場所が変わって王都、アローズ家――――
「ミトラ。そんなに歩き回っても彼女はすぐには来ないよ」
「ええ、ええ、わかってますわ。お父様。でも、待ち遠しいんですの」
 癖のあるウェーブがかった髪。年齢よりも幼く見える顔立ち。桜貝のような唇。誰がどうみても可愛らしいとしか言えない容姿の少女の名は、ミトラ・アローズ。歳は十六。
 正真正銘、アローズ公爵家の令嬢だ。
「お父様。わたくし、今だから言いますけれど、同い年の友人がいなくて、とってもとーっても寂しかったのですわ」
「ああ、すまないね」
「ええ、お父様ったら舞踏会にもパーティーにも参加させてくれないんですもの。ずっと、家にいるだけでスリルがありませんでしたわ」
「いや、スリルはいらないと思うが」
 玄関の前で右へ左へうろうろ歩くミトラ。
 可愛らしい容姿とは裏腹に、口に出す言葉は少しおかしい。
 父親であるアローズ公爵は、困ったように娘を見ていた。
「わたくし、人生にはスリルが大切だと思いますの。目の前に盗賊、剣を向けられて殺されそうになる。すると、白馬に乗った王子様が現れるのですわ! そして、王子様は盗賊を倒して、わたくしを救い出すのです! ああ、なんて良いのでしょう。きっと、人生が楽しくなりますわ」
 急に立ち止まって、自分の世界に入り込む。
 両手を胸の前で結んで、高い天井を見上げる。
 言い切ると、うっとりとした表情になった。
「アンシェル。これは、私の所為だろうか。私が危ないからと、娘を屋敷から出さなかったから」
「いいえ、あなた。それは違いますわ。あれは、最近読んだ本のせいですから」
 がっくりと肩を落とすアローズ公爵に触れ、公爵夫人はにっこりと微笑んだ。
 アローズ公爵の目線は、未だに自分の世界に入り込むミトラに向けられている。
「本?」
「ええ、本ですわ。最近、民の間で人気らしい『ちょっぴり危険な恋愛小説』を読んだと、エルザが言っていましたもの」
 エルザとは、ミトラ専属の使用人のことだ。
 ミトラを実の妹のように可愛がり、甘やかしている。
 たびたび、甘やかしていることを咎めるが、毎回決まってこう口にする。
『申し訳ありません。奥様。ですが、どうしてもミトラ様に見つめられると「ダメです」と言えないんです』と。
エルザの言いたいことがよく分かる公爵夫人は、「そう、なるべく気をつけるようにしなさいね」と言うだけに留めている。確かに、ミトラに見つめられて「お願い、お母様」と言われた日には、有り余る財力を使って欲しいというものを何でも買ってしまいそうだったからだ。
「はあ、だとしても、外に一度は出しておくべきだったのかもしれないな」
 そうすれば、このおかしな発言もなかったかもしれない。
「あら、お父様。どうかしたんですの?」
 テンションが低いことに気付いたミトラが、心配そうに駆け寄ってくる。
「いや、なんでもないよ」
「でも、顔色が悪いですわ」
 ぎゅっと、服の裾を掴むミトラの姿が可愛らしくて、アローズ公爵は笑みをこぼした。
「さあ、ミトラ。食事にしようか。お腹が空いただろう?」
「ええ、そういえばお腹空いてきましたわ」
 ミトラは、アローズ公爵と公爵夫人の間に立つと二人の手を握る。
「今日は、お肉かしら、それもお魚? とても楽しみですわ」

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