6.

「ちわー、宮城ッス。こっちはオマケの三井さん」

 インターホンのカメラにはヒラヒラと顔の横で手を振る宮城くんと、その後ろで不機嫌そうにポケットに両手を突っ込んで「テメーがオマケだろ」とムスッとしながら言い返している三井くんがいた。
 私は「はーい」と返事をして鍋の火を止め玄関に向かう。テレビはいつの間にか夕方のニュースが終わり、バラエティ番組に変わっていた。

「お邪魔しまーす、うわ、すげーうまそうなにおいする!」
「あ、宮城くんスリッパ使う?」
「別にいいッスよお構いなく。そういえば三井さんめちゃくちゃ足洗っててさ、バッシュ臭いからって」

 後ろにいた三井くんが「このヤロウ!」と思い切り宮城くんの後頭部を叩いた。「いってえな! アンタが気にしてたんだろ、足臭くねえかなって! いたっ!」そして二発目。昼間目の前で見たものと変わらない、そのコントみたいなやりとりについつい笑ってしまう。

「苗字さん、これ土産」

 三井くんが差し出してきたのは大学近くの洋菓子店のケーキだった。開くとキラキラしたタルト、モンブランにショートケーキが入っている。ずっと気になっていたお店のケーキだ。今度食べに行こうかと友達と話をしていた。
 既にテーブルの前に座り込んでいる宮城くんが「ちなみにここのやつお土産に持ってこって提案したのオレなんで」と手を上げながら言っている。

「すっごくうれしい、あとでみんなで食べようね! でも気を使わなくていいのに」
「気持ちだ気持ち。で、なんか手伝うことあるか?」
「ううん、平気。座ってて」

 じゃあ皿だけでも運ぶわ、と言って三井くんはお皿がしまってある棚から深めの取り皿を三枚取り出し、テーブルに持って行った。
 一緒にご飯を食べたあとでいつもお皿洗いを手伝ってくれているせいか、すでに場所を覚えてしまっているらしい。まさに勝手知ったる人の家だ。

「キムチ鍋!」
「すげえ食欲そそられるにおいしてると思ってたんだよな」

 テーブルの上に置いておいた鍋敷きの上にお鍋を運ぶと、宮城くんが歓声をあげた。今日は普通に自分が食べたかったからこれにしてしまったけれど、どうやら二人とも好きらしいのでほっとした。

「いつもはすごく辛くしちゃうんだけど、今日はお客さん用に味噌キムチ鍋にしてみました」
「名前さん、辛党なんスか?」
「うん、辛いの大好き。カレーとかもすごく辛くしちゃう」
「じゃあ次はカレーだな」
「三井くん、辛いのダメそうなイメージあるんだけど大丈夫?」
「ナメんなよ、めっちゃ汗かく程度だ」

 あんま得意じゃねーってことじゃん、と笑う宮城くんを三井くんがうるせえと小突く。
 はいどうぞ、と二人にお箸を渡して、私はおたまを持って取り皿に取り分ける。とりあえず最初だから取り分けてみたけど、このあとはどうぞご自身でというスタイルでいこう。

「んだこれめっちゃウマイ!」
「だろ! そうだろ! オレ言ったろ!」
「いや、なんで三井さんが得意げなんだよ。名前さんがスゲーんだってば」

 何故かドヤ顔している三井くん。どうやら二人の口にあったようで、ガツガツ食べてくれているので安心した。
 それにしても、我ながら上手いこと三井くんの手のひらの上でコロコロ転がされてしまっていると思う。
 だけど、こうしてこの人が目の前で喜んでくれる姿を見ていられるなら、例え都合のいい食堂のおばちゃんポジションだとしてもまあいっか、と思えてきてしまう。三井くんのうれしそうな顔を見ていると、なぜか苦しいほどの幸福感を感じてしまうのだ。


***


「コイツ、食うだけ食って寝やがって」

 部活の後で疲れているせいか、それとも満腹のせいか、宮城くんはいつの間にかテーブルに突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。
 私は彼にブランケットをかけてから、空っぽになったお鍋を片付ける。三井くんも取り皿とお箸とコップをキッチンに運んできてくれたので、いつも通り並んで一緒に洗い物をする。彼は私が洗った物をぱっぱと拭いて、てきぱきと棚へ片付けてくれた。

「ところでさ」
「うん、なに?」
「迷惑だったらマジで言ってくれていいから、飯のこと。断ってくれていいし」
「いつも言ってるでしょ。楽しいからいいの」

 三井くんと私は手を拭いてから宮城くんが突っ伏しているテーブルに戻る。

「オレさ、練習終わったらうめえ晩メシ食いながら苗字さんと話できるなって思うと、めちゃくちゃ熱入んだよな」
「そうなの?」
「おう。今日も最初ん時も」

 そう言った三井くんはちらりと私の方を見て、目があうと下を向いてガシガシと頭を掻いた。
 そこで私は気づいてしまった、彼の耳が少し赤くなっていることに。そういえばこのあいだもそうだった。隠さないストレートな言葉を伝えてくるくせに、三井くんは意外と照れ屋さんだ。
 うれしい気持ちが留まらなくて、私は無意識にニヤニヤしてしまっていたらしい。「おい笑うなよ」とまだ照れくさそうな三井くんに咎められる。
 照れちゃうなら言わなければいいのに。でも、私が楽しいなって思っていた時間を、三井くんも楽しみにしてくれていたのだという事実に胸の奥がきゅうっと鳴った。
 ずっと思っていた。なんだろう、この感じ。苦しくてたまらないのに、それでもいやではないこの気持ちの正体を、私はきっともう知っている。

「えへぇ、腹いっぱいだよアヤちゃん……」
「本当にしょーもねえヤツだな」

 寝言を言う宮城くんのおでこを軽く人差し指で小突く三井くんの表情は優しい先輩の顔だ。
 ぶっきらぼうで言葉も乱暴だけど、いつだって気にかけてくれる優しい三井くん。ごはんを食べている時と、くしゃっと無邪気に笑う時はこどもみたいな三井くん。いろんな三井くんを知ったけど、私が知らない三井くんがいる。いちばん知られているはずの彼の姿を私はまだ知らないのだ。
 その姿をちゃんと自分の目で見ることが出来たなら、私はこの気持ちの正体を認めてあげられるかもしれない。


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