ひみつの恋は 部屋の中

「レオナルド」
 低く、子供に言い聞かせるようなため息混じりの声が、部屋に響いた。
「……」
 その声を聞いているのかいないのか、レオナルドは部屋の隅で正座をし、膝に視線を落としたまま借りてきた猫のように大人しく縮こまっている。亀の甲羅に首が収納されてしまいそうなほどだった。
 呼ばれた自身の名前にレオナルドが顔を上げる気配はない。それどころか、この部屋に入ってからの小一時間、レオナルドは兎の視線から逃げるように顔を背け、頑なに反応をしない。兎が彼の名前を呼ぶ度に、ぐ、と膝に置かれた手が強く握られた。そんなに握ると痛いだろう、と言おうとしたが、余計なことは言うまいと口はとりあえず噤んで、兎はまた小さく息を吐いた。いくら声を掛けても、今はレオナルドの頑固な意思のせいで何も返ってはこないだろう。
「レオナルド」
 それでも兎は、めげずに名前を呼ぶ。出来るだけ優しく、野良猫の警戒心を解くように。
「……」
 駄目だった。彼にこちらを向く気配はまるで無い。ですよね、と兎は肩をすくめる。
 レオナルドの意思はやはり固い。頑固すぎるところがある、と彼の師が評していたのは間違いではないのだ。
 兎は、どうしたものかと、部屋の真ん中に敷かれた布団の上で正座をしながら、脳内で作戦会議の真っ最中だった。
 どうしたらいい。
 
 どうしたら、レオナルドと、この部屋を出られる。
 
 ***
 
 その部屋が下水道に現れたことをレオナルドがドナテロから聞かされたのは、つい数時間前。今朝のことだった。
 ドナテロが張り巡らせたセキュリティに、突如として引っ掛かった空間があったのだ。昨日までは存在しなかった。いや、昨日までというよりは、ドナテロが手元のコーヒーを取ろうとパソコンの画面から少し目を離す前まで。「それ」はほんの一瞬の隙に、ドナテロの頭脳を潜り抜けてニューヨークの下水道に現れたのである。
 そんな、馬鹿な。
 ドナテロは呟きながら、脳内で科学式をいくつも生み出しては、「それ」が何なのか。答えを導き出そうとした。けれど、結局のところ。ドナテロがいくら計算を繰り返しても、その空間の正体は掴めないままだった。
「ねえ、レオ。ちょっとこれ見てくれない?」
 いくら計算しても自身にはどうすることもできない。そう結論づけたとき、ドナテロが声を掛ける相手はいつだってレオナルドだった。ドナテロほどの知能指数は無くても、判断力とリーダーシップでその場を打開してくれるレオナルドは、ドナテロにとって行き詰まったときの良き相談相手といえる。
 そしてレオナルドも、理性的かつ論理的に、冷静に順序立てて話し合えるドナテロは頼れる弟だった。レオナルドから見ても、ドナテロはタートルズの頭脳である。
「……これ、本当に突然現れたのか?」
 だからこそ。レオナルドはドナテロの言っていることがにわかには信じられなかった。普段は、あれだけ冷静に事実を科学的な見地に基づいて説明してくれる弟が、「突然現れた」などと非科学的な言い方をするとは。レオナルドも全く予想していなかった。
「夢でも見てる……とは言い難いな」
 白昼夢と疑いたくなるほど、この出来事はあまりにも非現実的だ。
 だが現に、レオナルドが見つめるパソコンの画面には、ドナテロが見つけた空間が今も存在している。兄弟が同時に同じ夢を見ているとも思えない。ということは、何かしらの力が働いて、この得体の知れない空間がタートルズのテリトリーに現れたことはもう間違いがないのだ。
 そして、そうなった以上は、調べてみるしかない。
 初めはドナテロがハッキングを試みた。が、どんな方法で調べようとしても弾かれてしまう。遠隔での調査はまるで不可能だった。となると。
「僕らが直接行って調べるしかないね」
「全員で?」
「いや……僕はここからこの部屋を探る必要があるから……」
 残るはラファエロと、ミケランジェロ。
「……」
「……」
 ふたりの間に、妙な沈黙が流れる。考えていることは同じだろうと、黙って視線を送り合った。
 あのふたりにやらせてはいけない。
 もちろん、ラファエロもミケランジェロも、頼り甲斐がないというわけではない。信頼していないということでもない。ただ、得体の知れない場所を調査するという今回の目的とは、多少のズレがある。適任とは言えないのだ。
 そうすると、レオナルドがひとりで行くことになるが。そんなことは、とてもではないがさせられないと、ドナテロが頑として譲らなかった。ただでさえ不特定多数から理不尽に恨まれやすいレオナルドを、正体不明の場所へ放り込むことはできない。また敵に襲われて半殺しにでもされたらと思うと、ドナテロは首を縦にふることはできなかった。
 それでは、どうするのか。
「誰か他にいないのか?」
「レオと同じぐらいかそれ以上に強くて、信用できて、冷静な判断ができて、その上で論理的に話せるひと? そんな都合のいいひと、いるわけが、」
「どうかしたのか?」
 パソコンの前で、ああでもないと唸るドナテロとレオナルドの耳に、とてもタイミング良く、普段ならニューヨークにいないはずの人物の声が届いた。
「あっ」
「あっ」
 部屋の入り口から、ひょっこりと白い毛並みが顔を出している。ふくふくの長い耳を持つ和装の彼は、偶然にも、数日前から下水道へ遊びに来ていたお客様だった。
「え?」
 レオナルドとドナテロの四つの輝く瞳に見つめられる宮本兎は、何を期待されているのかよく理解ができずに首を傾げる。
 可愛らしい小動物のような仕草とは裏腹に、兎の剣術の腕前は年齢には不釣り合いと言えるほどに優れている。腰に差している侍の魂は飾りではないのだ。さらに、第二地球で時折強いられる隠密行動のおかげで、調査をする上での判断力や冷静さも申し分ない。
 まさに、ドナテロとレオナルドが求めていた適任の人材である。
 渡りに船とはこのことだ。レオナルドからしてみれば、今回は特にトラブルも無く、平和的に兎とニューヨークで過ごせるかと思っていたところではあるが。もう、そう言っている場合でもない。
「兎さん、お願いがあるんだ」
 ドナテロに呼ばれたまま、一向にリビングへ戻らないレオナルドが気になり様子を見にきただけの兎に事情を説明して、そういうことならと了承を得てから数分もしないうちに。
 兎とレオナルドは、ふたりでその空間に足を踏み入れてしまったのだった。
 
