秘密のキス

洋服箪笥の奥には、もうひとつの世界が広がっているのだと。いつか観た映画でそう言っていたのを、レオナルドはぼんやりと思い出していた。

かたん。
古びた洋服箪笥の扉が、小さく音を立てて閉まる。同時に、レオナルドは強い力で中へと押し込まれた。箪笥の奥で肥やしとなっていた兄弟達の衣類から漂う、独特の古い匂いが鼻を擽る。
なんとも、軽々と押し込まれてしまった。
兎の小柄さからはあまり想像がつかない腕力に、レオナルドは大人しく従って身体を密着させる。
おれも、戦士なのだけれど。
レオナルドは心の中で小さくぼやくものの、やはり、兎の腕力には敵いそうもない。ふくふくの白い毛並みは、その柔らかさとは反対に、レオナルドの腕を強く掴んで、洋服箪笥の一番奥の壁へと張り付ける。自由が利かず、抵抗もできない。これがもし、目の前にいるのが兎以外の人物だとしたら、想像するだけで吐き気がする。
でも。レオナルドは、兎に拘束される腕をちらりと見て、とくん、と期待に胸を小さく高鳴らせた。
「うさ、」
兎さん。
愛おしい名前を告げるよりも前に、レオナルドは暗闇で光る兎の赤い瞳に惑わされる。腕の拘束は確かに強かった。けれど、痛いほどではない。兎の腕は、僅かとはいえ、レオナルドに逃げる隙をいつでも与えている。その程度には優しいのに、瞳だけは、獲物を手中に収めた捕食者のようだった。
ああ、見惚れてしまう。どうしよう。
この瞳に見つめられると、レオナルドは逃げようなんて気すらまるで起きなくなる。
こんな所にいきなり押し込まれて、大きな物音のひとつでも立てたら、誰に不審に思われてもおかしくないというのに。
それでも。レオナルドの脳は、兎の強い瞳に溶かされていく。
見つめられているだけなのに、この次に何をされるのか、どうなってしまうのか。頭で思い描くだけで、期待と背徳に、レオナルドはうっとりと瞳が蕩けてしまう。
「レオナルド」
視線の少し下で兎の瞳が欲に揺らぐと同時に、レオナルドの唇に舌が触れる。ほんの一瞬だけ、ぺろりと舐めるその行為がどんな意味を示すのか、とてもよく理解しているレオナルドは、置かれているこの状況に、少しだけ躊躇いながら。それでも兎に仕込まれた通りに、唇を開けた。
「待って、兎さんんん、」
レオナルドの中で、一瞬だけ躊躇いが大きくなる。
やはり、こんなところで、流されるままに行為に及ぶのは良くない。いつ誰に気付かれるのか分からないのに。扉が開いて、もし家族に見られでもしたら。いくら兎との関係が公認だからといって、ここは下水道で、押し込まれたのは家族共用の洋服箪笥の中なのだ。見つかれば、どんな顔をされるか分からない。
けれど、そんな躊躇いも、理性も。開いた唇からするりと零れ落ちた声すらも、兎に吸い取られてしまう。
まるで、余計なことを考えるなと。そう言われているような気がして、レオナルドの中に浮かんだ抵抗の二文字は消え失せる。
「ん、んぅ」
舌が、歯列を優しくなぞっていく。
決して性急ではないそのゆったりした動きが気持ち良くて、レオナルドの口元からは、つい、甘い声が漏れた。口の中にある性感帯すら知り尽くした兎の舌に口内を犯されてしまえば、レオナルドは快楽に従順になる。
びくりと身体が震え、徐々に力が抜けていった。
「ふ、っ」
ずるずると膝から崩れ落ちそうになる恋人の身体を支えるように、兎はレオナルドの脚の間にするりと滑り込んで、膝を優しく腰に押し当てる。
途端にレオナルドは身体を強張らせて、急に下腹部を押さえられた刺激に短く甲高い声を上げた。
それに気を良くしたのか。兎は口付けを続けながら、レオナルドの割れ目を膝で愛撫していく。ぐり、と押さえ付けたかと思えば、器用なことに、兎は膝だけで割れ目を僅かに開いて袴越しに中へと触れる。
ぐち、と。小さな水音が、レオナルドの割れ目から狭い空間へと響いた。
「ッう、んんっ」
兎さん。そう言いたいのに、口を塞がれているせいで上手くいかない。
言葉も、抵抗も。何もかもを兎に絡め取られて、支配されて、弱いところへ快感を与えられて。
さらに酸素が足りなくなった脳では、まともな思考回路を保てない。
レオナルドにできることといえば、兎の深い深い口付けに応え続けることと、下腹部への刺激にゆるやかに腰を振って、もっと、と。兎へ訴えることだけだった。
互いの荒い呼気を貪るように、口を吸い合って、舌を絡めて、唾液を送り合う。
含み切れない透明の液体がレオナルドの口の端から零れて、わずかに外から入り込む光に反射していた。
レオナルドの手首を拘束していた兎の腕は外れて、身体中に触れている。汗で瑞々しさを含み、しっとりとした緑の皮膚に触れる度、真綿のように柔らかな白い毛並みは、水分を含んで少しずつ重くなっていった。
拘束を外されたレオナルドの腕は、兎の背中に縋り付いて離れない。
ひゃ、だめっ」
腹甲や腰に触れていた兎の手が唾液を拭い、レオナルドの後孔へひたりと触れた。唾液で冷えた指が、欲で熱くなった後孔に触れてひやりとする。その感覚に理性を取り戻したレオナルドは、思わず唇を離し、小さく声を上げて抵抗をしようと身体を捩るが、既に脚の間にある兎の膝が、それを許さなかった。
