夢であるように


 そこは知らない世界だった。
 どう知らないかと言えば、そんなに明るく透き通る世界を遊星は見たことがなかった。
 透き通る世界の中で、彼の笑顔は光そのものだった。
 くるくると変わる表情、苦しみや喜び、涙すらも輝いている。
 ツンツンととがった青藍の髪に赤い前髪が鮮やかで、吸い込まれるような深い真紅の瞳が目を引いた。
 幼い体は伸びやかで、元気一杯に動き回る。
 誰にでも向けられる華やかな笑顔に見ているほうが明るくなれる気がした。

 これは夢だ。

「また、この夢か。」
 最近何度も見るようになった、色鮮やかな夢。
 目を開けて見慣れた天井を見ると、いつにもまして、それがくすんでいるように見えた。
 この世界は、苦しみと理不尽が目に見えて存在する。
 きっと人間が生きる世界に不条理はなくならないのだろうが、夢の中の世界は、少なくとも子供が世界の理不尽を知らずに生きられる世界だった。
 そんな世界であればいいと、親ならば誰でも思うのだろう。
 あれは誰だろう?
 夢の登場人物なのだから考えてもしかたないのだが、ありえない世界だと思う一方で、あまりにもリアルな世界だった。
 彼の事を思い浮かべると、自然に口元が緩む。
 デュエルに向かう彼の未熟さすら、愛しい。
 子供どころか恋人すらいない遊星にとって、これが父親から子供を見る目線なのだろうかとも思えるが、なんとも確かめようがない。
 彼の夢を見るようになって、もう何度目だろうか?
 はじめはただ無邪気な彼だったが、薄く青く透き通る存在が彼の横に浮かぶようになってから、彼のデュエルは激変した。
 成長には障害がつきものである。
 青い存在が現れてから、彼のデュエルは重たいものになったようだった。
 顔の悲壮感が違う、一手一手、ドローの重みが違う。
 遊星にとってそれは馴染んだものであった。
 自らの存在と、時にはもっと大きなものを賭けたデュエルの仕草。
 一手一手が彼を成長させていった。
 だが、
「そんなに、辛いデュエルをしなくていいんだ……」
 遊星はぽつりとつぶやいた。
 夢の中の君。
 光のような君。
 太陽のような君。
 君には無邪気な笑顔が似合う。
 そんな、押し殺したような顔でカードを引くのは似つかわしくない。
 何度、手を伸ばそうとしただろうか?
 その度に自覚した。


 これは、夢だ。


 心が痛い。
 夢であるからこそ、遊星は彼の手助けはできないのだ。
 いつの間にか、夢は毎日遊星の休息を蝕むようになっていた。
 眠るたびにやつれる遊星を仲間たちが心配する。
 だが、なんと言えばいいのか遊星にも解らなかった。毎日見る夢が原因だなどと、余計な心配はかけたくない。
 彼の手助けがしたい。
 彼の盾になりたい。
 彼を抱きしめたい。
 

 ある日、彼は泣いていた。
 大事なものを無くしたと泣いていた。
 抱きしめたいと思ったが、やはり遊星の手は彼に届かなかった。
 それでも懸命に手を伸ばす。
『俺がいる!』
 俺が守る。俺がお前の代わりに戦う。お前を傷つける全てを許さない。
 けれど遊星の声は、彼に届かなかった。
 これは夢だ。
 夢でなければいけない。
 現実のはずがない。
 彼が傷つき涙する。それを助けることもできない。こんな現実があるはずがない。
 夢だ。
 夢であるように、遊星はそう願った。
 そうでなければ、何も出来ない自分を許せるはずがない。
 目覚めた時、頬と、髪の中が塗れていた。
 ぺたりと貼り付く髪がきもちわるい。


 夢で、あるように。


 そう願ったのに。



 




 


 




こんな時空超越恋愛とかどうでしょう?
(130219)


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