘北高校の文化祭。なんやかんやでちゃんと参加するのは3年になる今が初めてだった。何の面白みもない焼きそば屋台をやることになって、なんとなく何もしてこなかった2年間の事を思い出して、すこしだけ感じていた申し訳なさで調理係に挙手したら周りがえらくざわついていた。 屋台の前を通り過ぎていくうちの生徒やほかの高校の制服を纏ったやつら、中学生や父兄たち。それを眺めながら思い出したのは、今のこの時間が俺にとっては最初で、なおかつ最後の文化祭だということだ。やはり勿体ないことをしたと思わずにはいられない。 青春と呼ばれる時期が過ぎ去るのはなんと早いことか。 「……苗字、おまえ今自由時間か?」 「うん、私がお給仕する時間終わったから」 彼女はオレに対して唯一ためらいなく話しかけてくる女子生徒だった。赤木と木暮と同じクラスだから顔を合わせる機会も多くて、細かいことを気にしない気っ風のいい性格のこいつとは会話をしていても気を使わなくていいし楽だった。 同じ学年の奴らはもちろんオレがなかなかにわるい連中とつるんでいたことを知っているし、いまだに少し遠巻きにされることもある。そりゃそうだ、2・3ヶ月やそこらで2年のわだかまりが解けるわけもない。むしろバスケ部の奴らが何もなかったかのように接してくれていることがぶっちゃけ奇跡みたいなもんだと思っている。 「よし、じゃあ付き合え」 「えーと………はい?」 「訳あって最初で最後の文化祭なんだよ、オレ」 鉄板頼むわ、と後ろで待機していたクラスメイトに声をかけ、頭に巻いたタオルを解いてぐいっと顔の汗をぬぐった。袖を肩までたくし上げて汗だくになっていたクラスTシャツを勢いよく脱いで、新しいものに取り換えるべく置いてあるカバンの中をごそごそと探る。 「ちょ、ななん、な、なんでここで脱ぐの!」 「あ?……何赤くなってんだよ」 「バッカじゃない!バッカじゃないの!」 あ、見たことねえツラしてやがる。 いつもあっけらかんとしている彼女が顔を赤くしているのは珍しくて、オレはなぜそんなに慌てているのかを理解すると無意識ににやりと笑ってしまった。 へえ、かわいいところもあるじゃねえか。 「なんだよ、たかが上半身みえたぐらいで」 「もうやだこのデリカシーなし男!あとで赤木くんに言いつけるから」 後ろを向いて「タケコちゃんのげんこつを食らえばいいんだ!」とプンプンしている彼女を横目に、新しいTシャツに腕を通す。 着替え終えたオレは彼女の後頭部を小突いて「行くぞ」と声をかける。ちらりと薄目でこちらを見た彼女は、オレがしっかりとTシャツを着ていることを確認すると腕を組みながら少々憮然とした表情でこくんと頷いた。 「それで、デリカシーなし男さんはなにか目的とか行きたい所とかあるの?」 「いや、全くねえ。苗字に任せる」 「はあ…これだから文化祭初心者は」 やれやれ、と少々腹の立つ表情とジェスチャーをして見せる彼女に「なんだよ」と言い返してみる。言われてから思い出す、そういえばパンフレットにも目を通していないし何があるのかも全く知らなかった。 「ん、じゃあこれ手間賃な。オレの焼いた焼きそばうめーぞ」 「うめーぞって、焼きそばは誰が焼いても同じじゃないの?」 「なんだと、この三井寿がバスケで鍛えた手首の返しナメんな」 フードパックに詰めたてほやほやの焼きそばを袋に入れて手渡すと、彼女は「まあいいや儲け!ありがとう三井くん!」と子どものようにはしゃいでいる。 とりあえずゴリ子…まちがえた、タケコとキミエの姿を拝みに行くのはラストのお楽しみにしたい。それだけ伝えると「そうだね」といたずらっぽく笑った彼女の表情につられて思わずオレも笑ってしまった。 じゃあまずはホラーハウスだ!なんていいつつ、オレの腕をがっちりと掴んでグイグイと前に進んでいく彼女は無邪気な顔でこちらに笑いかけてくる。 こっちの気も知らねえで、と心の中で毒づきながら、振り回される予感に嫌な気はしていなかった。 * (…おいちょっとまて、つーか今なんつった) (ホラーハウス?1年生の出し物だけどなかなか怖いらしいよ!) (そういうのじゃなくてアレだ…物食うとか、オレはそういうのがだな) (私に任せるっていったでしょ、怖がりさんめ!) --- アトラクションがはじまる |