Phantom Pain 後編



 欲しくてたまらない。
 
 風也の手が、風也自身が。

 この家に入って口にしたのは紅茶だけなのだから、あの中に何か入れたのだろう。
 おそらく、話にしか聞いた事のない、媚薬、というもの。
「うっうう、ふっ・・・」
 嗚咽にも似た声が、かみ締めた歯を割って零れる。
 完全に勃ち上がっているだろう遊馬自身が、着たままのズボンの中で痛いくらいに締め付けられている。しかしその苦しさすら薬は快感にすりかえてしまうのだ。
 こらえきれずに足をすり合わせるように動かせば、敏感な部分が布にこすれて強い快感が生まれる。
 しかし、張り詰めたものを開放できるほどの強さにはならず、放置されて追い詰められた自分を、更に限界に追い上げるだけの結果に終わる。
「もう・・・やだぁ・・・」
 情けなくて涙が出る。
 芋虫のように床を這いながら、かろうじて生まれる刺激を貪欲に拾い喘ぎを上げ、そしてその全てを、風也に見られ続ける。
「風也・・・風也!なんで、こんな事すんだよ!」
 苦しい。
 身体も苦しいがそれ以上に、心が苦しい。
「もう、やめてくれよぉ・・・」
 懇願する遊馬に歩み寄った風也は、遊馬の横に膝をついて上体を落とし、熱く汗に湿る頬を撫でた。
「君が、好きだから。」
 風也の声はどこまでも優しい。
 けれど、遊馬は嘘だと思った。
 本当に好きなら、こんな酷い事しないだろう?
「僕を殺してしまった君が、僕を生み出した君が、好きだからだよ。」
「なに、を・・・・」
 何を言っているのだろう。
 自分が、風也を殺した?
 風也が何を言っているのかわからず、懸命に表情を読み取ろうと見上げる遊馬に、風也は優しい口付けを落とす。
 湿る頬とは対照的に、荒い呼吸を繰り返した唇は乾ききっていて、潤いを与えるように薄く柔らかな唇を舐めてやった。
 それだけの刺激でも遊馬の身体はビクリと揺れる。
「遊馬・・・」
 もう少し、このまま身悶える遊馬を眺めていたかったが、思いのほかクるものがあって、どうやら自分のほうが耐えられそうにない。
 ベルトをはずして前をくつろげてやれば、窮屈な所に押し込められていたものが開放感からか更に膨らんだように思えた。
 下着ごとズボンを引き下ろすと、今にも弾けそうな遊馬のものを握りこんでやる。
 ああ、とため息のような声が零れるのは、無意識なのだろう。
 待ち焦がれた刺激にとろける顔は、年に似合わぬほどにみだらで、ねだるように腰が揺れるのが扇情的だった。
「あっ!やっ!んんっ」
 先端からあふれ出す透明な液体を塗りつけるように数回こすりあげれば、かすれた高い声と共に、風也の手を白濁が汚した。
「あーあ、いっちゃったんだね。」
 風也の手の中で別の生き物のようにヒクつくものは、欲を吐き出したというのに硬さを保ったままで、薬の効果が十分に遊馬を捕らえているのがわかった。
「ふう、や。」
 遊馬の声は震えてかすんでいた。
「そう、僕は風也だ。君の好きな。そして、君を好きな。」
 好きと、そう強調してやれば、遊馬は苦しげに顔をゆがめた。
「うそだ!風也は、こんなこと、しない。」
「じゃあ、僕は風也じゃないのかな?」
「っ?!・・・ない、なら誰なんだ。」
 わかっていることだろうに。
 他人のわけがない。
 信じたくないだけでしょう?
 認めなくないなら、それでもかまわない。
「君が呼んでよ。」
 僕を、呼んでよ。
 君が新しい名前をつけるなら、それが僕の名前でもかまわない。
 遊馬の答えを聞かずに、風也は軽い身体を片手で支え、ベッドに放った。
 下敷きになった腕が痛んだのだろうか、眉根を寄せてうめき声を上げる遊馬の足を割り開き、手に受けたままだった遊馬の吐き出したものを塗りつける。
「あっ!」
 軽く入り口を辿ると、指を一本、根元まで飲み込ませる。
「いた、い・・・」
 遊馬の訴えに、一瞬動きを止めてしまった風也は、軽い自嘲の笑みを浮かべて、更に中をえぐった。
 深く浅く、いつもより格段に熱い内壁を辿り、いつもより乱暴にかき混ぜてやれば、簡単に嬌声が上がる。
「あぅっ!・・・は、んっんんっっ!」
 こんな風に愛撫されて、声をあげたくない。
 遊馬の願いは何の効果も持たず、一方的に与えられる快楽を、身体は貪欲に享受した。
 一度達したばかりだというのに、熱は引くことを知らず、後ろから快楽を得ることを既に覚えている身体は、乱暴に突き入れられる風也の指をもっととねだる。
「ふぅ、やぁ・・・」
 痛みは既にない。
 けれど、もっと深い場所で痛むものに、涙が頬を伝う。
 何故?どうして?
 思考をまとめようにも、身体から送られる刺激ばかりが脳を満たして、何も考えることができない。
 ただわかるのは、この行為が、喜びと分け合うものではなく、悲しみと苦しみを与えられ続ける、一方的なものだということ。
 遊馬の同意など存在しない。
「あっあひぃっあ、ああ、あっ」
 奔放に動き回っていた指の代わりに、太く硬い風也のものが遊馬を貫く。
 押し出されるように溢れる声は、悲鳴じみていたが、間違いなく歓喜の声。
 胸につくほど折られた膝と、対照的に上がる腰に風也の身体の熱が伝わる。
 白く弾ける視界に胸の上に滴り落ちる、自分自身の精液が見えた。
 射精したという感覚はないのに、トクトクとあふれ出す液体と、内腿が痙攣するほどの快感の波に、遊馬は恐怖した。
「あっ!ああああ!んっあああっ!いやっだぁっ!!!」
 そのまま大きな挿入を繰り返されると、引かない波のように打ちつけ続ける快感に、溺れ死ぬ幻想にとらわれ、遊馬はたまらず叫んでいた。
 激しく首を振ると、いつの間にか滴るほどに濡れていた髪からしずくが飛び散る。
 縛られたままの手でシーツをかきむしり、足をばたつかせるも、空を蹴って終わった。
「やぁ!!!くるっしぃ、んぁあっ・・・はっ、うっぅうっ!」
 何も、考えられなくなる。
 えぐられるソコからもたらされる刺激が、理解できる全てになっていく。
「いやだっやっ・・・ああっんっ、もっ・・・と・・・もっとぉ!」
 たまらず吐き出した白濁が、また遊馬の腹を汚すが、それでも足りない。
 もっと突き上げてほしくて、もっと触ってほしくて。
 今手が自由になっていたら、間違いなく自分自身のものを擦りあげていただろう。
「ふうやぁ!あっあっ、っん――――!」
 押し上げられた波の上、遊馬は意識が白くかすむのを感じた。
 もう、受け入れられる感覚の限界を超えたのだろうと、鈍く動く思考の片隅で理解した。
 身体の中に時折ビクリと動く風也を感じる。
 熱い液体が二人の間から流れ出すのを感じる。
 風也もまた遊馬の中で吐精したのだとわかる。
 望まない交渉、けれど。
 遊馬の胸を震わせるのは、間違いなく風也の欲液を受け止める喜び。
「風・・・也・・・おれ・・・」
 それでも、お前のこと、好きなんだ。