 突如として下水道に現れたその部屋の扉は意外にもすんなりと開き、兎とレオナルドを受け入れた。
「……ふつうの部屋、ですね?」
「油断召さるな。と、言いたいところだが……これは」
 部屋の扉を開けて中へ入り、廊下を少し進んだ先にあるもうひとつの扉を開ける。そこには六畳ほどの和室に大きめの布団が敷かれていた。さらにその奥にはバスルームらしき空間すらある。布団が敷かれた部屋の隣には飲み物や食料が取り揃えられていた。
 なんだこれは。兎とレオナルドは困惑しながらも、手分けして室内の調査を続けていく。
 しかし、扉も普通なら、部屋の中も別段変わったところは見当たらない。敵らしい気配どころか、音に敏感な兎の耳にも、レオナルドと自身のほかに息遣いや衣擦れの音すら聞こえてこなかった。
 変わったところといえば、窓のような、外界と通じるものが出入口の扉以外に見当たらないということぐらいだろうか。
「……何も無いな。戻ろうか、レオナルド」
 特に危険なものは見当たらない。そう結論づけた兎とレオナルドは、早々に部屋から出ようと並んで出口へと向かった。
 だが、ふたりは忘れていた。
 この部屋が、ドナテロのセキュリティをあっさりと潜り抜けたということを。つまり、その時点でこの部屋は、かなり厄介なものであるということを。
 ふたりは、すっかり忘れていたのである。失念をしていたとも言える。
「……開かない」
 そのことに先に気が付いたのは、レオナルドだった。
 同時に、既に遅すぎるほどに手遅れであることを、目の前の開かずの扉から思い知らされる。開かない。もう一度小声で呟く。鍵はついていなかったはずなのに。どれだけドアノブを動かしても、扉を押しても引いても。さらには左右へ引いてみても。扉が開くことはなかった。
 今度は兎が、扉を刀で斬りつけてみせる。が、びくともしないそれは、傷ひとつ付かずに平然とふたりの前に立ちはだかっていた。
「……兎さん」
 どうしよう。と、レオナルドは縋るように兎を見つめる。兎と視線を合わせたその黄金色の瞳には、みるみるうちに絶望が拡がっていった。兎とて、濁っていくレオナルドの瞳をなんとかしてやりたいのは確かだが、これ以上どうすることもできない。
「とにかく、他に何か方法がないか調べよう」
 不安を隠さないレオナルドの肩に、ぽん、と安心させるように手を置いて、兎は微笑んだ。
「……はい」
 冷えた肩に置かれた兎の体温を感じながら、レオナルドはぎこちなく笑う。
 
