( サラリーマンの越野くん視点 )
( 階下のハレーションブルーの仙道さん )

 昼休み。高校時代の先輩である池上さんから「大ニュースだぞ」と突然飛んできたメール。その文章の下に貼り付けられていたアドレスに飛ぶと、それは仙道が所属しているプロリーグチームの最新情報らしかった。
 そして、飛び込んできたのは「仙道彰選手入籍のお知らせ」という衝撃的すぎる文章だった。
 会社の外で買ってきた弁当に入っていた唐揚げを口に含んでいたオレは、むせこみそうになるのを堪えてなんとか咀嚼し、それをようやく飲み込んでからもういちどその文章に目を走らせる。

「せ、仙道が入籍……!?」

 2年と少し前に日本に戻ってきた仙道は、トライアウトを受けてプロチームに入団すると1年目からまさに八面六臂の大活躍を遂げた。
 最終節など、あの流川と見事なチームワークを見せ、同じチームでプレーしていた高校の時以上に磨かれた魅せる動きには、悔しさどころか湧き上がる憧憬に似た高揚感で思わず泣きそうになったほどだ。
 チームを発足後初となるリーグ優勝に導き、プロ1年目からルーキーならざる活躍を見せた仙道はそのまま2年目も主力として活躍し、リーグ戦を終えたのがつい1週間前のこと。それがまた凄いことに今年の結果は2連覇である。
 ちょうど1年前、プロ初年度終了とリーグ優勝を祝う為、リーグ戦のシーズンオフにあの時代のメンバーと魚住さんの実家である店に集まった。
 少しだけ遅れて登場した仙道は「あれ、オレが最後?」なんて高校時代と全く変わらない緩い表情で言った。
 それから1年経った今。
 まさか、結婚なんかいちばん縁がなさそうだったあいつが。いや、素直におめでたいことだとは思うが、何よりも今の今まで知らなかったことが悔しい。
 なんだよ、そういうこと全然報告してくれねえのかよ。

「いや、言うタイミングなくってさ」

 報告はしようと思ってたんだぜ、なんて眉尻を下げながら手を合わせ、申し訳なさそうに背を丸めて言う仙道の左手薬指には銀色のシンプルなリングが光っていた。
 魚住さんの店を貸し切って集まったオレたちは、相変わらずほんの少し遅れて現れた仙道が席につくや否や、にじり寄りながら根掘り葉掘り聞き出すべく取り囲んだ。
 最初は「うーん」とかなんとか言いながらのらりくらり躱しつつ言葉を濁していたヤツも、白状しなければこの状況から逃れられないことを察したのかぽつぽつと質問の嵐に答え始めていた。
 相手はひとつ年上。たまたま越してきたマンションの上の部屋に住んでいて、なんと彦一と同じく週刊バスケットボールのスポーツライターらしい。
 それを聞いた福田がピンと来た様子で「それってもしかして」とひとりごとのように呟いて仙道の方へ視線を向ける。そんな福田の呟きの意味を察した様に、まだ少し困ったような表情の仙道がこくんとひとつ頷いた。
 違うチームではあるが、同じくプロリーグで活躍している福田にはその相手がどの人物なのか思い当たったらしい。
 出会ったのは取材か、と池上さんが問うたが「えーとそれよりは少し前なんですけど、まあいいじゃないですか、そこら辺は」とその部分だけは何故か頑なに答えようとしなかった。

「おまえ、高校ん時はもう女の子めんどくせーやとか言ってたくせに」

 試合では女子からの黄色い声援が飛び、バレンタインにはギッシリ詰まった紙袋を両手に下げながら「困ったな」なんて言っていた。
 そんな現実味のないエピソードを作っていた仙道は、この通りマイペースで飄々としているので、束縛されたりなんかするのがとんでもなくイヤだったらしい。
 物は試しと付き合ってみた女の子とも長く続いた試しはなく、いつの間にか特定の相手を作ることはなくなっていた。
 陵南を卒業してからもちょくちょく連絡を取っていたが、彼女がどうだとかそういう話が出ることは一切なかった。
 たぶん、こいつは生涯己の気の向くまま自由に、そして好きなように生きていくんだろうな、と思っていたので、あのニュースを読んだ瞬間のオレの顔はまさに鳩が豆鉄砲を食らったような表情だったと思う。

「オレ、相変わらずめちゃくちゃ面倒くさがりなんだけど」

 そんなことよりも傍に居てほしいって思っちまうような人なんだよ、と珍しくほんの少し照れたように笑う仙道の表情を見ていたら、オレの方まで恥ずかしくなってきた。

「……なんだよ、ベタ惚れじゃねえか」
「うん、奥さんのことめちゃくちゃ好き」

 オレ以外の男に掻っ攫われちまうのすげーイヤだったんだよなあ、と続けながら仙道はウーロン茶で喉を潤した。
 うわ、どうしよう、なんかすごいカユくなってきた。
 いつの間にかカウンターから出てきて、傍に座っていた魚住さんが「人間、何がどう転ぶかわからんな」なんて言っている。

「魚住さんはどうなんですか? この店の跡取り問題っていうか彼女とかは」
「越野、今オレの話はどうでもいいだろう」

 あ、こりゃまだアテが無いんだな、と察してしまった。まあ、かく云うオレも半年前に彼女と別れたばかりなわけですが。
 そんな会話をしていたら「遅れてすんまへん!」とようやく彦一が到着した。
 相も変わらず賑やかな調子で入ってきた彦一は、席に着くなりすぐに「おまえはいつから知ってたんだ!?」「仙道の相手ってどんな人なんだ!?」とあっという間に囲まれていく。
 その様子を見遣りながら、戦友の新しい門出と、変わらないこの懐かしい雰囲気に喉を伝うビールが沁みた。

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