君に触れる喜び 君に触れる恐れ





 ナンバーズは記憶のピース。
 存在のカケラ。


 ひとつカードが集まる度に思い出す自分自身の事、そして、質量を手に入れる身体。
 しかし、もともとこの世界で干渉するのが九十九遊馬ただ一人であるためか、物に触れるようになっても他の誰の目にも映らないばかりか、触れようと意識しなければ全ての物体をすり抜ける。
 どうやら、自分自身の存在は、もうひとつの次元に未だ属しているらしい。
 アストラルは手の中に幾枚かのナンバーズカードを持ったまま、手持ち無沙汰に室内を漂った。
 ある程度の自由はきくといっても、遊馬からそう遠く離れられるわけではない。
 『宿題』とやらに遊馬が頭を抱える間、話しかければうるさいと言われるし、大人しくこうして待っているしかない。
 特徴的な髪型の向こうに、深刻な顔で画面に向かう遊馬の横顔が見える。
 どんなにデュエルで追い詰められても、これほど「どうしようもない」という顔はしないのに、『学校』からの攻撃は、どんなモンスターも超えるようだった。
「うっわー!終わったー!つっかれたー!」
 バタバタと机を片付けると、遊馬はベッドに飛び込んだ。
 めったに使わないシーツにグイグイと頬を押し付けて、それから見上げれば、常に遊馬を見ている視線がそこにあった。
 目が合うと、アストラルは遊馬の額に手を当てた。
 暖かくも、冷たくもない手のひらに、遊馬は目を細める。
 触覚は感じるのに、そこにいないような空虚感。
 バーチャルリアリティで作られる感覚にそれは少し似ていた。
「なあ、俺の体温ってわかるのか?」
 アストラルはこの世界をどう感じ取っているのだろうか?
 つめたい?暖かい?
「君は、とても暖かい。」
 そう言って、アストラルは遊馬の頬に口付けた。
 くすぐったさと、同時に、アストラルへ引き寄せられるような感覚。
 食事をしないアストラルは遊馬のエネルギーで生きている。
 こうしてお互い触れるようになってからはアストラルに触れられると、より多くのエネルギーが奪われていくのがわかった。
 手より唇、身体の外側より内側。
 深く交われば交わるほどに、多くのエネルギーがアストラルへ渡る。
「今日はもう、あとは寝るだけだから。」
 遊馬は、そっとアストラルの腕に触れた。やはり暖かくも冷たくもない肌。
 遠まわしな誘いの言葉は、しかし、二人の間では十分なもの。
 男同士、いや、住む世界の違うアストラルに男や女と言う性別がどれほど意味があるのかわからない。この世界において、男でありながら受け入れる立場と言うのは、遊馬の十数年の常識に真っ向から衝突する。
 けれど、恥ずかしさとか、プライドとか、そういうものを全て押しのけて、遊馬はアストラルを誘う。

 好き  だから
 この関係を必然にしたくないから

 口付けは、何故か熱かった。
 確かめるように幾度か唇が合わせられた後、小さな口から差し出された細い舌が遊馬の唇を割る。
「ん!」
 一瞬身体に力がこもるのは、その後に訪れる脱力感を知っているから。
「ふ・・・あ・・・」
 咥内に舌を這わされ舌を絡められると、甘い痺れとともにじわりと力が抜けてくる。
 何時も、アストラルにエネルギーを提供するとき『喰われる』感覚を味わう。
 生きながら食われる感覚とはこういうものなのだろう。
 だからこそ、アストラルから誘われるのはいやだった。
 キスにしても、その先の行為にしても、好きな人とするものだ。
 遊馬は相手がアストラルだから身体を投げ出しているのだし、口に出すのは恥ずかしいが欲しいと思うときもある。
 欲しいから。
 これは自分がアストラルを欲しいから行う行為だと、遊馬は自分に言い聞かせる。
「自分で、脱げるから・・・」
 羽でかすめるように全身を辿る指先に翻弄されながら、遊馬は下着ごとズボンをおろし、ベッドの下に蹴り落とした。
 既に形を変えている遊馬のものをアストラルが手に収めると、どうしていいかわからなくなって、その手を掴んでしまった。
「遊馬?やめておこうか?」
「ちがっ・・・」
 遊馬が真っ赤になってうっすら涙を浮かべるのは、恥ずかしいからだとアストラルはもう知っている。
「そうか。」
 あえて視線を合わせないようにして、アストラルはもう一度口付けを落としながらベッドサイドに用意してあったクリームを指に掬う。たっぷりと絡めたクリームを硬く閉ざされた窄まりに塗りつけ、ゆっくりと指を飲み込ませる。
「ッ・・・ふっぅ・・・」
 息を詰め、かすかに震えながら、遊馬は力を抜くように努めた。
 身体の中を、熱くも冷たくも無いものがぐるぐるとかき回す。
 目を閉じてしまうと、何か無機的なものに犯されているような気分になるから、閉じてしまいたいのをこらえて、遊馬はアストラルの顔を見上げる。
 その顔に熱に浮かされた様子がないのを、残念に思った。
「っあ!・・・はっんんっ・・・」
 アストラルの指が一点を刺激すると、遊馬の視界がぶれた。
 背筋を駆け上がるような信号が目の前に星を飛ばす。
 身体が熱くほてり汗が浮き上がるほどに、アストラルとの温度差を感じてしまう。ほぐされなければ受け入れられないとわかっていながら、どうしてもこの時間は慣れることができない。
 しかし、心とは裏腹に、体は数度の交わりであっという間に慣れてしまった。
「ア・・・アス、トラルぅ・・・も、いいっ!」
 身体の中からずるりと指が抜かれると、ブルリと震えが走る。
 期待と不安と喜びと、そして恐怖。
「遊馬。」
 抑揚の少ないその声が、少しかすれて聞こえた。
 遊馬にとってと、アストラルにとっての、この行為の意味合いが違っていたとしても、アストラルの感情が揺れているのを確認できるのは嬉しかった。

