仄暗き水の底から5



 
「おい、凌牙の奴を呼んで来い。」
 荒い呼吸を整えて、陸王は弟に向かってあごをしゃくった。
「ああ?」
 だるいのはこちらも同じだと、面倒くさそうに返す弟に、陸王は続けた。
「後始末をさせてやんだよ。こいつを引き込んだのはあいつの責任だ。」
 それは面白いかも、と海王は立て続けに射精してけだるい体を起こして階下に向かった。いつも澄ました顔をしているあの男に、アレを始末させるのかと思うと、自然に笑みが浮かぶ。
 ほどなく、部屋の前まで来た凌牙とすれ違うように、陸王は部屋を出た。
「あとは頼むぜ、キレイにしてやれよ。」
 細い肩をポンと叩いてやると、怪訝に見上げる深い青と目が合った。
 説明するまでもないだろう、凌牙は聡い男だ。
 何故、こんな結末になったのか、いちいち言うまでもなく理解するだろう。
 陸王はそれ以上のことを言わずにその場を立ち去った。
 上機嫌で歩き去る男の後姿をしばらく見てから、凌牙は部屋へ入った。
 部屋の臭気に眉を寄せるが、それも一瞬のこと、眼前に広がる惨状に、凌牙は目を見開いた。
 苛立ち、憤り、整理できない感情が渦を巻き、頭に血が上るのをどこか冷静な自分が見下ろしている。
 だが、握り締めた手の爪が手のひらにきつく食い込むのを、その手が震えているのをどうしても抑えることができない。
「・・・バカがっ!」
 ふた呼吸も間を空けて、凌牙はただそれだけの言葉を吐き出した。
 部屋の惨状、というより、彼を取り巻く惨状はひどいものだった。
 一糸まとわぬ体をボロボロの革張りのソファに横たえて、浅い呼吸を繰り返す遊馬の目はうつろで、半分ほど開いているが、どこを見ているとも知れない。
 薄明かりの中、顔の周囲を汚すぬらぬらと光る液体が見える。同様に、足に、腹に散る体液も。
「しゃ・・・く・・・」
 枯れた声が、凌牙を呼んだ。
 涙の痕の残る頬に、一筋、新たな流れが刻まれる。
「ちっ」
 その舌打ちが何に向けてのものだったのか凌牙にもわからない、一度部屋を後にし、タオルと水を用意して戻った。
 まず丁寧に顔を拭き、体を起こして上半身を拭いてやった。下半身は、後ろからあふれ出す体液をぬぐってやるので精一杯だった。体内に残ったものまでどうしてやったらいいのか、そのままにするしかなかった。
 体が清められると、一枚一枚、丁寧に遊馬の服を着せてやる。
 制服のボタンをとめ、タイを結ぶ。
 凌牙が淡々と作業を進めていくのを、どこかうつろな表情で遊馬は見つめていた。
 その心の中で何を思うのか、凌牙にはわからない。
「立てるか?」
 促されて、遊馬はふらつきながら立ち上った。だが、足はがくがくと振るえとても歩けるようには思えない。
 崩れ落ちそうな体を凌牙は横抱きに抱き上げた。一瞬、身を硬くした遊馬が、凌牙の腕の中で力を抜く。細身の凌牙の腕の中でさえ、遊馬の体は更に細く小さい。
 この体で、男二人の欲望を受け入れさせられていたのだ。
 何故そんな事になったのか、想像するまでもない。
 自分より格下の相手を叩きのめすことで、かろうじて心の平静を保っていた凌牙を逆に地に這わせたのはこいつだった。
 途端に、周囲を取り巻く全てがくだらなく感じ、学校へ通うことすらバカらしいと感じた。
 遊馬のせいではない、それは凌牙自身の心が醜いからだ。遊馬の存在に光を感じるほどに、自分の存在が陰るのを感じた。
 光から逃れるようにこの場所に流れ着き、淀んだ水底のようなこの場所で、一定の平穏を得られた。
 だが、遊馬はそんな凌牙を放っておいてくれない。
 遊馬の呼び声は、いつでも凌牙の心をざわめかせる。
 この暗い水底に投げ込まれた閃光のように。
 遊馬を抱いたまま階段を降りると、一階にたむろする男たちの間にざわめきが広がるのが聞こえた。だが、そんなものは小魚たちのひらめき程度しか凌牙には感じられない。
 遊馬をバイクに乗せ、表情の消えた頬を掠めるように指先でたどる。
 今ならば、遊馬を自分の位置まで堕とすことができるだろうか?
 心臓の裏をなでる暗い欲望を、凌牙は嘲笑をもって見送った。
 堕ちはしない。
 この光は堕ちない。
 例え今は陰るとしても、自らの力で輝きを取り戻すだろう。
 だが、それでも、
「もう俺には関わるな。」
 お前は変わってはいけない、関わってはいけない。




 この仄暗い水の底から見上げる、太陽であればいい。
 





このあとは凌遊すれ違いストーリーへ続きます。*゜+ ヽ(*´∀`)ノ
(110909)


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