※暴力描写あり





「やっぱり、俺はキャプテンには向いていないと思うんだ。
いつも不安やプレッシャーに押し潰されそうでとても苦しいし、自分を見失ってしまいそうになることなんて数えきれないくらいあった。

でも皆分からないだろ?知らないだろ?キャプテンと言うのがどれだけ大変な役割なのかを。
そしてそれが俺をどれだけ苦しめてるか、どれだけ重圧になっているのかも。

なぁ霧野、…聞いてんのか?」


パァン、と部屋に響く乾いた音。

部屋にはベッドに沈む蘭丸とそれに覆い被さるような体勢の拓人がいて、先程の音は拓人が蘭丸の頬を叩いた音だった。


「しん、ど…」

蘭丸は赤くなった頬をさすりながら、自分に覆い被さる拓人を見上げる。

拓人は涙をポロポロ溢しながらまた口を開いた。


「やっぱり俺より三国先輩の方がキャプテンにふさわしいよ。
そう、はじめから三国先輩がキャプテンになるべきだったんだ。

そりゃあ俺だって三国先輩みたいな皆から信頼されるような人間になりたいけどさ、無理なんだよ。
皆も本当は思ってるんだろ?神童拓人なんか、俺なんかキャプテン失格だって。」

「そんな事、ない。皆お前を信頼してる…」
「黙れよ。」

パァン、また響く音。

蘭丸はどうしていいか分からず、とりあえず拓人の言うとうり言葉を発するのを止めた。


「おい、霧野。」
「……」
「おい、おいって言ってるだろ、なんで返事しないんだよ!!」

パァン、今まで以上に痛々しい音が響いた。

黙れと言われたから黙ったのに、返事をしないからとぶたれる。
なんて理不尽なんだろうか。


本来、神童拓人と言う人間はこのようなことをする人間ではないのだが、精神が不安定になると自分を制御出来ずに本来とはまったく違う性格に豹変してしまうのだ。

幼なじみである蘭丸は既にその事を知っていたし、こうなったのはこれが初めてではない。

だが、自分に手を出されたのは初めてだった。


「あ…ぅ…、」

蘭丸の口から漏れるのは言葉ですらない、なんの意味も持たない声。
その次に、ひゅう、と喉が空気を取り入れる音が出た。


蘭丸は、外見はともかく内面は男らしく勇ましいのだが、拓人にぶたれたという事実に強いショックを受けてもうどうしていいのか分からなくなってしまっていた。


「しん、どう…」

それでも蘭丸は元の拓人に戻ってもらいたくて、必死に名前を呼ぶ。

「し、どう…しんど、」
「うるさいっ!!」

しかしまた頬に叩き付けられる痛み。
蘭丸は目に涙を浮かべながらも、拓人をもとに戻す方法を必死に考えていた。


今までは叫んだり物を軽く壊したりと、その程度のことですんでいた。
そして拓人がその状態になった時は、決まってこう言っていた。

『拓人、大丈夫。俺がいる。』


その言葉は拓人を酷く安心させるようで、いつもそれを言うとすぐに大人しくなっていた。

蘭丸は初めて拓人にぶたれたショックでそれがすっぽり抜け落ちてしまっていたが、今更になって思い出すことが出来た。

(まったく、ぶたれたくらいで何ショック受けてんだよ俺は。ほんと情けないな。
神童を…いや、拓人を支えるのが俺の役目だってのに。)




「拓人、大丈夫…俺が、いるから。」
「!!!」


その言葉に拓人は酷く動揺し、ただでさえ混乱している頭を更に混乱させた。

「なっ、う、嘘だ!!そんなの嘘に決まってる!!」
「嘘じゃ、ないよ…」


蘭丸は優しく微笑んだ。
すると、拓人の瞳から真珠の様な涙がとめどなく溢れてきた。


「き…りの…」
「たく、と」
「っ、ごめん、ごめん蘭丸…!」

傷ついた蘭丸の体を、拓人は力強く抱き締めた。

ひたすらにごめん、を繰り返す拓人にもういいよ、と言いながら蘭丸は拓人に体を預けてそのまま意識を手放してしまった。





We depend for each other.

(輝くお前を俺は影で支える)
(俺達のこの深い関係は安っぽい言葉では言い現せられない)






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