( 流川楓という男 )
( 短編のスイートスリープセンセーションの続き的なお話 )

 チッ、なんでアイツばっかり、と眉間に皺を寄せながら三井さんがごちた。
 練習中に女の子たちが体育館の入り口をふさいでキャーキャー言うなんてことは、オレが湘北バスケ部に入部してから見たことがなかった。自分で言ってて悲しくなってくるが、そうなんだから仕方ない。
 だけど今は違う。っていうか復帰してから驚いた。「キャールカワくーん!」「ステキィー!」なんてまさに黄色い声ではしゃぐ女の子たちが毎日毎日飽きもせず練習を見に来ているのだ。
 花道や三井さんなんかは「うるせえ」だの「なんであいつばっかり」だのとイライラした様子だけど、逆にそんなみじめな様子を見ていると自分は冷静になれる。だってオレにはアヤちゃんがいる。オレの女神だって毎日そこで見ててくれてるもん。でもそんなことは口には出さない。だって「アタシはアンタの事だけ見てるわけじゃないわよ」という釣れないセリフで打ちのめされることがわかっているからだ。あれ?なんか悲しくなってきた。

「整ったツラか?オレよりたけー身長か?バスケのセンスならどっこいだろ」
「そうだそうだ!無口無表情な万年寝太郎ギツネなんかより、湘北バスケ部期待の星、この天才桜木の方がよっぽどミリョク的だというのに」
「それはねえな」
「なんだとミッチー!」

 休憩中にタオルをかぶってドリンクを飲む流川をじっとりした視線で眺めながら、ぶつくさとなにやら言っている三井さんと花道。アンタらの残念なのはそういうとこだよ、と思いつつ、面倒だからほっとくことにしよう。

「流川はさ、オンナンコには全くキョーミねえんだな」

 そう声を掛けながら後輩の横に腰を下ろす。ちらりとオレの方を見やった流川は、また視線をまっすぐに戻して「声が耳にキンキン響くし、よくわかんねーし、ジャマだし得意じゃねーッス」と淡々と言い放った。

「モテるヤツの言うことはちげーな…。あんまりあいつらの前で言うなよ、それ」

 流川は不思議そうな表情で小さく首を傾げている。

「好きな子がいるってさ、めちゃくちゃいいぞ。アヤちゃんがオレの前通ったときめっちゃイイニオイするしさ、なんつーかこう、頑張ろうってなるし」

 おまえにはまだ早いかな、と背中を叩いてみる。聞き流されて適当に「そッスか」とか言われるもんだと思っていたけれど、オレの予想に反して流川は何かを思案するように目を細めて腕を組んでいた。

「それは知ってる」
「……は?」

 知ってる?何がだろう。アヤちゃんがイイニオイするってことをか?
 思わず拳を握りかけたが寸でのところでそれを抑えた。だって目の前にいる流川楓という1年坊主はアヤちゃんと同じ中学の出身で先輩後輩同士だし、なにより言葉少なでいつだって主語がない。話を聞かなければ。

「キャーキャー騒がねー人ならいいと思う。やわらけーし、よく眠れる」
「な、な? 何言ってんだオマエ」
「前の席の人のひざまくら」
「え?」
「よく眠れるから結構好き」

 センパイも彩子センパイにお願いしてみたら?なんていっている流川の相変わらず無表情な、そしてムカつくぐらい整った顔を見ながら、オレは混乱していた。何を言ってるんだこいつは。っていうか前の席の人って誰だ?こいつのクラスの女の子の事か?

「流川、おまえ女の子に膝枕してもらってんの…?」
「時々」
「えー…」
「オススメ」
「ううーん……」

 前の席の人だけだけど、と続ける流川の声がなんだか遠くから聞こえるような気がしてくる。なんだろう、なんなんだろう。理解が出来ないというか、コイツやっぱり宇宙人か何かなのかな。

「あ、でも前の席の人のヒザはセンパイでも貸せねーッス」

 オレのだから。
 そう言い切った流川の顔を見つめながら、休憩中だというのにめちゃくちゃに精神的に疲弊している自分がいることに気が付いた。
 流川楓、なんておそろしい男なんだ。

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