 定員 二名
 セックスをしないと出られない部屋
 
 扉に英語で書かれた文字を背中で隠し、五月蝿く早鐘を打つ心臓には気が付かないふりをして、レオナルドは作り笑いを浮かべていた。
 
 ***
 
 どうしよう。
 レオナルドは部屋の隅で兎の視線から逃げるように縮こまりながら、ぐるぐると思考を巡らせていた。
 どうしよう、どうしよう。どうすればいい。
 扉に書かれた「セックスをしないと出られない部屋」という文字は、ティーンエイジャーにはあまりにも刺激が強すぎた。
 その文字を見たとき、レオナルドは何かの間違いだと思い込もうとした。けれど、侵入してきたふたり以外に何者の介入も許さず、ドナテロの頭脳すらすり抜けて跳ね返すこの部屋には妙な説得力がある。
 つまり、本当にこの部屋からは、セックスをしなければ出られないのだ。
 ああ、ほんとうに。どうすればいいんだ。
 兎には言えない。だが言わなければ外へ出ることはできない。さらに、この部屋の真相を告げ、行為に及ばなければ無事に出られない。
 なんとかして兎に何も知られることなくこの部屋をふたりで抜け出したいのに、上手い方法は思いつかず、焦りばかりがレオナルドの脳を支配する。どうしよう、どうにかしないと、と焦れば焦るほどに喉が渇いて焼け付いたように熱くなり、レオナルドは言葉を発することもできなかった。
 ただ、兎の視線から逃げるように、正座をした自分の膝を見つめ続ける。
「レオナルド」
 何度目かの呼び掛けに、レオナルドは肩を震わせた。
「……おぬし。何か知っているのだな?」
 核心に迫る鋭い声がレオナルドへ突き刺さる。威圧感が黒い影となって肩へ伸し掛るようだった。
 冷や汗がレオナルドの頬を伝い、顎から手の甲へ、ぱたりと落ちた。
「拙者が、おぬしの変化に気付かないとでも思ったのか?」
「……ぁ、」
 思わず、がばりと弾かれたように顔を上げてしまったレオナルドは、しまったと思う間もなく兎の赤い視線に捕まってしまう。吸い込まれそうな深紅の瞳は、レオナルドをじっと見つめていた。
「……やっとこちらを向いたな」
 兎とレオナルドの視線がようやく絡み合って、兎は嬉しそうに、穏やかに微笑んでみせた。
 ふ、と。張り詰めていた空気が一瞬で和らいでいく。
「ぁの、うさぎさん」
「何か気が付いたことがあるのなら、ひとりで抱えずに言いなさい」
 一緒に考えよう。
 先ほどまでの威圧感は何だったのか。兎はレオナルドが思っていた以上に優しく、とても穏やかだった。よく考えたら、レオナルドが自身で勝手にプレッシャーを感じていただけなのだ。兎がレオナルドを威圧する理由など、どこにもない。
 自身を包み込む空気が急に軽くなり、安心したレオナルドは、ようやく震える唇を開き、酸素を吸い込んだ。
 これから自分が何を言おうとしているのか。その重さに耐えられず、また視線を下げて膝を見つめ、それでもなんとか声を絞り出す。
「……兎さん」
「ん?」
「……ぉれ、知ってるん、です、この部屋は」
 この部屋は。
 渇いた喉で唾を飲みこみ、強張る唇をはくはくと数回動かしてから、レオナルドは兎の視線を身体中に感じながら必死に言葉を紡いだ。
「ぁ、あなたとおれが、せ、っくすを、しないと……出られないんです」
「……セックス?」
 兎にとって聞き覚えのない横文字に、まず疑問符を浮かべた。はて、セックスとは。全く聞いたこともない単語だった。兎の記憶にある、レオナルドとの交流のためにゆっくりと覚えた英語の中には、セックスという単語は出てこない。
 だが。レオナルドから感じる焦燥と困惑と、赤く染まった顔色から、兎はなんとはなしに察していた。
「それは、共寝のことか?」
「……」
 沈黙ほど、多くを語るものはない。レオナルドは言葉こそ発していなかったものの、身体のあちらこちらが赤く茹だり切ったかのように真っ赤に染まっている。兎からの問いに明確に「はい」と返事をしていることと大差はなかった。
「……そうか」
 たっぷりの沈黙のあと、兎はそれだけを告げて、わかった。と、姿勢を変えずにレオナルドを真っ直ぐ見つめる。
「レオナルド。こちらへ」
 そして、とん、と。布団を軽く叩いた。
 兎の反応が恐ろしくて顔を背けていたレオナルドは、その言葉に驚いて目を瞠る。穴があくほどに兎を見つめ、赤い顔を今度は青く染めた。何を言っているんだ、このひとは。そう言わんばかりの視線を兎へ送っては、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
 布団へ来い、だなんて。さっき言ったことを本当に理解しているのだろうか。疑いたくなるが、レオナルドは「共寝か」と、兎の暮らす世界でセックスの意味を持つ言葉をはっきりと聞いた。ということは、分かっていないわけではないのだろう。
 だが、あまりにも兎の理解が良すぎる。話が早すぎる。それに、一緒に考えようと言ったわりには、兎はひとりで決断をしていた。早々に事を済ませようとしている。よく回らない脳内でそれだけは辛うじて理解をしてから、レオナルドは、ちくりと胸に痛みが走るのを感じた。
 兎は、たとえ男同士であっても、この場を打開するためには行為をすることが最善で、仕方のないことだと既に割り切っているのだ。この部屋から出るためには、もうそれしかない。ならば、と。兎は武士らしく腹を括っている。
 脳内がゆっくりと冷静になり、冷えた頭でもう一度兎の覚悟を理解したレオナルドの胸は、またひとつちくりと痛む。
「……っい、」
 そして、兎を見つめながら、ようやく口を開いて息を吸い込んだ。
「嫌です」
 吐き出したのは、レオナルドが初めて兎に見せる、明確な拒否だった。
 嫌です。レオナルドにそう告げられた兎の耳が一度だけぴくりと動く。それは一瞬だけ震えたようにも見えたが、表情は変わっていない。動揺など微塵もしていない兎の様子が、レオナルドの胸をひどく締め付けた。
「レオナルド」
「だって、兎さんはいいんですか、こんなの」
「……それしか方法がないのなら、仕方あるまいよ」
 兎の台詞を聞いたレオナルドが、冷えた呼気を吸い込む、ひゅ、という音が兎の耳に届いた。
 レオナルドの瞳は絶望に震えていた。ただそれは、兎と行為をしなければならない、というそれとは大きく異なる。が、なにも知らない兎の瞳には、好きでもない男との行為にただ怯えている少年の姿が映っていた。
