( 同棲し始めて初めての朝を迎える三井寿 )

 自然に目が覚めて瞼を開けた視線の先。まだぼやけた視界の中に、すやすやと眠る彼女の穏やかであどけない寝顔が目に入る。
 オレの肩に触れているのは寄せられた柔らかな頬。腕に感じるのは、彼女の素肌から伝わる確かな熱。
 露出してしまっている白い肩にタオルケットを掛け直して、そのあどけない寝顔を観察する。
 同棲を始めた初日の夜、つまり昨日は引っ越しの荷解きを手伝ってくれた赤木と木暮、それに宮城と彼女、合わせて五人でマンション近くにあった適当な居酒屋に入ることにした。
 このメンツで集まってしまうと、始まるのはいつもの如く高校時代の、というかオレにとってはたった半年にも満たない夏までの思い出話である。
 そんな内輪話にさえ「うんうん」と頷きながら興味深げに相槌をうって聞いている彼女の様子にほっとしたのも束の間、出来ればこいつの耳には入れたくない、いわゆるヤンチャだった頃の話に路線変更しようとするあいつらのせいで、オレは度々声を荒げる羽目になってしまった。
 まあ、それも過去の自分の自業自得に違いないわけだが。
 そんなこんなで目覚めた本日は同棲二日目。
 同じベッドで朝を迎えることは今までだって何度もあったけれど、一緒に住み始めて初めて迎えた朝には今までとは違う、寧ろ今まで感じたことのないむずがゆい特別感がある。
 大学を卒業して就職して。忙しない新生活を送る中で、ようやく一緒に暮らせるようになったのはつい昨日のことなのだ。

「あのさ、三井さん」
「あ? んだよ」
「余計なお世話かもだけど彼女さん疲れてるだろうし、今日はあんま無理させちゃダメだよ」
「うっわ、マジで余計なお世話だったわ」
「へーへー、そっスね、サーセンした」

 宮城とそんな会話をしてから新居へと帰宅したオレたちは、引っ越し作業で疲れていたにも関わらず、ほろ酔いのいい気分のまま散々愛し合ってしまった。
 拝啓、宮城リョータくん。余計なお世話だとか言ってスミマセンでした。オレもまたまだ若いので、そういうアレには勝てませんでした。
 奮発して購入したキングサイズのベッドの寝心地はこれ以上ないってぐらいに最高で、取り急ぎこれだけは組み立てておいて良かったと、寝落ちする寸前に心の底から思った。
 自分以外の温もりを感じて目覚める朝という幸せを噛みしめながら、彼女を頬にかかっている色素の薄い髪を梳く。
 同棲する前、どちらかの部屋で目覚める朝は大体彼女の方がオレよりも先に起きていて、部屋の中をいい香りで満たしながら「朝ごはん、もうあるよ」と目覚めたオレに声を掛けてくれていたのだが、さすがに今日の彼女はまだまだ起きる気配がない。
 引っ越したばかりで買い物なんかには出ておらず、更に昨日の夜は外で済ませてしまっていたので、確認するまでも無く冷蔵庫の中身は空である。
 そうだ、彼女が目を覚ましたら、この部屋を内覧した時に見かけた近くのカフェのモーニングにでも行ってみよう。今日は天気が良さそうなので散歩するにもちょうど良いだろう。
 それまでは、まだもうしばらく目を覚ましそうにない彼女の寝顔を堪能させてもらうことにしよう。
 オレの腕を枕にしながら無防備に寝顔を晒し、すうすうと静かな寝息を立てているのをこのまま眺めていたら、きっと彼女は「ずっと見てたの!?」なんて起きがけ早々に頬を赤らめ、羞恥のあまりその眉を吊り上げるに違いない。
 そんな想像をしていたら、無意識のうちに緩くなった口角が上がってしまっていた。
 柔らかくて血色の良い頬へ軽めに唇を寄せながら、ゆったりとした心地の良い休日の朝と、どうしようもなくあたたかな幸福感をもう少しだけ味わわせてもらうことにした。

 ***

「寝顔なんか見てないでさっさと起こしてくれたらよかったのに!」
「いやだっておまえ、めちゃくちゃ気持ちよさそうに寝てたからよ。起こさなかったオレの優しさを汲めって」
「……私、ヘンなかおしてなかった?」
「あー、よだれ垂らして半目だったけど、オレぁ別にそんなん気にしねーよ」
「よだれに半目……!?」
「ハハハ! バーカ、ウソだよ」
「決めた、今後一生何があっても寿くんのほう向いて寝ない!」
「おうおう頑張れ、でもできねーことは言うもんじゃねえぜ」
「出来ます!」

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