塵となるほどに


 全てが終わって、遊馬とカイトの間には、二人を隔てるものがなくなった。
 最大の障害であったハルトは、これで大好きな遊馬と大好きな兄がずっと一緒にいられるのだと喜んだが、そうはならなかった。
 カイトは、罪を重ねるように逢瀬を重ねていた頃と同じように、まれに、ひっそりと遊馬に会いに行くだけだ。
 何故だろうかと思う。
 兄は自分の傍にいつもいてくれた。
 それこそ身体がボロボロになっても笑顔だけを見せて。
 それが兄の愛し方なのだと思う。
 何を犠牲にしてもずっと傍にいて、ずっと愛してくれる。
 ハルトは、もうすでにカイトに守られるだけだった頃とは違うのだ。
 いずれ自分自身を守る力を手に入れて、自分の足で歩き出し、そして誰か守りたい相手を手に入れるのだ。
 それが兄弟というもの。
 だから、兄はもう一つの守る対象、遊馬の傍にいていいのだ。
「ねえ、兄さんはどうして遊馬の傍にいないの?」
 余りにも進展しない二人にじれったくなったハルトは、ある日の夕食時、カイトにそう訊ねた。
 兄は少し驚いたような顔をして、それからうっすらとやさしく笑った。
「俺は、遊馬の傍にいないほうがいい。」
「そんなことないよ!遊馬だって傍にいて欲しいって思ってるよ!」
 ハルトがそう食いつくと、カイトは違うんだと困ったように笑った。
「天城の人間は、一つのものを愛すべきじゃない、もっとたくさんのものを大切に思うべきなんだ。」
 そうしないと、世界を壊してしまうから。
 愛するものすら壊してしまうから。
 カイトは、無我夢中で弟を守ろうとしていたとき、それこそ父からも守ろうとしていた時には思いもよらなかった、『天城』の血の業のようなものを先頃の戦いで知ってしまった。
 父にも自分にも、倫理などと言うものはない。
 ただ一人の親友すら生贄に捧げるほどに、迷いも容赦もない。
 もし父が全てを告げていたなら、迷いも苦しみもなく、容赦なく魂を狩っただろう。
 ナンバーズがハルトを癒す『はずだ』という確信に至らない曖昧な状況だったからこそカイトには迷いがあった。
 迷いがあったからこそカイトは苦しみ、苦しむからこそ、人でいられた。
 人でなくなることをあっさりと受け入れられる、そういう人間であると自覚するという、もう一つの苦悩こそが、父がカイトに与えたくなかったという苦しみなのだろう。
 理性と道徳知識を持ったままそういう自分を自覚するのは、自分の正しさを妄信するのとは比較にならない苦しみだろう。
 世界の全てを犠牲にしてもただ一つの愛を守る。
 最後まで愛するものを守るために自分自身を守る。
 足元に踏みつけられるいく億の命があろうと、迷いもなければ傷つきもしないだろう。
 アストラルは遊馬と自分が似ているのだと言った。
 心の奥に抱えた寂しさが、似ているのだと言った。
 だが、根本的なものが違う。
 彼はその寂しさゆえに世界の全てを愛する。
 自分はその寂しさゆえに唯一つのものを愛する。
 今、ハルト以外に愛していると言える存在である遊馬が、たくさんのものを愛するのなら、自分も遊馬の大切にするものを大切にしたいのだと思う。
 そうして守る対象を増やせば、自分は世界を壊さずにいられる。
 だからこそ、遊馬の傍にいることは、漠然とした恐怖を感じさせた。
 遊馬の自分に向けられる感情が怖い。
 重い想いを向けられるほどに、遊馬を中心に世界が沈み込んでいくように思えた。
 自分の想いは世界を潰してしまうから、細かく砕いてしまわなければいけない。
 細かく細かく塵のように細かく砕いてしまえば、きっと普通の恋ができるから。
 それには、少し離れているくらいが丁度いいのだ。
 


 兄の言わんとすることは、ハルトにはよくわかった。
 ハルトもまた天城の人間だったから、兄と父の抱える闇はよくわかる。
 もしかしたら自分の中にも同じ想いがあるのだろうかとも思う。
 けれど兄さん。
 ハルトは穏やかな兄の横顔に心の中で呼びかけた。
 あれには通じないんじゃないのかな?
 遊馬であって遊馬でない存在。
 金色の光、絶対の力。
 惹かれずにはいられない輝き。
 金色の髪とオッドアイの瞳を持ったあの高次の存在が、兄を手招いたら、兄の努力はそれこそ塵となるだろう。
 兄とZEXALが手を携える姿は、とても美しいだろうとハルトは思った。
 ZEXALがもし、ハルトがアストラル界に行った行為の報復として地球を滅ぼそうとしたなら、兄は従ってしまうのかもしれない。
 それでも、異次元の手先となって地球を滅ぼそうとする兄でもハルトは違和感なく受け入れられる気がした。
 なるほど、やはり自分もまた天城の人間なのだ。
 家族と遊馬とアストラルと。
 ハルトにとっても大切な存在はそのくらいしかない。
「兄さんはきっと、遊馬に惹かれているくらいで丁度いいんだ。」



 この星が塵となるほどに。
 天城の恋は深く重い。

 
 





遊馬に夢中にならないようにカイトは自制するけど、
きっとゼアル様の前では無駄だよね、カイゼア美味しいです。
あとハルアスも。
(121011)


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