蜜月

「兎さん、おねがい」
 長い長い(と言ってもほんの数週間だが)出張がようやく明けて、やっと会えた夜のことだった。
 夕食も、会話すらそこそこに。レオナルドは兎の自宅にある大きめのソファの上で、彼にしてはとても珍しく。押し倒してしまった兎に跨りながら、状況がよく分かっていない兎をじっと見つめていた。
 耐えられない、と。琥珀色の瞳が、ふるふる揺れる。
「……だが、」
 レオナルドの懇願から逃げるように、兎は頬をほんのりと桃色に染めて、視線を逸らす。
 常であれば、兎はいつになく積極的なレオナルドを喜んで受け入れるだろう。けれど、今夜は少し事情が違う。
 出張から戻り、そのまま帰宅してレオナルドと過ごしていた兎は、シャワーすら浴びていないのだ。スーツから普段着へと着替えた程度で、身体は埃だらけな上に、下着すら取り替えていない。
 真冬ならばともかく。まだ暑さの残るこの時期に、朝から一度も取り替えていない下着はそれなりの匂いがするだろう。ということは、当然その中身も。
 けれど、レオナルドは、それでもいいと。そう言って、兎の下腹部へと身体をずらす。
 兎が迷っている間すらもどかしい。はやく、はやくとレオナルドは震える手で兎のズボンのボタンを外し、顔を近付けてファスナーの金具を食む。かちり、と小さな金属音が聞こえた。
「……レオ、」
「……いい、から。動かないで」
 服の締め付けが徐々に緩くなっていくことに焦り、レオナルドの頭部を緩く押さえても、あまり意味は無い。抵抗も虚しく、レオナルドの頭は小さく動いて、じじ、と下腹部からファスナーが開く音がきこえてくる。
 開いたファスナーから覗いた兎の下着を、既に膨張した性器が下から苦しそうに押し上げていた。同時に、兎の香りがほのかに漂い、ふわりとレオナルドの鼻腔へ届く。もっと強く感じたくて、レオナルドは鼻と口元を兎の下着へ押し付けて、深く深く呼吸を繰り返した。はふ、とレオナルドの熱い呼気が漏れて、下着越しに性器へかかり、兎はぴくりと身体を震わせる。
「兎さん、ねえ、」
 膨張し続ける兎の性器の匂いを吸い込みながら、レオナルドは兎の下着とズボンの腰元へ手をかける。腰を浮かせという瞳で兎を見上げるが、まだ羞恥心が勝るのか、兎は頬を紅潮させて強く瞳を閉じて弱弱しく首を振った。
「おねがい、」
 甘えたような声が、瞳を閉ざした兎を誘う。兎とて、会えなかった数週間。ずっと焦がれた恋人からの誘いには応えたいのだが、それは身を清めたあとの話であって、断じて今ではない。ないのだが。
 兎さん。
 レオナルドの深い深い声が、兎の鼓膜をくすぐる。誘われるままに。兎は震える瞼をおそるおそる開いた。
「兎さん、はやく」
 欲情し切ったレオナルドの瞳は、まるで琥珀糖のように甘く光って、兎を見つめている。
 ああ、そんな目で見つめられたら。もう耐えられない。
 どうにでもなってしまえ。兎は、羞恥心がぎりぎりのところで支えていた理性をついに手放して、レオナルドに全てを見せるように、震える脚に力を入れて腰を浮かせた。
 ほんの数センチできた間隙を、下着とズボンがすり抜ける。ようやくレオナルドが待ち望んだ兎の性器が露わになり、欲情した琥珀色の瞳を光らせ、レオナルドは小さく舌舐めずりをした。
「かわいい、」
 勃ち上がった兎の性器からは、先端にぷっくりと先走りが浮かんで、とろりと垂れてレオナルドを誘う。ちゅう、とそれを躊躇なく吸い上げてから、鈴口へ舌を這わせて、兎の味を堪能するように丁寧に舐めていく。何とも言えない味が広がって、それがさらにレオナルドの欲を煽った。
 それでも、決して歯を立てないように。ゆっくりと。けれど、はやく兎を気持ちよくしてあげたくて、レオナルドは兎に教えられた通りにくびれを口いっぱいに含み、舌をぐるりと回す。まるで、レオナルドの後孔の中に挿入しているような快感が、兎の脳をゆっくりと支配していった。
