アストラルと混ざって人外化してる遊馬と、凌牙さんの死にネタです。
星の命
憎悪の色をした黒い槍が彼を目指し飛翔した。
鋭い先端とスピードを見た瞬間、当たったら命はないと理解できた。
「遊馬!」
声が届いているのかいないのか、大きな目を更に見開く彼が見えた。
人はとっさには何も行動はできはしない。
脳が判断して動くだけの時間を与えられなかったときに、人が取れる行動は反射に近いものだけなのだろう。
だから、これは、思考になる前の衝動なのだ。
凌牙は彼と刃の間に身を投げ出した。
背中に衝撃があり、胸のあたりから全身に鋭い痺れが走った。
目の前に血より透明で深い赤が広がる。
笑おうとした口の中に、喉から溢れた血が広がった。
塩と鉄の味が口内を満たし、唇を伝う。
「遊馬、怪我、ないか?」
凌牙の身体を抱きとめた彼は、赤色の瞳を細めて笑った。
「ないよ、ありがとう。」
嘘つきめ。
遊馬の笑みを受け止めながら、凌牙は思った。
「そうか、よかった・・・」
返す言葉は安堵の色に満ちていたのだと思う。そうあるように務めた。
九十九遊馬という男は、自分のために誰かが傷ついて、礼を言えるような男ではない。
だから、凌牙はまた失敗したのだ。
おそらく無骨な金属は凌牙ごと遊馬を貫き、致命傷を与えただろう。
彼を守りたい、守ろうと決意して、何度それが叶っただろうか?
最後になってもやはり、願いは叶わなかった。
それでもいいのかもしれない。
ただ、凌牙のためについたこの嘘を、連れて行けるのなら。
『遊馬、彼は・・・』
背後から、遊馬にしか聞こえない声がする。
最後の呼吸を長く長く吐き出し、そして動かなくなった彼の身体を抱きしめたまま、遊馬は呟いた。凌牙の背から刺さり遊馬の背中から突き出す鋭い先端からはぽたぽたと赤い雫が滴り、地面にシミを作っていく。
「いいんだ・・・」
あの時。
遊馬とアストラルがひとつに交わったあのときから、遊馬の身体はこの世界の枠から外れた。
物理的などんな攻撃も、遊馬に危害を加えることはできないのだと気づいたのはいつだっただろう。
唯一例外があるとしたら、デュエルによる攻撃だけだ。
だから凌牙の取った行動も、この結末も、ただの無駄でしかなかった。
好きだった。
一学年上の先輩で、札付きの悪と言われていて、けれどデュエルをする姿はとても輝いていて。
だから、もっと光の当たる場所に来て欲しかった。
いつからだろうか?彼も遊馬の事を好きでいてくれるのだとわかったのは。
嬉しかった。
遊馬の大切な鍵のために命をかけてくれた彼。
本当に嬉しかったんだ。
同時に、胸の中に彼の想いが、彼への想いが、重たく石のように固まっていくのを感じた。
疎ましいとすら、思ったこともある。
遠くへ、遠くへと飛翔する遊馬には、何故彼に縛られなければいけないのかという想いがつきまとっていた。
捨てようとしても捨てられない。何度選択しても彼の存在を切り捨てることができないのだ。
だが、こうして失ってみてわかる。
心の奥に感じる空虚。
その重りは、なければいけなかったのだ。
彼は日常の先端に立ち、遊馬へと糸を伸ばす人だったのだ。
非日常の中で、遊馬のデュエルは進化して行った。
遊馬の望むデュエリストの力は、日常からもっともかけ離れた場所にあった。
世界の舳先へ駆け上がろうとする遊馬にとって、彼は・・・
邪魔だった。
彼が伸ばす手は、遊馬の助けであり、同時に、現実に縛られた力に遊馬の限界を留めようとしているようであった。
アストラルが導く先、カイトとのせめぎあいの向こう、そこは、非現実の力でなければ到達できない領域だというのに。
「もう・・・俺をつなぎとめてくれる人はいない。」
瞳からあふれ出す雫とともに、身体が軽くなっていく。
「行こう、アストラル。」
ほんの少し前まで、彼であった物体を残して、遊馬は立ち上がった。
世界をかけた戦いをしているのだ。
留まることは許されない。
そこまで考えて、遊馬は笑った。
これが笑わずにいられるだろうか?
絡み合う3つの世界の運命。
何十億という命とそれ以上に重い星の運命と、たった一人の地球世界の少年の命が、同じ秤に乗っていたのだ。
振り返り、血溜まりに横たわる彼の姿を見る。
「りょうが・・・」
遊馬は初めて、彼の名前を呼んだ。
それは、星と等しい命の名前。
ゼアルがもうちょいダークな展開だったらこんなのもありだったのかなぁというお話。
公式がバカップルにしか見えないのでたまには報われない凌牙さんで。
(120813)
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