「それ、演劇部のチラシじゃねえか」

 教室に戻ってきたら、いつの間にかうちのクラスに来ていたらしい三井がひょっこり顔を覗かせ、手に持ったままだったチラシをつまんで引ったくった。
 先ほど、転びそうだったところを助けてくれた女子生徒に手渡されたカラーのチラシ。三井はそれをオレに返すと「なかなかクオリティ高えって評判だぜ、うちの演劇部」と言った。
 チラシの中で洋風な衣装を纏った男女は演劇部の部員だろう。正面に配置された凛々しい男性は西洋剣を構えている。
 っていうか、こんな綺麗な男子生徒がうちの高校にいたのか。いたら目立ちそうだから、おそらく下の学年の生徒だろう。

「これ、オレのクラスのやつだぜ。普段は普通の女子にしか見えねーのに、公演になるとめちゃくちゃ変わんだってよ」
「え……? この人女子なのか!?」

 ポスターをまじまじと眺める。ふと脳裏をよぎったのは「私、演劇部なの!」と言った彼女の顔だった。
 いや、でもまさか、そんなことって。

「その、彼……じゃない、その子って身長普通ぐらいで人懐っこそうで表情豊かな感じの……?」
「あー、たぶんそいつ。すげーよな、化粧ってのは」

 化けるって書くもんな、と顎に手を当てうんうんと頷いている三井と、チラシの中の彼……もとい彼女を交互に見やる。先ほどの彼女の顔と、凛々しい彼の顔が重なる。確かに、言われてみれば面影はあるような気がしてきた。
 確か演劇部って男子部員もちゃんといたはずだ。それを差し置いてこうしてトップを張っていて、加えてさっきの男前な対応である。
 うわ、オレの方が男なのに勝てる気がしない。っていうか完全敗北だ。
 ……ん? なんでこんなことを考えてしまっているのだろう。

「っていうか三井、おまえはなんでここにいるんだ! 早く帰れ!」

 そう怒鳴ったのはまだドレス姿の赤木だった。クラスメイトの女子にドレスのあちこちを手直しされているため動けない状態だが、顔だけをこちらに向けて羞恥のあまりわなわな震えている。

「ぶっ、ふふふ……! それにしても赤城に木暮、オメーらその格好……!」
「うるせえ! つまみ出すぞ!」

 もう一度赤木は怒鳴ったが、瞬間「ちょっと赤木くん動いちゃダメ!」と女子生徒にピシャリと言い放たれてしまい「す、すまん」と小さくなってしまった。

「ところで、三井は自分のクラスの準備手伝わなくていいのか?」
「オレぁ当日の調理担当だから前日の買い出しまで仕事ねえんだよ」
「なるほど、まだクラスで浮いていると見える。かわいそうに……」
「ハァ!? ンなわきゃねーだろこのゴリ美が!」
「ゴリ美じゃねえ! タケ子だ!」

 相変わらず賑やかな2人のやりとりを眺めつつ、もう一度手に持ったチラシへと視線を落とす。演劇部の公演を観たことは今まで一度もなかったけれど、今回は観に行きたいと思う。そうだ、この時間のシフトは外してもらうように頼んでおかないと。
 そんなことを決意した瞬間「木暮くん、戻ってきたなら早くこっち来て!」と声をかけられる。ちゃんとドレスの前を持ち上げてから歩き始めることを忘れずに、呼ばれた方へと踏み出した。

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