 兎は焦れたような溜め息を漏らし、がりがりと頭を掻いてから立ち上がって、部屋の隅にいるレオナルドの元へ荒荒しく足を進める。壁に追い込まれて身動きが取れないレオナルドの腕を掴み立ち上がらせ、布団へ引きずっていく。爪が皮膚に喰い込む痛みに表情を歪ませるレオナルドへは、一瞥もやることはなかった。
 一体、この小柄な身体のどこにそんな力があるのか。そんなことを考える間もなく、レオナルドは簡単に布団へと投げ飛ばされた。そのまま兎が身体を押さえ込み、マスクを外されて腰元のベルトへ手を出す。待って、とか、兎さん、とか。レオナルドの掠れた声が聞こえた気もするが、兎は気が付かないふりをした。
「兎さんっ……おれは……好きでもないひとに抱かれるほど、浅はかじゃ、ない……です」
 震える声に、兎の動きがぴたりと止まる。
 好きでもないひとに。
 その一言を、レオナルドからの拒否だと受け取った兎の胸が、じくじくと痛んでいく。が、ひどく痛む自身の胸にすら、兎は気が付かないふりをして、今はとにかくこの部屋から出るためにとレオナルドを説き伏せようと口を開いた。
「分かっている。だが、こうしないと出られないのであれば、もう他に選択肢はないだろう」
「……、兎さん」
「平気だ。天井のシミでも数えていなさい」
 そうしているうちに終わる。
「そして、部屋から出たら……全てを忘れてしまえばよい」
 兎の声は、恐ろしいほどに優しく、この場を達観したかのように穏やかだった。けれど、兎の顔の前に垂れ下がる耳と、照明からの逆光のせいで、レオナルドからは表情をうまく読み取ることはできない。できないが、この場限りの行為なのだとレオナルドを安心させようとしていることは、理解ができた。
 忘れてしまえ。
 全てを無かったことにしてしまえば、何も残らない。
 兎なりの気遣いと優しさは、レオナルドの胸の傷をゆっくりと深くまで抉っていく。
「……兎さん、おれ、」
 そしてレオナルドが見せる抵抗もまた、兎の胸の奥を抉り、ちりちりと焦がす。
 ここまで来てまだ嫌だと身体を捩って抵抗をするレオナルドに、兎はいい加減に腹を括れと告げようとした。
「おれは、あなたが好きなんです」
 だが。兎よりも早く開いたレオナルドの震える唇から出た想いに、兎は目を瞠りそのまま思考を止めてしまう。
 好きです。それは、甘ったるい告白でもなんでもない。苦しげに絞り出された懺悔のようなものだった。
 これ以上、この場を拗らせてはいけない。兎を困らせてはいけないと。レオナルドなりに考えて、決して言うまいとしていた想いだったはずなのに。
 それでも耐えきれず、固く閉ざされたはずの想いの扉は簡単に開いていく。
「……好きでもないひとにって、言ったはずです」
「……、……」
「あなたにとってこれは、忘れたいことかもしれないけど……おれは、」
 この部屋の真相を知ったとき、ほんの少しだけ、レオナルドの胸に期待が芽生えた。もしかすると、もしかするかもしれない。兎も、自分と同じ想いを抱えているかもしれない。触れてもらえるかもしれない。もしかすると。
 だが、兎の態度で、その期待の芽は育つ間もなく摘み取られてしまった。
 本来であれば、好いた相手に触れてもらえる機会が訪れて嬉しいはずなのに、ちっとも嬉しくない。それもそうだ。兎も同じ気持ちでなければ、レオナルドにとって何も意味が無いのだ。
 だというのに、当の兎は、まるで取るに足らないことのように行為を済ませようとする。挙げ句、忘れろだなんて無茶を言う。
「好きなんです、兎さん」
 兎への恋慕は、もう止まることはない。けれど、想いが加速すればするほどに、胸の奥から溢れるほどに、レオナルドの喉は熱くなっていく。
 ああ。息が詰まって、死んでしまいそうだ。
 苦しさのあまり。黄金色の瞳からは、ついに涙が溢れた。
「ごめんなさい」
 困らせたいわけじゃなかったのに。
「おれには、忘れるなんてできないんです」
 ごめんなさい。か細く震える声で、何度も繰り返して謝りながら、レオナルドは鼻を啜り手で顔を覆う。これ以上、兎に顔を見られたくない。そして、兎の顔を見るのが恐ろしかった。
「……」
 一方。震えながら涙を流すレオナルドを見つめたまま、兎は呆然としていた。
 まさか、こんなことになるとは思っていなかったのだ。
 いつからか。兎はレオナルドに友情よりも深いものを抱いていた。恋慕というものを長らく忘れていた兎には、ひどく心を掻き乱される厄介なものではあったが、それはそれで楽しく思えたものだった。
 ただただ触れたくて、近くへ行きたくて、少しでもそばにいたくてニューヨークへ通い詰めた。会いたくて、抱きたくてたまらなかった。
 一方的でも良かったはずなのに。だからこそ、強引にでも行為に及んで、この部屋を無事に出たあとは、今日の出来事を自身の胸の奥にしまっておくつもりだった。
 それなのに、レオナルドも同じ気持ちだったなんて。
 まさか、こんなことが起こるとは。
 レオナルドの気持ちを勘違いしていた兎の胸に、じんわりと嬉しさが拡がっていく。
「レオナルド」
 嫌嫌と首を横に振るレオナルドの抵抗に無視をして、兎はレオナルドの腕を柔らかく掴み、やんわりと引き寄せた。
「……拙者も、同じだよ」
「え……?」
「慕っていない相手を抱けるほど、器用ではない」
 触れるのも、口付けるのも、共寝も。
 レオナルドとだけ。レオナルドでなければ嫌だ。泣きたくなるほどに。
 それが恋というものなのだと、兎はようやく思い出した。
「好きだ」
 はっきりとそう告げられて、レオナルドは兎の顔を凝視する。見たことのない雄としての表情を浮かべる兎が、強い瞳でレオナルドを見つめていた。
 そわりと、レオナルドの甲羅が震える。
 吸い込まれてしまいそうな、彼の深紅の瞳に飛び込んでしまえたら。深い紅色をうっとりと見つめながら、レオナルドは蕩けていく。
 息苦しさも焼け付くような喉の熱さも、今となっては愛おしい。
「……兎さ、」
 ん。と、言い終わらないうちに。
 兎は、レオナルドの言葉を貪るように、唇を塞いだ。
 その熱すぎる恋慕と舌を受け入れながら、レオナルドは嬉しそうに目を細めて、兎の背に腕を回したのだった。
 
