( ファミリーパーティーに参加する三井寿 ) 「オレ髪上げたほうがいいか?」 リビングのソファーに座りながらハンドバッグの中身を整理していたら、いつの間にか洗面所にいた筈の彼が眉根を寄せながら私の前に立っていた。 淡い水色のシャツの上にジャケットを羽織り、ダークグレーのパンツというスマートカジュアルなスタイルで現れた彼──こと旦那さまである寿くんを見上げながら「やっぱりこの人、黙ってるとすんごい男前なんだよなあ」と一緒に居すぎるせいでぼやけてきた認識を改める。 180センチを超える上背に、キリッとした眉。眉間に皺を寄せる癖が少しばかり神経質そうなイメージを与えてしまうが、ちょっと会話をすればそうではないことをすぐに気づいてもらえるだろう。 私の会社で行われる“ファミリーデー”という名のラフなパーティー。社員の家族が職場を訪れ、企業や仕事内容についての理解を深めたり、同僚家族との親睦を深めたりするのが目的である。また、従業員同士お互いに大切な家族がいることを意識して、職場で尊重しあうことがモチベーションアップにも繋がる……と考えられているらしい。 そんな面倒くさいイベントがあることを寿くんに伝えたら、彼はすぐに「おういいぜ、全然行く」と参加を承諾してくれたのだ。 「うーん……お出かけの時とかに髪の毛キッチリセットしてる感じ、すごく好きだよ」 分けてるのとか実は結構好み、と正直に伝える。すると寿くんは、その目をぱっと丸くしてから柔らかく細めて「お、じゃあそうするわ」と表情を緩めた。 「おまえもその、髪とか巻いてんのいいな。普段と違う感じで」 ぽりぽりと鼻の頭を人差し指で触りながら、どこか照れた様子で言ってくれたことがうれしくて、素直に「ありがとう」と伝える。 そうなのだ、この男はこの見てくれに加えてこんな風にかわいらしいところも合わせ持っているのである。バカみたいに大きい声でゲラゲラ笑ったり、時々ちょっとガラの悪さが出ちゃったりするけれど、黙って立っているだけならば確実に目を引くであろうことが容易に想像出来た。 しかし、私の中には「あんまり目立たないでほしいな」と思う気持ちが芽生えてしまっているわけで。 「……寿くん、やっぱり髪型そのままでいいと思う」 「なんでだよ、セットしてんの好きなんだろ?」 「好きだけど……。カッコよすぎる旦那さん、みんなに見せるの不安かも」 初めて夫婦でファミリーデーに参加することを伝えたら、同僚たちから「旦那さんに会うの楽しみ!」と言われたことを思い出した。 それを素直に白状すると、寿くんはぱちくりと二度ほどまばたきをしてからしゃがみこんで「それでいいんだよ」と私の頭の上にその大きな手を置きながら言った。 「今日オレがついてく理由はな、牽制しに行くためなんだぞ? 変なヤツがおまえに手ェ出そうって気、起こさねえようにな」 だからオレもカッコいい姿でおまえの横に立ってねーといけねーわけ、と続けた寿くんの台詞を咀嚼するのに、少々時間を要してしまった。 ようやく「そんなのあるわけないじゃん」と左手のリングを見せつけながら言い返してみたが、彼は「いーや、おまえは何もわかってねえ」と呆れ返った様子で盛大にため息を吐いた。なんだかバカにされているみたいでちょっぴりムッとしてしまう。 「オレだってな、キレーな奥さんをしらねー野郎がたらふく居る所にひとりで行かせたくねーって思ってんの!」 「キレーな奥さん……」 その単語を噛みしめるように繰り返したら、寿くんは訝しげに目を細めて「なんだよ」と言った。 「それ、もしかして私?」 「あ? おまえ以外に誰がいんだよ」 「なんでそういうことサラッと言えちゃうの? ちょっとこわい」 「オレぁおまえが寝起きで目ェ開かねー時も、眉毛無い時も、風呂上がりにパックしながら頭にタオル巻いてる時も好きだぜ」 「そういうのはあんまり好きでいてくれなくていいです」 褒めてんだから素直に受け取っとけ、と強めに額を小突かれて「いたい!」とその手を振り払う。それが照れ隠しであると気づいたらしい寿くんは、どこか満足げにニヤリと笑ってから「じゃ、オレは奥さんの好みの男になるために髪でもセットしてくっかな」と洗面所へと踵を返した。 index. |