砂の上に築くもの




「見つかった・・・?」

 電話で姉がそう言っているのを聞き、遊馬はぴたりと動きを止めた。
「はい、わかりました。DNA鑑定ですね、明日伺います・・・」
 DNA鑑定とは何だろう?アストラルは遊馬にそれを訊ねようとして、遊馬の様子がおかしいことに気付いた。
 明里が電話を切り、大きなため息をついて、リビングのソファに身を投げ出すと、それが合図だったかのように、遊馬は自室へ飛び込んだ。
 その勢いのままはしごを駆け上がると、大きな茶色のトランクの上に広げたままになっていたカードをかき集めて、胸に抱きかかえるようにうずくまった。
 話しかけてもいいものだろうか、アストラルは迷う。
「遊馬・・・?」
「・・・っなんでだよ!!」
 突然の叫びに、アストラルの方が驚く。
「なんでだよ!なぁ!俺、あきらめない、絶対に!父ちゃんが言ってたんだ!!あきらめなければ夢は叶うって!!必ず・・・必ず叶うって・・・」
 アストラルを見上げる真紅の瞳は、あふれ出る涙にきらきらと輝く。
 ふき取る事すら忘れて頬を零れ落ちる涙は、パタパタと床に滴った。
「死んだなんて!嘘だ!!うそだうそだうそだうそだ!!!っぁあああああああ!!!!」
 アストラルに見られていることもどうでもいいというように、泣き叫ぶ遊馬に、アストラルは今度こそ本当にかける言葉を失った。

 唐突に理解したのだ。
 
 
 寂しさと恐怖。
 それが、強さの源。


 遊馬、これが、君の心の闇か。


 明るく前向きで、あきらめることを知らず、ただ全力で挑戦し続ける。
 傍目にはバカで深く悩んだりしないように見えるお人よし。
 真っ直ぐに伸びる若木のように、天を目指す塔のように。
 戦った者たちを魅了し引き付けずにはおかないその輝きが、こんなにも弱い土壌に築かれたものだったとは、誰が知るだろうか。
 信じれば、叶う。
 強く願えば、叶う。
 挑戦し続ければ、叶う。
 それはただのすり替えだ。
 順序が逆なのだ。
 信じれば叶うのではない、叶う未来しか認めたくないために、信じ続けるしかないのだ。
 

 なんと、もろい。 


 床に額を擦り付けるようにして、くぐもった声で泣きつづける遊馬の姿に、アストラルは流れ落ちていく砂を見るような思いを持った。
 今、遊馬を支えるものが、流れ落ちていく。
 立つべき大地を失って、この先遊馬は立ち上がる事ができるのだろうか?
 何かを信じることができるのだろうか?
 遊馬という心は・・・
 頼りなく小さな背中に、そっと手を重ねる。
 自分では遊馬の支えにはなれない。
 遊馬の立つ大地が柔らかな砂だとすれば、アストラルの存在は宙に浮いている状態そのものだ。
 触れることすらできずに、どう支えるというのだろう。
 けれど、
「遊馬、私は君を信じている。」

 君を支える全てが消えても、君が君であることを、信じている。
 
 はじかれるように遊馬の顔が上がると、思うより近くにお互いの顔があった。
 遊馬の目は、白目まで赤く充血して、大きな瞳が更に大きく見えた。
 アストラルの瞳は、揺れることのない金色の輝きで、月のように見えた。
 すがるように伸ばされた遊馬の腕はアストラルの身体をすり抜ける。何も掴めなかった手をじっと見つめてから、遊馬は腕を下ろすと、アストラルを見上げる。
「・・・アストラル。」
 ぽつりと、呟く。
 言葉と共に、再び涙が滝のように溢れた。
「アストラルアストラル、アスットラル・・・アストラル・・・・・・」
 繰り返される呟きが、嗚咽にゆがむ。
 遊馬が目の前で傷ついて、涙を流していても、触れることすらできない。
 アストラルは、自分の名を呼び続ける遊馬を抱きしめるように腕を伸ばし、遊馬の耳元に唇を寄せた。
「遊馬、私は君の傍にいる。君と、君の信じるものを、信じている・・・」
 アストラルの存在で、唯一確かなもの。
 他の誰に聞こえなくても、遊馬にとっては間違いなく存在するもの。


 それは声だ。
 

 遊馬はアストラルの名を呼び、アストラルは傍にいると囁いた。
 それは二人だけの儀式にも似て、泣き疲れた遊馬が床に崩れ落ちるまで、窓から差し込む月の光の中で続けられたのだった。



*   *   *



 学校からの帰り道、意を決して遊馬は口を開いた。
「あの、な、アストラル・・・」
「なんだ、遊馬。」
 後ろを漂いながらついてきているとわかっていながら、遊馬は振り返ることができなかった。
 とてもじゃないけど恥ずかしくて。
 結局、DNA検査の結果、見つかったのは遊馬となんの縁もない人物で、他国のよく似た背格好の人だったらしい。
 明里からその知らせを聞いた遊馬は、目に光を取り戻すと同時に、赤面するほどの恥ずかしさを感じた。
 何もかもぐちゃぐちゃになった夜の醜態と、うかつにもアストラルに救われた形になってしまった上に、翌日学校を休んだ遊馬はずっとアストラルと寄り添って過ごした。
「この前の事は!忘れろ!」
 この前、と言うのが何を指すのか一瞬考えてから、アストラルは「それは無理だ。」と答えた。
「なんでだよ!忘れてくれよっ俺恥ずかしくて死んじゃうよ!」
「何故と言われても、私は君と違って記憶力はいい。」
「記憶喪失のくせに、記憶力いいとか言うなっ!」
「人間は忘れろと言われたら忘れられるものなのか?」
「いや・・・それは無理だけど・・・なんていうか、こう・・・無かったことにしてくれるというか・・・」
 あの夜はイロイロわかりあえたような気がしたのに、なんだろうこのかみ合わなさは。
「わかった。君が泣いた事を、もう話さなければいいのだな。」
「今言ってるぅー!」
 恥ずかしい恥ずかしいと頭を抱える遊馬を見下ろしながら、アストラルは思う。


 言わない。


 けれど、忘れない。
 




両親ネタとか、公式で何か出てくる前に急がないと!
時間軸的には、遊馬とアストラルが触れるようになる前で、だいぶ仲良くなったあとあたりです。
(110518)





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