兎の力で股を押し上げられ、ほんの少し身体が浮いてしまっているせいで、思うように動けない。そのことにようやく気が付いたレオナルドは、されるがままに、兎の指を受け入れるしかなかった。
「うさ、兎さんっだめ、だめぇ」
日頃から、兎との行為に慣れ切っている後孔は、すんなりと兎の指を受け入れ、異物感を快感に変えていく。指がぐるりと中を掻き回し、あっという間に内壁が拡げられてしまった。
同時に、兎の膝が文字を書くように動いて、割れ目を乱す。先走りがとろとろとあふれ、既に限界まで膨らんだレオナルドの性器は、けれど、兎が割れ目を押さえるせいで出てこられない。
「くるし、うしゃ、ぎっいや、やだぁ」
弱弱しく首を振って嫌だと訴えるが、レオナルドの腰は相変わらずゆるゆると動いて兎の雄を誘っている。
性器を出せない苦しさと、もどかしさ。それから、後孔を掻き回して、前立腺をとん、と触られる快感が、レオナルドの身体中をぐるぐると回っていた。
もう、わけが分からない。
「兎さんっおれ、おれぇっらめ、」
閉め切った狭い空間に、熱い呼気が充満して、気温が上がる。そのうだるような暑さにレオナルドの脳が溶けて、舌すら上手く回らない。
苦しいのに、気持ちが良くて。耐えられなくて。
おかひく、なりゅぅ」
このまま果てて、このひとと、溶けてしまえたら。
そんな思考がレオナルドの脳を支配して、兎への愛おしさで溢れていく。着物に縋っていた手はするりと移動をして、兎の頬を包み込んだ。
善いか」
ぽつりと呟かれた、湖面を揺蕩うような穏やかな声と、強い瞳が、レオナルドの胸を締め付けて離さない。
いい、気持ちぃっ兎さん、ねえ」
もっと、貴方が欲しい。
貴方に、触れてほしい。
そうして、このまま。
レオナルドの脳内が、そんな言葉で埋め尽くされようとしたとき。
「レオ?」
不意に、洋服箪笥の外で、聞き慣れた声がした。
小さい頃から慣れ親しんだ、幾度となくぶつかり合った、こえ。
その声の主を一瞬で導き出したレオナルドは、急に脳が冷えていき、身体の動きを止めて理性を手繰り寄せる。心臓が痛いほどに高鳴り、身体が震えていた。つい数秒前とは違う鼓動に、息が詰まる。
「ラファ、レオちゃんいた?」
「いやお前、本当にこっちに来るの見たのか?」
弟達が、すぐそばまで、自分を捜しに来ていた。
「見たよ! 兎さんと、この部屋に来るの」
はっきり見ちゃったもんね。
ミケランジェロの明る過ぎる声が、レオナルドを追い詰める。見られていた。しかも、兎とここに来るところまで。
信じられなくて、レオナルドは目の前の兎を見つめる。懇願するように、もうこれ以上はやめておこうと。そんな意味を込めて、兎を見た。
けれど。
ふ、」
兎は、笑っていた。いつもの優しさと穏やかさと、少しの哀しみを孕んだ瞳ではない。
情欲に塗れた、真っ赤な瞳を細めて、にたりと笑っていた。
嫌な予感がレオナルドの甲羅に走る。そしてそれはすぐに的中してしまう。
レオナルド、と。
兎の口元が、音を立てずに動いた瞬間だった。
んっ、!」
後孔に入ったままの兎の指が、更に奥へと侵入する。ぐちゃりと小さく水音が鳴って、レオナルドの身体にまた快感が走った。思わず声が出そうになるのを予想したのか、それとも流石に不味いと思ったのか。兎は再び唇を合わせて、レオナルドの口を塞ぐ。
信じられない。聞かれたら、見つかったらどうするんだ。レオナルドは兎を睨みつけるが、兎はそんなことは知ったことかと言わんばかりに、指を更に奥へと進ませて、先程まで指の先端で触れるだけだったレオナルドの前立腺を、とんとん、と強く弾いていく。
嫌なのに。こんなのは、求めていないのに。
それなのに。気持ちが良くて、レオナルドはまた、蕩けてしまう。
洋服箪笥の外で、弟達の声がする度に。近付く足音がする度に。
信じられなかったけれど、レオナルドの粘膜は、きゅうきゅうと兎の指を締め付けて離さない。
むしろ、もっと、と。悦びながら誘い込むように、兎の指を奥へと迎え入れた。
はしたない」
唇を離して囁かれる兎の小さな声にまで反応して、また、後孔が締まる。
「弟に、痴態を見てもらった方が善いのか」
、だめ、」
「なんて、淫らな兄よ」
「言わない、でっん、」
また深くまで口を吸われ、声が兎に飲み込まれる。
同時に。レオナルドの前立腺が潰されるのではというほどの力で叩かれ、割れ目を強く押さえ付けられた。
だめだ、と思うほどに身体は快楽で満たされていき、やめてくれ、と抵抗しようとするほどに、腰が前後に揺れる。
色々と、限界だった。
ん、むっ」
くぐもった声を上げながら。
レオナルドは、割れ目から性器を出すことなく絶頂を迎え、兎の黒い袴の上へ、精液を潮のように吹き出したのだった。

「やっぱり、マイキーの見間違いじゃない?」
レオナルドを捜索するふたりの元へ合流したもうひとりの弟は、抗議の声を上げるミケランジェロと、納得のいかない顔を見せるラファエロへ、別の部屋へ行こうと促す。
遠ざかっていく弟達の声を聞きながら安堵するレオナルドは、知らなかった。
貸しひとつ、だよ。レオ」
兄弟の甲羅を押しながら、ドナテロが洋服箪笥を見てそう呟いたのを。

レオナルドは、知らなかった。
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