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 背が足りない、経験が足りない、思慮深さも、それから。
『追いついているものを数えたほうが早く……』
 あの人に追いつきたいんだと、控えめに夢を語った遊馬に向けて、相棒からの答えは途中からの無言という酷いものだった。
 足りないものを数えるどころか、頭脳明晰な相棒にも足りているものなど何も思いつけないのだ。
 多少カチンときたが。
 大丈夫解っている。
 そんなことは最初から解っているんだ。
 少しずつ追いついていくから。
 早く早くと焦ったこともあった。だけどあの人が遊馬の思いを受け入れてくれたから、傍にいてくれるから。だから遊馬はゆっくり成長すればいいのだ。
 よし、と気合を新たに、遊馬はインターホンを押した。
「すまない!手が離せないんだ!上がっていてくれ」
 屋内からこもった声が聞こえた。声を張り上げているのだろうがドアと壁に阻まれてやっと聞こえる程度だ。
 どうやら一階のガレージ兼作業場からの声らしい。
 遊馬はカバンからキースティックを取り出した。
 失くさないように大き目のキーホルダーをつけた、彼の家の合鍵だ。本当なら皇の鍵と同じくらい大切に首にかけておきたいが、どこの鍵だか学校できかれても困る。
「上に行ってます!」
 玄関から扉一枚で仕切られた作業場から、短く「ああ」と返事があった。
 そろそろ、勝手知ったる他人の家である。
 リズミカルに階段を上がると、リビングに入る。
 彼のスマートな雰囲気に似合った室内は、なんだか今日は雑多に散らかっていた。
 よほど下で行っている作業に集中しているのだろうと遊馬は思う。
 デュエル以外に夢中になれるもののない遊馬には、寝食忘れて何かに取り組むような彼の姿は不思議なものだった。
 あんなに強いデュエリストなのに。
 デュエリストでないときの彼は遊馬には遠い存在だった。
 時折彼の口からこぼれる専門用語は、遊馬には難しすぎて理解できない。無駄に知識の豊富なアストラルにも、それは理解に難しい事らしかった。
 今手が離せないということは、しばらくかかるだろうか。
 ソファにカバンを放り出すと遊馬はそこにごろりと転がった。弾力のあるソファは寝心地はあまりよくない。なんとなく見ていたテーブルにはよくわからない機材と塗料らしい小瓶がまばらにあった。
「これ」
 小さな小瓶の鮮やか過ぎない黄色を見て、遊馬の中にいたずら心がムクムクと持ち上がった。

 

「へへ……どうだ?」
『それで?』
「えーだってホラおそろいじゃん!」
 鏡を見ながら四苦八苦しながら描いたものは、遊星の顔の模様と同じペイント。
 横で眺めていたアストラルは、「それは皮膚に塗るものではないのでは?」や「公園でロビンごっこをやっていた子供と同じ発想…」などという遊馬を怒らせそうな発言を、4度ほど飲み込んだ。
 好きなものに近づきたいという気持ち、実力が伴わなくても姿だけでも似せたいという気持ちは最近理解できるようになった感情だ。
「どう思うかな?」
『それはやはり……』
 嬉しいのではないだろうか?
 自分に憧れる子供が自分の真似をしていたら、それは嬉しいものだろう。
 やがて、階段を登る足音が近づいてくると、いつになく緊張した面持ちで遊馬は姿勢正しくソファに座った。
「すまない、もっと早く終わるはずだったんだが……」
 遊馬の後ろにふわりと浮かんだまま、アストラルは遊星の言葉を聞いていた。
 これから続く遊星の態度も言葉もアストラルには容易に想像できた。
 遊馬のいたずらは今にはじまったことではない。ほんの少しだけ片付けの面倒ないたずら、それに対し遊星はいつも、困ったような笑うようなそんな顔をしたものだった。
「あの?……遊星、さん?」
 訝しげな遊馬の声で振り返り、初めて見た。
 動きも表情も固まってしまった遊星の顔。
 怒りだろうか、それとも憎しみだろうか?
 細かな感情を理解できないアストラルには遊星の顔に浮かぶ感情を分類することはできなかった。
『やめろ!何をする!!』
 アストラルの制止の声は、遊星には聞こえない。
 遊馬の腕を掴んだ遊星は、そのまま遊馬をバスルームに放り込んだ、湿った床に塗れたズボンを気にした遊馬が抗議の声を上げるのを待たずに、遊馬の上に冷たい水が降り注ぐ。
 「やめて」「痛い」と遊馬の声がした。
 遊馬の上に馬乗りになった遊星は、押しのけようともがく両手を押さえつけ、タオルで遊馬の頬を擦った。
 激しい水音の中でも、精一杯叫んだ遊馬の声が聞こえなかったはずはないのに、いつもは穏やかに笑う顔は冷たく凍りついたままだった。
 塗りつけたばかりの塗料がボロボロと剥がれ落ちる。
 それでも。
 通常金属などを塗装する塗料は水には溶けない。
「やめて!やだ!痛い!」
 繰り返す遊馬の声が聞こえたのか、唐突に遊星の動きは止まった。
 空白の時間に、水音だけが響いた。


「すまない……」
 ぽつりと、つぶやいた遊星の声だけが、重い存在感を持っていた。
 




ツイッターで捕獲した遊ゆまです
つづく?
(130227)


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