「……ぁ、の」
 長く深い口付けのあと、息を乱しながらレオナルドが兎を見上げる。蕩けた瞳はすっかり骨抜きにされており、微妙に視線が定まらない。
「なんだ?」
 レオナルドの身体を手のひらでなぞりながら、兎は上機嫌で答える。ちゅ、と頬で唇が鳴る音がして、レオナルドは毛並みと行為のくすぐったさにくすくすと笑みをこぼした。が、すぐに頬を桃色に染めて不安げに兎を見つめた。その上目遣いが既に兎の理性をぐらつかせているとも知らずに。
「ええっと、」
 何も知らないレオナルドの震える手が、兎の着物を遠慮がちに掴む。
「……ゃ、優しく……してください……?」
 こういうときの台詞は、これで合っているだろうか。不安の方が大きいレオナルドの表情に兎は頭を抱えてしまう。分からないことだらけの行為に不安はあれど、兎を受け入れるつもりでいるのだ。その奥ゆかしい態度に、兎は込み上げるものを感じていた。
 この無垢な少年を、今から自分の手に染めるのだ。しかも、本人ですら染まる気でいる。
 嬉しくはある。が、どこか罪深さも残る。その背徳が、兎の内で言いようのない快感を呼び起こしていた。
 この無垢さと快感の前で、いつ加減ができなくなるか分からない。
「……善処しよう」
 結局、レオナルドへの返答は、ひどく日本的な言い回しとなった。
 