 夢中で性器を啜るレオナルドの口元からは水音が響き、とろとろとこぼれた唾液が裏筋を伝い、睾丸を濡らす。唾液を拭うように裏筋へと舌を這わせて、精子を溜めて膨らんだ兎の睾丸を口に含めば、兎は小さく声を上げた。
 レオナルドに口淫を仕込んだのは兎自身だというのに、すっかり翻弄されている。今夜は、得に。兎はレオナルドにされるがままだ。
「……レオナルド、もう、」
 耐えられない。あとほんの少しで、達してしまう。
「だめだよ、兎さん。まだいかないで」
 ちゅる。と音を立てて、レオナルドは睾丸から舌を離し、兎の性器を扱いていた手を止める。急に引いていく快感の波に、兎は寂しそうにレオナルドへ視線を向けた。
 兎の様子が可愛らしくて、レオナルドはくすりと艶やかに微笑みながら、焦らすように先端を指で弄る。緩やかな快感がまた兎を絶頂へと誘うけれど、欲が解き放たれる寸前に手が離され、兎はまた物足りなさに切なそうな表情を浮かべた。
「れお、」
 荒い呼気と、兎の懇願するような声が混じる。
 それでも。それでもレオナルドは、許してくれる様子はない。
「駄目だよ。俺の中に出す分、残しておいてくれないと」
 ね? と。甘えたような口調で兎を見つめるレオナルドは、ちゅ、と兎の性器の先端に口付けて、すぐに離す。
 刺激されては、絶妙なところで止めるを繰り返す。まるで甘やかな暴力のような焦らし行為に、兎は気が狂いそうなほどに、レオナルドを欲していた。
「れぉ、れおなる、ど」
「……なあに」
 兎の震える声には気が付かないふりをして、レオナルドは楽しそうに答えた。
 まだ、この焦らしは終わらないのか。もう限界なんて超えているというのに。いつまで続くのか、いつになれば解放されるのか。分からないのが恐ろしくて、兎は、ひ、と短く呼吸をして、じんわりと目尻に涙を浮かべながらレオナルドを見つめた。
「レオナルド、いきたい……きみの、なかで」
 さすがに、意地が悪過ぎたか。瞳を涙で揺らしながら懇願する兎を見て、やり過ぎたとほんの一瞬だけ反省したレオナルドは、それでも、自分しか知らない兎の姿に満足気に笑って、兎の手を引いて上体を起こさせた。
「……いいよ、おいで」
 するするとズボンを脱いで、下着を放り投げて、レオナルドはソファへ横たわり、兎へ見せつけるように尻の肉を掴み左右に拡げた。粘膜がひくひくと戦慄いて、兎を誘う。こくりと兎の喉が揺れて、視線が釘付けになってしまう。もう、理性がどうのとか、そんなことを気にする余裕は微塵もない。
 取り出した使い切りの潤滑剤の封を歯で千切り、粘膜に垂らす。熱く熟れた粘膜には冷たすぎるそれに、レオナルドはふるりと身体を震わせるけれど、兎はそれに構うことなく、ずぶりと自身を捩じ込んだ。
「ひッ、あ、ぁっ」
 ろくに慣らしてもいないレオナルドの後孔は狭苦しく、捩じ込んだ兎の性器を粘膜がきつく締め上げる。苦しそうに声を上げるレオナルドは、けれど、幸せそうに兎を見上げて、腰へと脚を回す。
「うしゃ、ぎ、ひゃんっ きもち、そこ、」
 こつん、と最奥に兎の性器が当たる度に。今度はレオナルドが涙を流して悦んだ。気持ちがいい。もっと欲しい。もっと。
「レオナルド、……きす、したい……してくだ、さい」
「……っいいよ、」
 会えなかった時間がようやく埋まっていく感覚に、兎とレオナルドは夢中で腰を振り、互いに唇を貪りあって全身で気持ちが善いと訴える。
 何度も何度も腰を打ち付け合って、昇りつめて。
 
 ふたりきりの長い長い夜は、更けていくのだった。
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