いちご大福は見ていた。

 煙草を吸うときよりも、たまに絵を描くときよりも。
 食事をするとき、レオナルドの恋人は、とても嬉しそうな顔を見せる。
 蕎麦に七味を振るとき。焼いた魚をほぐすとき。炊かれた白米を頬張るとき。出された食事を自分の好みに変え、頬張り咀嚼し味わうその瞬間、兎の表情はほろほろと綻んだ。
 まるで、小さな子どものようだ。
 レオナルドは、茶屋の店先で、隣に座り団子を輝く瞳で見つめる兎を、小さく笑いながら見守る。気に入りの店の団子を前に、兎の鼻はひくひくと小さく動き、耳はぴんと立ったままだ。無表情ではあるが、どう見ても早く味わいたくてうずうずしている姿が可愛らしくて、レオナルドはもう一度、笑みを零した。
 このひとは、こんな顔もするのか。
 またひとつ、深く恋人のことを知った気がした。
「……どうした?」
 じっと見過ぎたのか、視線に気付いた兎は団子を持ったまま、レオナルドを見つめ返した。きょとん、とした兎の視線と、レオナルドのそれがぶつかり合う。
「へっ、いやあの、その、」
 けれど、レオナルドは、兎が目の前の団子に夢中で、こちらを向くとは思っていなかったのか。急に振り向いた恋人に返す上手い言い訳も思いつかず、ただ慌てふためくことしかできない。
 そんなレオナルドを見て、兎はほら、と団子を差し出した。
「え?」
 レオナルドの瞳が、顔の目の前に出された団子に集中する。この店特有の、甘い蜜がこぼれそうなほどたっぷりとかかった、兎の気に入りの団子だ。レオナルドも勿論食べたことはある。もちもちとした食感の団子と、甘い蜜が口の中で絡み合い、最後に蜜の醤油の香ばしさが鼻腔を通り抜ける。兎が気に入るのも頷ける味だった。
 けれど、今日は団子という気分ではなかったレオナルドの手には、ひとくち齧られたいちご大福があった。
「食べたいのだろう? 一口やろう」
「いや、でも」
 別に。団子が欲しいというわけではない。ただ、団子を目の前に、子供のような顔を見せる恋人が、可愛くて。だから見つめていたのだ。
「……欲しいのなら、欲しいと言いなさい。レオナルド」
「……っ、!」
 兎の何気ない言葉が、レオナルドの頭の中に、昨夜の記憶を蘇らせる。
 深い口づけ。部屋に響く水音。ふたり分の荒い呼吸。身体に触れる手と、追い掛けてくる柔らかな快感。
 待ち望んだ熱は、気が遠のくほどに焦らされて、焦らされて。
 ゆっくり、ゆっくり。脳内が欲で充たされるとき。
 欲しいと言いなさい、と。兎のこの言葉で、羞恥も理性も崩壊して。自分の全てがこの男に落ちる、その瞬間が、レオナルドの頭をよぎっていた。
「……兎さん」
 団子を持つ兎の着物の袖をぎゅう、と掴み、赤い顔を隠そうともせず、レオナルドは兎をじっと見つめた。
 兎は、なぜレオナルドの顔が赤く染まっているのか、まだ分かっておらず、不思議そうに、けれど黙ってレオナルドが団子を食べるのを待っている。
「……ちょうだい、」
「な、っ」
 そこでようやく、兎はレオナルドの顔が赤い意味を理解した。そして、今度は兎も、顔に熱を集中させる。
 ぼたりと、団子の蜜が、ふたりが腰掛ける椅子へ落ちた。
「そのまま、持ってて」
 レオナルドはそう言って、じっと兎の瞳を見つめながら、床へと落ちた蜜に続いて垂れそうに揺らめく雫を舌で受け止める。
 そのまま視線をそらすことなく。串に刺さる団子の一つ目に歯を立て、ゆっくりと引き抜いた。
「……美味しい」
 もごもごと咀嚼しながら呟く。
 本当は、恥ずかしくて、味など分からなかった。
 でも、いつも焦らされている仕返しだ。その思惑は上手くいったのか、兎は真っ赤な顔でぽかんと口を開け、レオナルドを見つめている。脳の処理が追いついていないらしい。
「……おぬしはっ! そんな手管を、どこで、」
 やがて我に返ったのか。兎は大きなため息と共に、レオナルドへ言葉を吐き出した。
「仕込んだのは、あなただよ」
 大福から顔を出す苺へ視線を戻し、レオナルドはしれっと言い返す。
 今日は、おれの勝ちだね。
 そう言って大福を頬張るレオナルドを恨めしそうに見ながら、今晩は覚えておけと胸の奥で決意をし、兎はすっかりぬるくなった茶を啜った。
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