 
 ***
 
 
 ぬる、と。レオナルドの慎ましやかな首筋を、兎の舌がなぞる。兎の左手に包み込まれたレオナルドの性器は、ひくひくと痙攣しながら、穏やかな愛撫を受け入れていた。
 時折。悪戯をするように強く握れば、レオナルドの腰が飛び跳ねる。両手で口元を覆いながら、けれどもレオナルドは耐えきれず声を漏らした。
「……ん、っ……ひあ」
 慎ましやか、といったものの、レオナルドは兎から与えられる快感に素直に身体を開いていく。震える性器の先端からは、既にとろとろと先走りを溢れさせていた。微妙な加減で調節された愛撫のおかげで、レオナルドは達することができない。何度も何度も昇り詰める感覚に襲われ、急に引き戻されるを繰り返していた。
 結構な時間、こうして兎に弄られている。どのくらいだろうか。ふとそう思ったレオナルドは、時計を求めて周囲へ視線をやるが、そういえば部屋に入ったときから見当たらないことに気が付いた。
 かわりに、自分が寝そべる布団のすぐそばの鏡が視界に入ってきた。そこだけ鏡張りになった壁は、レオナルドと兎の情事を鮮明に映しており、性器を勃たせながら大きく脚を開いて兎を受け入れる自身の痴態に、レオナルドは思わず目を逸らしてしまう。
「レオナルド?」
 急にそわそわと挙動のおかしくなったレオナルドを訝しげに見つめながら、兎はレオナルドの腰を持ち上げる。
「まって、兎さん」
 性器だけでなく、後孔まで露わになってしまい、レオナルドは慌てて声を上げた。鏡には、さらに羞恥の増した体勢をとる自身が映っている。
「……もう待てぬ」
「え、まって、まっ……ひゃ、う」
 ぼたぼたと、レオナルドの後孔へ冷たい液体がかかる。それが潤滑剤だと遅れて理解したレオナルドは、つい数分前に、現代にしか存在しないこの液体の用途を兎へ説明をしてしまったことに後悔をし始めていた。
 行為には確かに必要不可欠なものではあるし、レオナルドとて痛いのは嫌だ。けれど、これを使うということは、その瞬間が近付いている。そういうことなのだ、さすがに初心なレオナルドでも分かる。
「兎さん、まって……やだっ おれ」
 ずぷり。と、音が聞こえた気がした。身構えたレオナルドの身体に異物感と圧迫が伝わる。
「ぁ……ひ、……あ、あっ」
 正確に言うと、このときレオナルドの後孔へ侵入したのは兎の性器ではなく、指だった。待たぬとは言ったものの、慣れてもいない、誰も受け容れたことのない場所をいきなり性器で荒らすほど兎は不躾ではない。だが、待たぬと言っただけのことはあり、兎は潤滑剤で滑りが良くなっているのをいいことに、ぐりぐりと後孔の奥まで指を進めていく。同時に、もう片方の手でレオナルドの性器を扱き始めた。
 レオナルドは初めだけ異物感に苦しそうな声を上げていた。が、散々限界まで焦らされていたせいもあり、レオナルドの身体はすぐに快感に馴染む。
「ん、っ…あ」
 必死に声を殺そうとレオナルドは歯を喰い縛るが、兎がレオナルドの性器に息を吹きかけて舌先で弄ると、強すぎる刺激にどうにも声が漏れてしまう。
 もはや、レオナルドの下半身は兎の支配下にある。抵抗も羞恥も無意味だった。
「うさ、ぎ、さん」
 兎の指が、とん、と前立腺に触れる。その度にレオナルドは歯を喰い縛り、なんとか耐えようと敷布を強く握り締めた。嫌でも視界に入る鏡には、大きく脚を開いた自身と、その脚の間に顔を埋める兎が映っている。何もかもが恥ずかしくてたまらなくて、レオナルドは強く瞳を閉じた。
 性器の先端からは、レオナルドの意志に反して絶えずとろとろと先走りが溢れている。兎がそれをぢゅる、と音を立てて吸い上げてから口を離すと、唾液と混じって透明な糸ができた。糸が途切れないうちに、またレオナルドの性器にかぶりつく。今度は舌ではなく、かぷりとウサギ特有の前歯を立てた。
「っひゃあ!」
 歯を立てたといっても、特に痛みはない。けれど甘噛みよりも甘いそれは、レオナルドにとって新しい刺激だった。同時に、くにくにと前立腺を指の腹で揉まれるように刺激され、レオナルドはどうしようもなく悶えてしまう。
「もぅ、もうだめ、うさぎしゃんんっ」
 必死に快感から逃れようと敷布を握り締めながら、レオナルドは涙を流し鼻を啜り、喉を晒して腰を思いきり突き出す。びくびくと跳ねたレオナルドの性器の先端から、精液が勢いよく飛び出した。口内に出されたそれを、ぢゅるぢゅるとわざとらしく音を立てながら全て啜り上げて、兎は喉をこくりと鳴らす。
 信じられないとばかりに目を瞠りその光景を見ながら、レオナルドは含みきれなかった精液で兎の口元が濡れていることに気が付き、完全に許容を超えた羞恥と申し訳なさに涙をぼたぼたと流した。
「兎さん、ぁの、ごめんなさ、ぃ」
「……? 何がだ?」
「ょ、汚してしまって」
「……、ああ これか」
 今気が付いた、とばかりに兎は口元の精液を手で拭う。
 兎からしてみれば、自身の名前を呼びながら達するレオナルドがあまりにも愛おしくて仕方なくて、全てを飲み込んでしまいたくてしたことなのだから、顔が汚れようと知ったことではない。むしろそれすら愛おしいのに、レオナルドはどうにもそれが気になるらしい。
「き、嫌いに、ならなぃ、で」
 いかにも真面目な彼らしい心配をしながら流す涙を拭ってやり、兎は微笑む。ああ、なんといじらしいのか。込み上げる愛おしさは、兎の中でとっくに溢れているというのに。