 思考は白い闇に飲まれた。



「君が、気付かせたんだ。」
 やわらかい布で縛ったのに、遊馬の手首にはうっすらと跡がついていた。
 赤い帯のような色は、きっと明日には消えてしまうだろう。
 後始末をしてから、新しいシーツに寝かせた遊馬の薄く開いた唇に、自らのものを合わせる。
 君が気付かせた。
 自分の中には欲望があったのだと。
 熱と、衝動、狂気にも近い感情。
 穏やかで、争うことも、傷つける事も嫌いな代わりに、勇気や情熱もないと思っていた。
 だから、作られた『ロビン』という偶像を消したかった。
 本当の自分を見てほしい、本当の自分のままで愛してほしい。
 それなのに、ロビンを消した君自信が、自分の中の見知らぬ自分を呼び起こすのだ。
 君を、傷つけたい、心を砕くほどに痛めつけて、自分なしでは生きていけないようにしてしまいたい。
 なんて、醜い感情なんだろう。
 抑圧された心。
 何も開放されてなどいない。
 君が好きで、君が欲しくて、自分だけのものにしたくて。
 あんなにも戻りたいと思った気弱な自分が、まるで濁流に浮かぶ板切れのように、薄っぺらであいまいなものに感じられた。
 自分と言う本質は、濁った水の中にあり、風也自身にもその姿を見ることはできなかった。

 
「お願い、僕を助けて。」

 
 深い眠りに落ちた遊馬には、風也の声は聞こえない。
 聞こえないから、言う。
 懇願し、君にすがりつく。
 こんな言葉を聞いたら、君はきっと簡単に僕を許してしまうから。

 許してしまうと知っているから、許さないでと、願う。



長くなりましたっ。
風遊には病んでる相互不理解がよく似合うと思います。
(110605)





back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -