血族の石 後編


 ポケットに放り込んでいたDゲイザーが、規則的な振動で着信を伝える。
 こんな時間にどうしたのだろうか?
 凌牙はそんな事を思いながらDゲイザーを取り出した。
 通話、という一点に絞れば、凌牙のナンバーを知り、かつ、かけてくる人間は一人しかいない。
 他の誰もが、凌牙が通話に出ないことを知っているから、まずはメールを送って返信を待つ。
 だから、凌牙に前触れもなく通話をしてくる人間は(間違い電話でもなければ)ただ一人しかいなかった。発信者にも彼の名前が記され、凌牙は疑いもなくその通話に出た。
「何か用か?」
 その問いは、『用がないならかけてくるな』ではなく『また用もないのにかけてきたな』という、のろけのような声音に満ちていた。
「用がなければかけませんよ。」
「何故!貴様がっ!!」
 中空に浮かぶディスプレイに映し出された姿に、凌牙は声を荒げた。
 今、最も憎む者の名を挙げろと言われたら、この男以外にはない。
 最も憎む男が、最愛の人の名で映し出される驚愕を、なんと言えばいいのだろうか?
 驚きの先に凌牙は、最悪の状況すら考えた。
「遊馬をどうしたんだ!」
「ああ、彼なら、心配は要りません、とても元気ですよ。」
 Wの言葉の向こうで、言葉は聞き取れないが、遊馬の声が聞こえた。
 かん高い、かすれたような、声?
 表情の失せた凌牙の顔を見て、Wは楽しげに唇を歪めた。
「見たい、ですか?彼を?」
 罠だ、と解っている。
 伏せられたカードは罠だ。
 攻撃の宣言を今か今かと待ち構える、だが、自分には回避のカードが一切ない。
「遊馬に何をした!」
 押し殺したつぶやきは、悲鳴ですらあった。
 ギリ、と歯を噛み締める音すら聞こえそうな凌牙の様子に満足したのか、Wを映していた画面が流れた。Dゲイザーの向きを変えたのだと理解した時には、凌牙の目は画面から離すことはできなかった。
「いやっ!!やだ!やだぁ!!!」
 激しく首を振り、身悶えるその姿、その声。
 疑いようもなかった。
「あっ!あっ・・・ぃやぁっ!!!」
 画面が上下にぶれると、画像の少年、遊馬の口から嬌声が溢れる。
 ありえない光景に驚いたのではない。
 あまりにもなじみ過ぎた風景に驚愕したのだ。
 画面に映し出される視点は、遊馬を抱く時の視界そのものだった。
 上気した頬、潤んだ瞳から時折雫が零れ落ち、わななく唇から覗く赤い舌が、光をはじき艶めかしい。大きく呼吸を繰り返す度に、肉付きの薄い体に肋骨や鎖骨のラインが際立った。
 追い立てられる衝動を逃そうとするように、腹筋が波打ち、こらえ切れない衝動が内腿を振るわせた。
 中心で存在を主張しながらも、幼さゆえに醜さは感じさせず、とろりとした雫を浮かべながら、揺れる遊馬の雄の証。
 凌牙は言葉を失い、ただ、画面に映し出される光景を見つめた。
 間違いなくリアルタイムの、媚態。
「遊馬!遊馬!遊馬遊馬っ!」
 叫ぶ声が聞こえたのか、熱に浮かされた遊馬の目が、凌牙と合う。
 相互通信なのだ、遊馬の視界には、凌牙の姿が映し出されているのだろう。
「っ!やだぁ!!!りょうが!見ないで!見ないっあぁ!!ふぁ!あっ!!!」
 解像度が憎い、と思ったのは初めてだった。
 もっとリアルに、と思ったことはあっても、今日ほど、美しく細やかに映し出される画像を憎く思ったことはない。
 凌牙の姿を見た後の遊馬は、いっそ、見なければ良かったと思うほどに哀れですらあった。
 渇きかけていた涙が次々と頬を伝い、喘ぎをこらえる過程で噛んでしまったのか、唇に血が滲む。
 涙を止めたくて、手を伸ばしたら、触れられるほどに思えるのに。
 次の瞬間世界が回った。
 くるくると流れる世界にゴツッゴツと鈍い音が混じる。
 次に映し出されたのは無骨な機械の広がる工場の風景だった。
「サービスはここまでです。さぁ、彼がどこにいるのか、探して御覧なさい。」
 くつくつと笑う声が遠くから響いた。
 少しでも情報を得ようと、画面を拡大し、映し出された機器の特徴を捉えようとする凌牙を揶揄するその呟きは、どこまでも愉しげだった。


 あふれ出すマグマが世界を凍らせる。
 怒りが高まるほどに冷静に、凌牙は画面を分析した。
 耳を打つ、喘ぎと湿った水音、皮膚のぶつかり合う音。
 全てを飲み込んで噛み締めた唇は血の味がした。
 見つけた条件からはじき出した場所へ向かおうとした矢先に、遊馬の声がひときわ高まり、そして途絶えた。
 光の失せた倉庫街にバイクを飛ばし、金属の色そのままに重く沈む建物の前で乗り捨てた。
 死んだように暗い建物の並びの中、仄かにこぼれる光が、鮮やかですらあった。
 一箇所だけ明るく照らされた工場の一部、遊馬は、そこにいた。
 両手を拘束した布はそのままで、完全に脱力した身体の体重を支えたために、布の隙間に見える皮膚は血の色を失っていた。
 彼を縛る布にナイフの刃をあて、裂けば、細い身体は凌牙の腕の中に落ちてきた。
 腹を汚す体液は彼のもの。足の間を伝う体液は・・・?
 憎しみで人が殺せるなら、何度でもあの男を殺せるだろう。
 何度でも、あの男を殺すだろう。 
 凌牙の向ける殺意すら、あの男を悦ばせるのだとわかっていても。
「何故、俺が許さなければいけない。」


 お前を傷つけるモノなど、世界から消えればいい。
 



タイトルの意味合いが生きてくる展開が来るのか来ないのか、
解らないですがとりあえずW遊美味しかったです。
というかW→凌の歪んだ執着の犠牲になる遊馬
(111105)





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