「好きだと言ったろう?」
「でも、」
「こんなことで、拙者にとってのおぬしは覆らないよ」
 揺るぎないものなのだと、兎に真っ直ぐに見つめられてしまい、レオナルドは逃げられず見つめ返す。
 黄金色の瞳は丸く、月のように光り、次第に蕩けていく。
 とろりとしたその瞳に映り込むのは、兎だけだ。
 レオナルド自身に誘っているつもりはないが、兎にとって、それは何よりの誘惑だった。可愛い可愛い可愛い、と、そんな言葉ばかりが兎の脳内を占める。いたぶって喰らってしまいたい。けれど、そんなことを言えばレオナルドは怯えてしまうだろう。
 で、あれば。その前にこの無垢な少年を、完全に自身のものにしてしまえばよい。
 そんな独占欲と思惑がせり上がり、兎は本能のままにレオナルドの甲羅に手を掛けた。
「兎さん……? わぁっ」
 甲羅を掴まれて、強引に身体を反転させられる。急に視界がぐるりと回り小さな悲鳴を上げるレオナルドを気にも止めず、兎は甲羅に舌を這わせた。
 ざらついた舌が、レオナルドの甲羅を刺激する。先ほどの射精から休む間もなかったせいで身体に力が入らず、レオナルドはされるがままに反応を見せた。
「ん、ゃ、やだ、うさぎ、さん」
 亀にとって、甲羅というものは身体を守る上で大切な場所である。その硬さゆえに鈍そうに見えるが、外部からの刺激に反応できるよう、それなりに神経が通っていた。
 そこを、兎は容赦なく舐めて刺激を与える。恐怖にレオナルドは竦み上がり、抵抗ができない。けれど、ぴちゃりと兎の唾液が水音を出す度に、恐怖は快感に変わっていった。
「ひぅ、ァあっ」
 兎の舌先が、甲羅の溝を辿る。感じたことのない感覚にびくびくと跳ねるレオナルドの性器は再び主張をして、兎に触れてもらえるのを期待しているかのように震えていた。
 だというのに、兎が性器に触れる様子はない。それどころか、おもむろに潤滑剤の容器を手にしたかと思うと、レオナルドの甲羅にぼたぼたと掛け始めたのだ。
「ぅ、さぎさんっ? なにして……ふ、ァあ」
 気でも狂ったかと、レオナルドは首を捩って兎を視界に入れようとしたが、潤滑剤で濡らされた甲羅に熱いものが触れて思わず甘ったるい声を漏らす。
「案ずるな、余興のようなものだ」
 舌舐めずりをしながら、兎はレオナルドの甲羅に性器を擦りつけるように腰を振りはじめる。余興、と言ったとおり。まるで挿入でもしているかのような動き方をする度に甲羅と性器が摩擦を繰り返し、ぐちゃぐちゃと潤滑剤の音が部屋に響いた。
 甲羅の溝に性器のくびれが引っかかると、レオナルドは腰を跳ねさせる。枕を強く掴み、短く荒い呼気を吐きながら、大切な場所を犯される感覚に必死で耐えていた。
「兎さん、うさぎ、さんっ……だめ、」
 だが、脳内は、ゆっくりと溶けていく。
 判断力が徐々に消え、レオナルドは足りない快楽を充たしたいがために、羞恥すら忘れて自身の性器へ手を伸ばした。そのまま上下に擦ると、甲羅と性器から同時に得られる快感で、ついにレオナルドの理性が剥がれ落ちる。
「ぁ、あつぃ、こんなのっおれ、しらないぃ」
 兎の熱と強い快感に思考回路を遮断されて、考える間もなく、本能のままに言葉が漏れる。
「うひゃぎしゃん、あたまっおかひく、なりゅ」
 舌足らずな口調も、知らず揺れる腰も、自慰も。恐らくこんなレオナルドは、誰も見たことがないだろう。可愛い可愛い少年が快楽に身を委ねる姿を視界に収めながら、兎は嬉しそうに笑い律動を速めていく。
「……いくらでも、おかしくなりなさい」
 邪魔をする者は、ここにはいないのだから。
「うぁ、ああっ も、だめ、……ふ、あああ」
 背後から囁かれる兎の誘惑に応じるようにレオナルドは限界を迎えて、ぱたぱたと敷布に精液を落とす。それとほぼ同時に、兎もレオナルドの甲羅に欲を撒き散らした。
 兎の欲が、何も知らない少年の甲羅を汚していく。兎は緑の甲羅に白濁が染み込んでいく光景を見下ろしながら、充たされる感覚に笑みを深めた。
「……うう、兎さんの、ばかぁ」
 だが、レオナルドは射精直後の独特の虚無感のおかげか、早々に正気を取り戻したらしく、限界まで高まった羞恥心にまた涙を流す。今度は兎への弱弱しい罵声つきだった。
 こんな行為は経験したことがない。誰に見られているわけでもないが、自身すら知らない部分をさらけ出して、性欲に素直になり過ぎてしまった罪悪感は、普段から色々と自制しがちなレオナルドには重すぎた。
 いくらなんでも、この行為は濃厚すぎたか。そういえば優しくしてくれとも言われていた。兎はすっかり忘れていたが。
「……レオ、」
 さすがに兎も、そこは反省せねばと謝罪しようとして、寸前で口を閉じる。それよりも、伝えねばならないことがあると気が付いたのだ。
 レオナルドの身体を再び反転させて向かい合い、頬に流れる涙を舌で拭う。くぐもった声を漏らすレオナルドと鼻先が触れ合う位置で視線を合わせてから、もう一度口を開いた。
「……あいしているよ、レオナルド」
 兎の行為の全ては、ひとえにレオナルドを好いているからこそだった。
 ゆったりとした口振りが、いつの間にか触れ合っていた手のひらからも、想いが流れてくる気さえした。
「ぁ、」
 愛している、だなんて。そんな言葉を囁かれたことのないレオナルドは、あっという間に頬を染めて涙を引っ込めてしまう。
 なんて狡いひとなのだろう。そんなことを言われたら、なんでも許してしまうではないか。
