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暖かな日和だった。
風は気持ちよくて、太陽は春島の気候に入ったせいかぽかぽかしている。
こりゃ絶好の昼寝……いや、まだ朝か。じゃあ、二度寝だな。二度寝をしようとした俺は、帽子を顔の上に置いて静かに目をつぶった。
非常に良い気分。
そう良い気分だったのにも関わらず、ドタドタと騒がしく…しかも何やら異臭を漂わせながら聞き慣れた落ち着きの全くない足音が迫ってくるのを感じた。

「エース隊長エース隊長!」
「なんだよ、ちび子。朝っぱらからうるせ…………なんだ、その手に持った異物は。」
「クッキー!ね、隊長食べ…」
「捨ててきなさい。」
「だ、大丈夫だよ!マルコ隊長が食べて美味しいって言ってくれたし!食べ物も人も見かけじゃないよ!中身だよ!」
「何良いこと言ったみたいな顔してんだ!その殺人的なクッキーで、不死鳥マルコが死にかけてんだよ!」

えぇ!?マルコ隊長が!?と半泣き状態でごめんなさい〜と叫びながら船内に走っていくちび子。
なるほど、マルコが青い顔をしてナースの厄介になってたのはああいう訳か。

ちび子は確かに良い奴だ。
ただ少し……いや、かなりまっすぐなんだ。
間抜けなようでしっかりしていて、ドジなようで機敏に動けて。
二番隊では、本当に頼りになる存在。
だが………

「エース隊長、次のクッキーが美味しく作れたら結婚してください。」

良くも悪くもまっすぐなんだ、本当に。

「はいはい、わかったからあっち行け。俺は眠いんだ。」
「やったー!じゃあ、美味しいクッキーとウェディングドレスの私を待ってて下さいね!」
「は!?おい、ちび子って………」

バタンっと思いきり閉まるドアを見て深く深くため息をつく。
いつもあんな調子で、俺の言葉も遮るし。俺にタイミングを与えない所や、ストレートな物言い、こっちのペースを乱す不思議な魅力……難しいんだ、アイツは。本当に難しい。

「いいじゃないの、可愛いじゃんちび子ちゃん。」
「サッチか。」
「お前も素直になりゃ良いのに、かわいそうだろちび子ちゃんが。」
「かわいそうなのは俺だ。」

素直にならないんじゃない、なれないんだ。

素直に何か言おうとすれば、さっきみたく言葉は遮るし。素直に何かしようとすれば、どこかにぴょんぴょん飛んでってしまう。
本当に厄介な奴、あそこまで行くとわざとにしか思えない………あ〜、朝から何でこんな疲れなきゃならないんだ。

「とにかく、俺は可愛い可愛いちび子ちゃんにアドバイスしてくるかな。エース、絶対にうまいクッキー渡させるからよ。お前もちゃんとしろよ。」
「……あぁ、わりぃな。」
「気にすんな。」

妙な爆発音と変な煙が出ている船内にサッチはゴム手袋と水中メガネとマスクを装着し、船内へ入っていく。船内に入ったサッチが、あの強面リーゼントのサッチがキャーッと悲鳴をあげたのを耳をふさいで聞こえないフリをした。
聞こえない聞こえない、俺は何にも聞こえない。
そういえば、そのクッキーを俺に食わせるんだっけな。………どうしよう、寒気がしてきた。

結局、その日。
キッチンがありえない異臭を放つのが原因で、ちょうど良く着いた島でそれぞれが食事を済ませる事になった。

「皆、ごめんなさい!本当に本当にごめんなさい!」
「いいって、それよりクッキー頑張れよ。」
「隊長の腹壊さねぇようにしろよ。」
「うん、本当にごめんね。」

白ひげの皆も気の良い奴らだが、ちび子自身の……素直さっていうか、一生懸命さっていうか。何より末娘で愛されている事もあって、皆笑いながら船を出る奴らばかり。
本当に良い奴ばっかだな、と半ば呆れも感じながら見送っているとちび子が伏し目がちに俺を見つめていた。

「エース隊長…」
「お前なぁ…」
「…本当にごめんなさい。」

泣き出しちまうんじゃねぇかって位か細い声でうつむかれた。
その後ろでは生まれたての仔馬のように足をがくがくさせながらありえない顔色をしたサッチがキッチンから出てくる。かわいそうに、あともう少しで死にそうだ。

「サッチ!大丈夫か?」
「…………大丈夫に見えるか?お前すげー視力だな、ナースに見てもらえ。」
「ちび子、あとどのくらいでまともなの作れるか?」
「……無視か、無視なのか。俺の発言は無視なのか。」

まぁ、良くて夜中だな…と涙が光る目で遠くを見つめるサッチに合掌。
ちび子に向きあって、頭をがしがしと撫でた。

「夜になったらまた帰ってくるからな。とりあえず、キッチンをまずはどうにかしろ。」

はいっとキラキラした笑顔で、真っ青なサッチを台所に引っ張っていくちび子は小悪魔属性だと確信。
再びキャーと聞こえたサッチの悲鳴を背中で聞きながら、溢れ出る笑いを噛み締めて船外へと出ていった。




頑張ってる君が好き


ただいま、と帰ってきたら船内は静かで…そして暗かった。まるでモビーじゃないみたく。
キッチンにはありえない異臭はもうしていない。代わりにちび子がテーブルで倒れるように眠っていた。

…………とりあえず、袋包みながら寝ちまったこいつを部屋に運んでやろう。
それで、夜中まで頑張ってくれたお前みたいに…

俺も頑張って少し素直になってみようか。
ちび子の右手の薬指にはめた指輪が、キラリと光った。







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