 お前が欲しいと思う以上に、俺をあげるから、だからお前も、必要である以上に求めて。
 
「あっ!うぁあああああ!!ひぃ、やぁああっ!!」
 喰われる。
 圧力を持って突き入れられるのと相反して、ソコから引き出されていくような感覚。与えられて奪われるその両極端の衝撃が遊馬の口から叫びとなって溢れる。
 いやだ、怖い、逃げ出したい。
 大きく見開いた目は涙が溢れ、視界はゆがんでいたけれど、青白い光の中で苦しげにゆがめられた金色の瞳を見つけた。
 溺れた人の様に、遊馬はアストラルの身体に腕を回し精一杯しがみついた。
 遊馬が本気で拒絶したら、アストラルはやめてしまう。
「・・・あすっ・・・」
 ガタガタと身体が震えるのを止めることができない。
 違うんだ、いやじゃないと伝えたいのに、歯の根も合わずにまともに言葉も出てこない。涙ばかり溢れてくる目をどうにかしたくてきつく目を閉じても、あふれ出る雫が頬を伝うのを、遊馬には止められなかった。
「遊馬、私は君が好きだ。大切、なんだ。だから・・・」
「いい!もう、だいじょうぶ・・・」
 熱い、熱い涙が溢れた。
 今度はもう止めたいとは思わずに、遊馬はその熱を味わう。
 もう怖くない。
 震えは気づかないうちに止まっていた。
 アストラルにもわかっただろう。
 『スキ』その言葉は魔法のようだ。
「っん!・・・はぁっ・・・あっあぁ・・・んぅっ・・・」
 ゆっくりとアストラルが動くと、その動きに奏でられる音色のように、遊馬の口から声が溢れた。
「アス、とらる・・・」
 舌足らずな、かすれた熱い声。
 背中に回されていた腕は、ベッドに落ち、力なく投げ出されている。
 深く交わるほどに吸い上げられる生命エネルギーに、遊馬はただ喰われて喘ぎをあげるだけになっていく。
 とろりと涙ににじんだ赤い瞳が、荒い呼吸を繰り返す口の端を伝う唾液が、存在の全てを喰らい尽くしたいほどの誘惑をもって、アストラルを絡めとる。
「・・・っ遊馬!」
 違う、といいたい。
 けれど、身体も心も、遊馬を喰らってしまいたいと、そう叫んでいるのだ。






 室内の温度は、空調で完璧に制御されている。
 水分をふき取って、こうしてシーツをかけてやれば、遊馬が体調を崩すことはないだろう。
 疲労もなく眠りも必要としないアストラルは、半ば意識を失うようにして眠りについた遊馬をじっと見つめていた。
 呼吸は穏やかで、眠りは安らかだった。
「すき?」
 なのだろうか。
 本当に。
 人間と感情の形が違うアストラルには遊馬の心が半分も理解できない。
「私は、必要以上に君を傷つけたくない。」
 アストラルの存在はただでさえ遊馬の生体エネルギーを奪う。
 しっとりと汗に濡れる頬に触れようとして、アストラルは躊躇した。
 触れたい。
 深く深く交わりたい。
 身体の奥から湧き上がる欲求が、どこから来るのか、恐怖を感じる。
 そして、交わることで遊馬を対等の存在から捕食されるモノへ貶めている罪悪感すらある。
 まだ戻らぬ記憶の中にその答えがあるのかはわからない。
 けれど、もし望まぬ答えなら、知らない今のままでいたいとすら思う。
「遊馬・・・」
 私は怖いのだ。
 君に触れ、君の体温に感じる幸福感もまた、君の身体を我が物として果たすべき使命のためだとしたら。
 

 けれど




 今、この時、君に触れるたびに訪れる幸福は、真実だと信じたい。






 







喜びと恐れと絡み合って両思いなのに純粋なラブラブになれない二人だといいです。
遊馬の体内からエネルギー補給はすでに身内の常識なんですが、世間様としてはかっとビングすぎる設定なんでしょうか?
チ○が収納式とか、きっと宝石がついてるとか、先端からは何も出ないとか。
アストラルの生態を妄想するのが日々の楽しみです。
が、とても書きずらいエロですね本当に。





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