 心も身体も、あまりにも深すぎる変態めいた行為すらも、全て許してしまいたくなる。罵倒すら出てこない。それどころか心臓は高鳴り、もっと、と兎を求めていく。
「……兎さん」
 はくはくと口元を何度か動かして、レオナルドはようやく兎の名を呼んだ。
「ゃ、やさしく、しなくていい……から」
 震える声が兎の耳を心地好く充たしていく。上気した頬とは反対に、緊張でひんやりと冷たい指先が愛おしくて、兎は温めるように握り直した。
「もっと、たくさん……あなたが欲しいです」
 甘えた口調に、兎の口角が吊り上がる。理性を取り戻していたレオナルドにしては、上出来だった。
「……言葉のままに」
 そう告げると、兎はレオナルドの赤く熟れた後孔へ、がつんと突き上げるように性器を捩じ込んだ。
「あ、ひゃァあっ んん、……ふ、あ」
 腰を打ち付けて、すぐに引く。強引に拡げられた肉壁は兎の性器を引き止めるように締め付けて絡みつくが、構わず先端が抜けきる寸前まで引き抜いて、また最奥まで貫いた。
 ぐちゅり、と結合部から水音が響く。レオナルドは耳を塞いでしまいたくなりつつも、兎の性器のくびれが前立腺に触れて、さらに鈴口が最奥まで届いて口付けられる快感にたまらないとばかりに絶えず嬌声を上げた。
 優しくしなくていい。
 そう言われたとおりに、兎は遠慮なく激しくレオナルドを攻め立てる。痛みよりも何よりも、ようやく繋がったことの喜びで言葉にならないレオナルドは、涙を散らして兎を締めつけた。
「……ん、く」
 締めつけに耐え切れず、兎は一度動きを止めてふるふると小さく震える。
「……、ぁ」
 一瞬の間ができて、ふと、レオナルドは思い出したように鏡を見つめた。繋がり合う自分たちが映り込むのを眺めつつ、特に意味はないが、ぼんやりと鏡の中の兎を視界に入れた。
 兎の正面にいるレオナルドからは見えなかったが、鏡を眺めると、挿入する兎の横からの姿がよく見える。
 そこには、震える兎と、気持ち善さそうにひょこひょこと上下に動く白い尾が映っていた。
「ん、ひぃ」
 兎が腰を打ちつける度に水音が響き、レオナルドの嬌声は止まることはない。兎の興奮の材料は揃っていた。
 そのせいか。普段は小さく巻き込まれているウサギ特有の短くもふくふくとした尾が拡がり、ひょこり、ひょこりとまた上下に動く。
 普段、兎はあまり感情を顔に出すことは少ない。怒りを露わにするときはあるが、それは戦闘時ぐらいなもので、レオナルドと過ごしているときは特に穏やかだった。そして、これは今日初めて分かったことだが、行為をしているときですら、兎は笑うことはあれど、あまり快楽を表情にすることはないのだ。
 けれど、言葉や表情以上に、尾は雄弁だった。
「……よかった」
 兎も、ちゃんと気持ちが善いのだと分かって、レオナルドは喘ぐ合間に嬉しそうに笑う。自分ばかりではなかった。それが嬉しくて嬉しくて、レオナルドは不思議そうな顔をする兎に照れたように笑いかけて、両の脚を兎の腰に絡めつける。
「……もっと、」
 さらにねだられるとは思っていなかった兎は一瞬面食らうも、ぐずぐずに蕩けたレオナルドの瞳を見つめて、にたりと口角を上げた。
「気の済むまで、存分に」
 告げてから、兎はまた腰を打ちつけて、最奥の一番深いところに届くよう揺する。締め付けてくる肉壁に逆らいながら、隙間が無くなるほどぴったりと密着して突き上げれば、レオナルドはびくびくと震えながらまた射精をした。
 兎も、何度かレオナルドのなかで射精をしているが、粘膜に締め付けられると簡単に勃ち上がってしまう。そうして繰り返し、何度も何度もふたりは求め合い、互いの粘膜を擦りつけ合った。結合部からは、ごぽりと兎の精子が押し出されて布団を汚す。それでもまだ、兎はレオナルドを突き上げて、レオナルドは兎の身体に絡みついた。
「ひぃあっ あっあっ、きもち、きもひぃ」
 理性を焼き切られたレオナルドは、兎に絶えず突き上げられながらぼろぼろと涙を零して声を上げ、幸せそうに恍惚の表情を見せる。
 自制ばかりしてきたレオナルドの十五年という生の中で、これほど欲に素直になったことはない。理性を飛ばして、ただ兎を愛し求めることが、こんなにも快感だとは知らなかった。
「あひ、ひぃっ んっ、うひゃぎ、しゃ、しゅき」
 快楽のせいで、段々と焦点の合わなくなるレオナルドの瞳は、目の前の深い紅色を見つけて安心して溺れていく。途切れ途切れに伝えられる言葉に応えるように兎が唇を塞ぐと、レオナルドは抱かれる幸せに浸りながら、兎に突き上げられ続けた。
 
 ***
 
「ずいぶん長いこと閉じ込められてたねえ」
 お疲れさま、と。ドナテロはにこにこと兎とレオナルドに笑いかける。
 あれから数時間。初めに送り出したときから数えると、ほぼ丸一日。兎とレオナルドは部屋から出てこなかったのだが、ようやく戻ってきたふたりを、ドナテロはにこやかに迎えた。
「何があったの、とは聞かないでおいてあげる」
 聞くだけ野暮ってやつだよね。
 どう見ても、部屋に入る前とは距離間も雰囲気も全く異なる兎とレオナルドへそう告げると、ドナテロは何食わぬ顔でパソコンに向き直る。
 
 その背中を見て、この男には逆らうまいと。兎とレオナルドは顔を合わせたのだった。
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